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三章 -変わる関係-
蓮見 透 三章①
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テスト最終日、周りが解放感に酔いしれる中、笑顔を貼り付けて過ごす。
頭が痛い。だけど、後少し。もう少しだけ頑張ればこの時間から解放されるのだ。
「やっと終わったー。そうだ!カラオケ寄って帰ろうよ」(もう無理。でも、明日から夏休み!!今日は遊んで帰ろーっと)
いつものように周りに人が集まりテストの愚痴を言い出す。
そして、隣の席で桐谷 千佳ちゃんが元気な声でそう叫ぶと同意の声が強く続いた。
「透ちゃんも行く?」(透ちゃんってあんまり付き合い良くないんだよなー。ほとんど自分のこと話さないし)
頭痛に苛(さいな)まれながらも自分の安全な距離を保つために頭を巡らせる。
恐らく、この程度の不満であれば放置しても問題は無いだろう。
それに、今日は一刻も早く一人になりたいので断る選択肢しか頭にはなかった。
「ごめんね。今日は他に約束があって」
「えー残念。じゃあ、また旅行の時だね。バイバイ」(まあいいや。透ちゃん真面目だから話もそんなに合わないし)
「うん、またね」
彼女らも早く遊びたいようで、特に引き下がることも無く教室を出て行く。
「はぁ、疲れた」
周りを見渡すとほとんどの人が教室からいなくなっていた。当然、そこには彼の姿も無い。
正直、今は何も取り繕える気がしない。だから、少しここで休んでいこう。
それこそ、校舎から誰もいなくなるまで。
◆◆◆◆◆
ただ空を流れる雲を見つめていると、教室のドアが開く音がした。
こんな時間に誰だろう。若干気にはなるものの、誰とも話したくないこともあってそのまま顔を向けずに過ごす。
「あれ?蓮見さん?」
だが、突如かけられた声は彼のもので、驚きと共にそちらを振り返った。
「……氷室君?どうしたの?」
帰ったはずの彼がここにいることを不思議に思う。服装からして一度家に行ったのだろうし。
「あー。弁当箱忘れちゃってさ。蓮見さんはこんなところで何してんだ?人待ち?」
「ううん、違うよ」
なるほど。確かに、長期休暇の前なら取りに来ざるを得ないだろう。
「じゃあ、何を?」
久しぶりの彼との会話、だが、その問いへの明確な答えは正直無かった。
「何もしてないを、してる、かな」
頭が回らない。いつもはすぐに浮かんでくるのに、何を言えばいいのかが全くわからない。
ただ、黙っているわけにもいかず、自分でもよくわからない答えを相手に伝えた。
「頭悪そうな回答だね」
「ふふっ。そうかもね」
彼らしいはっきりとした物言いに、清々しさすら感じさせてくれて、若干気分が良くなってきた気がする。
「まるで俺の妹みたいだよ。それこそ、蓮見さんらしくない」
何気ないその言葉は、私の頭の中で処理しきれないほどに回り始め、思考の渦に陥っていく。
私らしいとは何だろう。
それこそ、それぞれの人がみんな異なるイメージを私に持つ。そして、そのほとんどは周りが勝手に貼ったもので、そこから少し外れるだけで失望されることも多い。
特に心の中が読める私には、みんなが思う私らしさなんてものがどれだけいい加減で移ろいやすいものなのかを痛いほどに実感させられている。
「私らしいって何?」
だから、つい彼に聞いてしまった。彼は私にどんな勝手なイメージを押し付けるのだろう。
弱った心は暗い感情を抱かせ、まるで鋭い剣を突きつけるように彼に言葉をぶつけた。
そして、永遠にも感じられるような、それでいて一瞬にも感じられるような沈黙の後、彼がゆっくりと口を開いた。
「一言でいうなら……ツッコミ役かな」
あまりにも想像を超えたその言葉に虚をつかれる。
「俺がとぼけたことを言って、君がツッコむ。一ヶ月そうだったじゃないか。だから、急にボケに回られても困るんだ」
その言葉が頭に染み渡れば渡るほど、私の心の闇は姿を消していき、最後には我慢できず大声をあげて笑ってしまった。
こんなに笑ったのはいつぶりだろうか。それほどまでに彼の答えは私の琴線に触れた。
それは、彼が勝手に押し付けたものではない、確かに私達が時間を共有しながら形作った関係故のものだった。
「やっぱり、氷室君は面白いね。最高だよ」
「そりゃよかった。俺は、蓮見さんが変なものでも食べたんじゃないかと思って心配したけどな」
心配した。何度も聞いた嬉しくも無いその言葉は彼が言うだけで魔法の言葉に変わる。
「心配したんだ?」
ただそれだけで、胸が満たされる様な気持ちにさせられてしまいつい問い返してしまう。
「そりゃ元隣の席の間柄だしな」
「ふふっ。何その間柄、もっといい感じの表現は無かったの?」
「申し訳ありませんが、そのような商品は当店ではお取り扱いしておりません」
気の利いたセリフでは無いだろう。でも、彼は私のことを理解した上で飾らぬ言葉を使ってくれた。
理解せぬまま綺麗に飾った言葉と、理解した上で何も飾らぬ言葉、そのどちらに価値があるなんてことは、比べるのも烏滸がましいほどに私には明確だった。
「そっか。じゃあ仕方ないね」
「ああ。仕方ない」
彼には心が見えているわけでは無い。だが、何も話さなくても伝わる不思議な関係にこれ以上無いほどの安心感を覚える。
「そう言えば、体調は大丈夫か?」
しばらくそうしていただろうか。まるで、ぬるま湯のような心地よさに私が浸っていると、突然彼から問いかけられた。
「どうしたの、急に?」
会話の流れを汲まない質問に少し疑問を覚える。
「いや、最近、あんまり体調良さそうじゃ無かったから。それこそ、あんまり寝てないんじゃないか?」
だが、次に放たれた言葉は、これ以上無いほどの衝撃を持って私の心に突き刺さった。
勘違いでは無い。もう私には関心が無いと思っていた彼は、他の誰よりも私のことを気にしてくれていたようだ。
「…………氷室君は私をちゃんと見てくれてるんだね」
彼は、本当にズルい。私の心ばかり揺さぶって、瞬く間に虜にする。
「何となくだけどな。なんだったら送っていくが、どうする?」
かけられたその優しい言葉は、心を読まなくても下心が無いことがわかる。
「……お願いしてもいいかな?」
少し、泣きそうになるのを我慢しながら何とかそう答える。彼ともっと一緒にいたい、その一心で。
「りょーかい。実はバイクで来てるんだ。たぶんあっという間だぜ」
得意げな顔でそういう彼は不覚にも可愛く見えて、さらに心をわしづかみにされる。
取り留めのない言葉を交わしているのが、とても楽しくてあっという間に彼のものらしいバイクが見えてきた。
差し出されたヘルメットを被るが、どう乗ればいいものなのか分からない。そう悩んでいた時、彼の手が目の前に差し出される。
そして私は、その手に自分の手を重ねた。
それだけのことなのに心臓がはち切れそうなほどドキドキする。だけど、こんなことは初めてで、どうしていいかがわからなかった。
バイクが走り出し、景色があっという間に流れる。
別に怖いわけではないが、彼をもっと近くに感じたくて、彼の腰を必要以上に強く抱きしめた。鼓動の音が聞かれてしまうかもと思いながら。
◆◆◆◆◆
少し遠回りのルートを選んだが、これ以上は無理かなと思い家に案内する。
「ありがとう」
「どういたしまして」
まだ離れたくない。そんな思いで時間稼ぎを始める。
「氷室君は凄いね。私が立ち止まっている間にもうやりたいことを形にしてる」
それでも、会話に嘘はない。私が一歩も踏み出せないうちに彼は既にそれを叶えてしまった。
「前も言っただろ?別に凄くはないよ。自分がやりたいことをやってるだけだからな。そういえば、蓮見さんがやりたいことは見つかったのか?」
前は無かった。でも、今の私にはやりたいことが見つかっている。それこそ、何を差し置いてもやりたいほどのことが。
「……うん。見つかった」
「そりゃよかった。何がやりたいんだ?出来ることなら手伝うが」
彼は何の気なしにそう尋ねる。その顔は相変わらずの無表情で、だから私は彼の心を揺さぶり返したくなってしまった。
相手の不意を突くように抱き着く。密着した体から感じさせる熱がこれ以上無いほどの多幸感を私に感じさせた。
そして、呆然とした顔の彼の顔を見ながら、込み上げる嬉しさと共に言葉を囁いた。
「私ね、氷室君と……ううん、誠君と仲良くなりたいの。もっと、ずっと。それこそ、誰よりも」
彼が良いと言ったのだ。自分がやりたいことをやればいいと。
だからもう、私は彼を離さない。
頭が痛い。だけど、後少し。もう少しだけ頑張ればこの時間から解放されるのだ。
「やっと終わったー。そうだ!カラオケ寄って帰ろうよ」(もう無理。でも、明日から夏休み!!今日は遊んで帰ろーっと)
いつものように周りに人が集まりテストの愚痴を言い出す。
そして、隣の席で桐谷 千佳ちゃんが元気な声でそう叫ぶと同意の声が強く続いた。
「透ちゃんも行く?」(透ちゃんってあんまり付き合い良くないんだよなー。ほとんど自分のこと話さないし)
頭痛に苛(さいな)まれながらも自分の安全な距離を保つために頭を巡らせる。
恐らく、この程度の不満であれば放置しても問題は無いだろう。
それに、今日は一刻も早く一人になりたいので断る選択肢しか頭にはなかった。
「ごめんね。今日は他に約束があって」
「えー残念。じゃあ、また旅行の時だね。バイバイ」(まあいいや。透ちゃん真面目だから話もそんなに合わないし)
「うん、またね」
彼女らも早く遊びたいようで、特に引き下がることも無く教室を出て行く。
「はぁ、疲れた」
周りを見渡すとほとんどの人が教室からいなくなっていた。当然、そこには彼の姿も無い。
正直、今は何も取り繕える気がしない。だから、少しここで休んでいこう。
それこそ、校舎から誰もいなくなるまで。
◆◆◆◆◆
ただ空を流れる雲を見つめていると、教室のドアが開く音がした。
こんな時間に誰だろう。若干気にはなるものの、誰とも話したくないこともあってそのまま顔を向けずに過ごす。
「あれ?蓮見さん?」
だが、突如かけられた声は彼のもので、驚きと共にそちらを振り返った。
「……氷室君?どうしたの?」
帰ったはずの彼がここにいることを不思議に思う。服装からして一度家に行ったのだろうし。
「あー。弁当箱忘れちゃってさ。蓮見さんはこんなところで何してんだ?人待ち?」
「ううん、違うよ」
なるほど。確かに、長期休暇の前なら取りに来ざるを得ないだろう。
「じゃあ、何を?」
久しぶりの彼との会話、だが、その問いへの明確な答えは正直無かった。
「何もしてないを、してる、かな」
頭が回らない。いつもはすぐに浮かんでくるのに、何を言えばいいのかが全くわからない。
ただ、黙っているわけにもいかず、自分でもよくわからない答えを相手に伝えた。
「頭悪そうな回答だね」
「ふふっ。そうかもね」
彼らしいはっきりとした物言いに、清々しさすら感じさせてくれて、若干気分が良くなってきた気がする。
「まるで俺の妹みたいだよ。それこそ、蓮見さんらしくない」
何気ないその言葉は、私の頭の中で処理しきれないほどに回り始め、思考の渦に陥っていく。
私らしいとは何だろう。
それこそ、それぞれの人がみんな異なるイメージを私に持つ。そして、そのほとんどは周りが勝手に貼ったもので、そこから少し外れるだけで失望されることも多い。
特に心の中が読める私には、みんなが思う私らしさなんてものがどれだけいい加減で移ろいやすいものなのかを痛いほどに実感させられている。
「私らしいって何?」
だから、つい彼に聞いてしまった。彼は私にどんな勝手なイメージを押し付けるのだろう。
弱った心は暗い感情を抱かせ、まるで鋭い剣を突きつけるように彼に言葉をぶつけた。
そして、永遠にも感じられるような、それでいて一瞬にも感じられるような沈黙の後、彼がゆっくりと口を開いた。
「一言でいうなら……ツッコミ役かな」
あまりにも想像を超えたその言葉に虚をつかれる。
「俺がとぼけたことを言って、君がツッコむ。一ヶ月そうだったじゃないか。だから、急にボケに回られても困るんだ」
その言葉が頭に染み渡れば渡るほど、私の心の闇は姿を消していき、最後には我慢できず大声をあげて笑ってしまった。
こんなに笑ったのはいつぶりだろうか。それほどまでに彼の答えは私の琴線に触れた。
それは、彼が勝手に押し付けたものではない、確かに私達が時間を共有しながら形作った関係故のものだった。
「やっぱり、氷室君は面白いね。最高だよ」
「そりゃよかった。俺は、蓮見さんが変なものでも食べたんじゃないかと思って心配したけどな」
心配した。何度も聞いた嬉しくも無いその言葉は彼が言うだけで魔法の言葉に変わる。
「心配したんだ?」
ただそれだけで、胸が満たされる様な気持ちにさせられてしまいつい問い返してしまう。
「そりゃ元隣の席の間柄だしな」
「ふふっ。何その間柄、もっといい感じの表現は無かったの?」
「申し訳ありませんが、そのような商品は当店ではお取り扱いしておりません」
気の利いたセリフでは無いだろう。でも、彼は私のことを理解した上で飾らぬ言葉を使ってくれた。
理解せぬまま綺麗に飾った言葉と、理解した上で何も飾らぬ言葉、そのどちらに価値があるなんてことは、比べるのも烏滸がましいほどに私には明確だった。
「そっか。じゃあ仕方ないね」
「ああ。仕方ない」
彼には心が見えているわけでは無い。だが、何も話さなくても伝わる不思議な関係にこれ以上無いほどの安心感を覚える。
「そう言えば、体調は大丈夫か?」
しばらくそうしていただろうか。まるで、ぬるま湯のような心地よさに私が浸っていると、突然彼から問いかけられた。
「どうしたの、急に?」
会話の流れを汲まない質問に少し疑問を覚える。
「いや、最近、あんまり体調良さそうじゃ無かったから。それこそ、あんまり寝てないんじゃないか?」
だが、次に放たれた言葉は、これ以上無いほどの衝撃を持って私の心に突き刺さった。
勘違いでは無い。もう私には関心が無いと思っていた彼は、他の誰よりも私のことを気にしてくれていたようだ。
「…………氷室君は私をちゃんと見てくれてるんだね」
彼は、本当にズルい。私の心ばかり揺さぶって、瞬く間に虜にする。
「何となくだけどな。なんだったら送っていくが、どうする?」
かけられたその優しい言葉は、心を読まなくても下心が無いことがわかる。
「……お願いしてもいいかな?」
少し、泣きそうになるのを我慢しながら何とかそう答える。彼ともっと一緒にいたい、その一心で。
「りょーかい。実はバイクで来てるんだ。たぶんあっという間だぜ」
得意げな顔でそういう彼は不覚にも可愛く見えて、さらに心をわしづかみにされる。
取り留めのない言葉を交わしているのが、とても楽しくてあっという間に彼のものらしいバイクが見えてきた。
差し出されたヘルメットを被るが、どう乗ればいいものなのか分からない。そう悩んでいた時、彼の手が目の前に差し出される。
そして私は、その手に自分の手を重ねた。
それだけのことなのに心臓がはち切れそうなほどドキドキする。だけど、こんなことは初めてで、どうしていいかがわからなかった。
バイクが走り出し、景色があっという間に流れる。
別に怖いわけではないが、彼をもっと近くに感じたくて、彼の腰を必要以上に強く抱きしめた。鼓動の音が聞かれてしまうかもと思いながら。
◆◆◆◆◆
少し遠回りのルートを選んだが、これ以上は無理かなと思い家に案内する。
「ありがとう」
「どういたしまして」
まだ離れたくない。そんな思いで時間稼ぎを始める。
「氷室君は凄いね。私が立ち止まっている間にもうやりたいことを形にしてる」
それでも、会話に嘘はない。私が一歩も踏み出せないうちに彼は既にそれを叶えてしまった。
「前も言っただろ?別に凄くはないよ。自分がやりたいことをやってるだけだからな。そういえば、蓮見さんがやりたいことは見つかったのか?」
前は無かった。でも、今の私にはやりたいことが見つかっている。それこそ、何を差し置いてもやりたいほどのことが。
「……うん。見つかった」
「そりゃよかった。何がやりたいんだ?出来ることなら手伝うが」
彼は何の気なしにそう尋ねる。その顔は相変わらずの無表情で、だから私は彼の心を揺さぶり返したくなってしまった。
相手の不意を突くように抱き着く。密着した体から感じさせる熱がこれ以上無いほどの多幸感を私に感じさせた。
そして、呆然とした顔の彼の顔を見ながら、込み上げる嬉しさと共に言葉を囁いた。
「私ね、氷室君と……ううん、誠君と仲良くなりたいの。もっと、ずっと。それこそ、誰よりも」
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