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第四部

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「もうこんなもんですかね。僕の五目半負けでしょう」
 一時間半に及ぶ熱戦の末、治はため息交じりに言った。あれから三年の月日が流れ、中也は二十五歳になった。棋力はアマ六段、かつての指導者である治と並ぶまでになっていた。そして今日は遂に、互先ハンデをつけない通常の対局のことで彼を破ったのだ。
「休憩しましょうか」
 そう言って、中也は立ち上がった。ここは、京都にある中也のアパートだ。京都に就職が決まったのは、幸いだった。おかげでこうして、治と頻繁に打つことができる。今日は東京へ行っている辰雄も、この後合流することになっていた。クッキーをつまみながら、二人は取り止めのない会話を交わした。
「そういえば来月、ウィリアムが来日しますよ。また治さんの指導を受けたがっています」
 国際フェスティバルで再会したウィリアムとは、時々ネットで打つ仲だ。日本に来る際、彼は必ず京都に寄ってくれる。そして中也と打ち、治の指導を受けるのが、彼の恒例になっていた。
「ああ、あのアメリカ人の彼ね。正直、彼にももう、教えることは無いんだけどなあ。――全く、二人そろってすごい成長ぶりですよ」
 京都へ来て一年経った頃、治は中也に、『もう僕があなたに教えられることは無い』と言い出した。そこで辰雄は、元棋士という老人を、中也に紹介した。辰雄の店の常連客だという彼は、気のいい男で、快く中也の指導を引き受けた。彼の指導の下、中也の棋力は飛躍的に向上したのだ。
「しかし、これだけの力をお持ちなのに、何の大会にも出場されないなんて、勿体無い」
 治は、心底無念そうに言った。京都へ来て以来中也は、囲碁大会やイベントの類を避けていた。参加すれば、白秋や秋江に遭遇するかもしれないし、関係者を通じて居場所を知られる恐れがあるからだ。
「今度、東京で、プロアマ混合大会が開かれるんですよ。プロ棋士と、選ばれたアマチュアが対決するんです。中也さんなら、十分プロと渡り合えるでしょうに」
 治は、なおも言った。
 ――そんな大会など、とんでもない。わざわざ顔をさらしに行くようなものだ。
 中也は、黙って首を横に振った。治は、諦めたかのように、近くにあった囲碁新聞を手に取った。彼は、一面を避けて、次のページを開いた。
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