俺の相方はハイエナです

9-1.辞めます

誰に何を言われようが、俺たちは進むしかない。

「この後、事務所行ってくるから」

公園での稽古後、ベンチで缶コーヒーを飲みながらヨルに伝えた。もうすぐ４月だってのに、今日は一段と寒い。

「僕も行った方がいいですか？」
「いや、電話したらとりあえず俺だけ来いって言われたから」

ヨルの耳がピクッと動いた。

「引退の取り消しと、キューブ解散のこととかもあるから。そっちが終わったら一緒に挨拶行こうぜ」
「……はい」

尻尾が静かに垂れ下がっている。別に反対されたってわけでもないのに、既に不安になってるのか。

「そりゃ獣人を相方にしたいって言ったら多少は驚かれるだろうけど、それだけだ。お前のこと、ちゃんと説明してくるからな」
「はい……お願いします」
「ああ、任せとけ」

不安気なヨルの背中を叩いてやった。
フロリック事務所は大きな会社じゃない。その分自由も利くし、芸人の考えを尊重してくれる良い事務所だ。今のマネージャーとは１年目の頃からずっと一緒にやっている。悪いようにはされないだろう。

「そういやヨル、これからバイトだったろ。何のバイトしてんの？」
「今日はビルの清掃です」
「今日は？」
「バイトはいつも日雇いなので｣
「へえ、いいじゃん。コンビニより時給よさそー」
「そんなことないですよ」

聞くと、ヨルの給料は引くほど安かった。

「そんだけ!?　最低賃金下まわってんじゃねえの？」
「わかりませんけど、でもあんまり雇ってくれるところないので」
「獣人……ハイエナだから？」
「はい」

賃貸事情と同じらしい。
接客のバイトしてる獣人なんて、東京じゃいくらでも見かける。けどそれは、犬や猫やウサギとかばっかりだ。強面の狼や熊なんかは、警備員してるのを見たことがあるが。

「ひどいな。差別じゃん、そんなん」
「ハイエナはイメージ悪くて信用ないので、仕方ないんです」

悲観してるわけでもなく、ヨルは淡々としている。
それだけ、こんな扱いが当たり前だということなんだろう。

「イメージって、バカだとか卑怯だってアレだろ。あんなの人間が勝手に言ってるだけじゃんか。バカで卑怯で意地汚いハイエナなんて本当にいるのか？  少なくとも、ヨルは違う」
「陽向さん」

ヨルの顔が俺に近づいた。

「陽向さんがそう思ってくれてるだけで、僕は嬉しいです」
「そ、そりゃ良かったけど。……あ、俺そろそろ行くな」
「はい、気をつけて」

ベンチから立ち上がって、逃げるように公園を出た。
この前のこと、ヨルは忘れたように何も言わない。お互い何もなかった、ということにしたのかもしれない。
それならその方が、いいのかもしれないけど。