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二章 -席替え-

氷室 誠 二章①

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 朝起きると、扉に見慣れないものが貼られていることに気づいた。

 そして、徐々に頭が覚醒してくると、それに理解が追い付いてきてつい呆れのため息を吐いた。


「親父め……はしゃぎすぎだろ」


 そこには、エクセルで作ったらしいバイク免許取得までの行程表が俺の部屋のドアに貼られていた。

 そして上には『目指せ合格』の文字。

 高校受験の時は一切こんなことしなかったのに大層な力の入れようだ。


「おはよう、母さん」


「おはよう、誠。はやくご飯食べちゃいなさい」


「ああ」


 挨拶してリビングに入ると、冷たい無表情な顔でそう伝えてくる。

 それがデフォルトなので仕方が無いが、相変わらずの仏頂面だなと自分のことは棚に上げて思う。

 ほんとに、親父が結婚できたのは奇跡だといつもながら思う。

 別に親父のことも好きだが、動と静、あまりにもタイプが違い過ぎるのだ。なんだかんだとても仲良いので逆に相性が良かったのかもしれないが。



「いただきます」
 

 いつも通り美味しそうな朝食に箸をつけ食べ始める。
 昔から代謝がよく、割と食べる方なのでどんどんおかずを口に含んでいく。
 

「誠、弁当は玄関においてあるからもう忘れないでね。悲しくなるから」


「わかってるよ」

 
 台所の方から声が聞こえ、そちらを向くと無表情ながらも悲しそうなのが伝わってきた。

 前のは完全に俺が悪いので流石に反省している。

 そして、朝食を食べ終わり身支度を整えるとコンビニに寄りつつ学校に向かった。





◆◆◆◆◆





 欠伸をしながら教室に入り、鞄を置くといつものように蓮見さんが登校してきたようだ。

 
「おはよう、氷室君。昨日はごめんね、遅くまで話しちゃって」


 いつも以上に柔らかい笑顔を向けてくる彼女の顔を見ていると、根拠は無いが、なんだかいいことがあるような気さえしてくる。


「おはよう、蓮見さん。ぜんぜんいいよ。俺は暇人界でも屈指の実力者だからね」


 朝の憂鬱なテンションが少し盛り上がってきたので軽口を叩くと、彼女も慣れた様子でそれに応えてきた。


「そうなんだ。確かにあふれ出るオーラがただ者でない感じを醸し出してるわ」


「だろ?今のところ負け知らずさ」


「じゃあ、その座から引き下ろすためにまた話しかけちゃおうかな」


「それは勘弁してくれ。この地位を手放したくないんだ」


 最近は毎日とても楽しそうだ。何かいいことがあったのだろうか。
 
 もしかしたら、入校以来不沈艦と言われ続けてきた彼女にもついに春が来たのかもしれない。

 それこそ、彼氏がいないのが学校の七不思議に挙げられるくらいだったしな。


「…………」


「どうした?」


 彼女がムッとした顔で黙り込み、機嫌が急降下したのがわかる。
 だが、理由がわからず何かあったのだろうかと思い尋ねる。


「……なんでもない」


「いや、何でもない顔じゃないだろ」


「なんでもないったら」


 何故かそっぽを向いてこちらを見なくなってしまった。

 この一瞬でほんとにどうしたのだろうか。


 最初の頃はあった目の隈も今はほとんど無いし、体調が悪そうでもない。本当に、理由がわからなかった。


「なんか気に障ったなら悪かったって。ほら、この通りだ」


 金欠も一時的に解決し、お礼用に買ってきた大量のチロルをピラミッド型にして置いていく。

 心持は金の延べ棒を差し出す人に等しいだろう。 

 しばらくの間、彼女はそれを無視していたが、少しだけこちらを見た後、クスリと笑った。


「ふふっ。まあ、許してあげる」


 よかった。あまりの下らなさに怒りを取り除くことに成功したらしい。

 
「計画通り」


「いや、それ口に出して言っちゃダメなやつだから」


 俺がニヤリとそう呟くと、彼女は間髪入れずにそうツッコミを返す。


 そして、もはや日課ともいえるほどに慣れてきた朝の掛け合いに不思議な心地よさを感じていると一限目のチャイムが鳴った。




◆◆◆◆◆




 だるい授業を受け、蓮見さんと会話をし、昼を食べ、帰りのホームルームの時間を迎える。

 そして、定例的な連絡事項を担任が伝えていき、最後に一ヶ月ほど前に見た一つの箱を取り出した。


「お前らー。今日はみんな大好き席替えだぞー。テスト週間前にやってくれたら頑張れるとか言ってたんだからちゃんと頑張れよ」


 周囲から楽しそうな声が聞こえてくる。個人的には今の席は気に入ってるので少し残念だ。

 まあ、それでも一番前の席とかじゃなきゃ最悪いいか。


「いい席だったのに残念だな」


 隣の席の方へ目線をやりつつ、珍しく俺から話しかける。

 だが、彼女は俯いていて顔が見えない。それに、こちらの言葉にも反応してくれないようだ。


「大丈夫か?」


 垂れた前髪の隙間から黒曜石のような綺麗な瞳がこちらをゆっくりと見る。

 その目にはいつもの輝きは無く、何とも言えない感情を伴っているようだった。


「……大丈夫。また、近くになれるといいね」


「あ、ああ。そうだな」


 何かを我慢しているような、諦めを感じさせる声が投げかけられ、心配になる。

 だが、見慣れないその表情に俺が戸惑っているうちに、彼女はふっと笑うと、穏やかな優しい笑みをこちらに向けた。


「本当に大丈夫。少しの間だったけどありがとう」

 
 それだけ言い前の女子たちと話し始める。その顔には先ほどまでの暗い表情は無い。

 だが、不思議なことに俺にはその顔が泣いているように見えたのだ。
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