101 / 126
第三部
16
しおりを挟む
「なに、院生?」
周囲の客たちは、目を剥いた。
「そういえば、カノコさんも院生だったな。じゃあ、知り合いかい?」
「とんでもない。あたしはずっと下のクラスだったもの。でも、この清滝さんは、トップレベルだったのよ。ねえ、今はどうされているんですか?」
カノコが元院生というのは、中也も初耳だった。それに、父がそれほど有名な院生だったということも。しかし、辰雄の反応は淡々としていた。
「大したことはありませんよ。まぐれで一時期、調子が良かっただけのことです。碁からは、もうずっと遠ざかっていますね」
「そんな、勿体無い」
カノコは、心底残念そうな顔をした。
「いえね、うちも指導碁に来てくれていたプロが二人も辞めてしまって、今インストラクターをしてくれる人を探しているんです。清滝さんて、ただお強いだけでなく、教え方もとてもお上手だから。いかがですか? 考えてみて頂けません?」
「そう仰って下さるのは嬉しいですが、今は大阪が住まいですので」
それでも、カノコは諦めきれない様子だった。
「東京へ来られる機会があれば、ご検討下さいね。うちも、本当に人手が足りなくて。遠坂秋江五段に、たまに来て頂いているんだけど」
「――そうなんですね」
その瞬間、辰雄の顔から表情が消えた。
「すみませんが、電車の時間が押しておりまして。今日はこれで失礼します」
「あら、ごめんなさい。お引き留めしてしまって……」
カノコはまだ喋っていたが、辰雄は席を立って店を出た。訳が分からないまま、中也は父の後を追った。
「あの店はお前の行きつけと言っていたな? もうあそこへは行くな」
一歩外に出るなり、辰雄は中也を見据えてそう言った。激しい口調に、中也は戸惑った。
「一体どうしてさ? もしかしてカノコさんに、院生時代の話をされたから? だったらごめん。彼女が元院生というのは、俺も今日初めて知って……。でも、別に彼女も悪気は無いんだし、あれくらいいいじゃないか?」
「――いや、それとは関係無い」
辰雄はしばらく黙っていたが、やがて言いづらそうに口を開いた。
「まだ時間はあるか? お前に少し、話しておきたいことがある」
周囲の客たちは、目を剥いた。
「そういえば、カノコさんも院生だったな。じゃあ、知り合いかい?」
「とんでもない。あたしはずっと下のクラスだったもの。でも、この清滝さんは、トップレベルだったのよ。ねえ、今はどうされているんですか?」
カノコが元院生というのは、中也も初耳だった。それに、父がそれほど有名な院生だったということも。しかし、辰雄の反応は淡々としていた。
「大したことはありませんよ。まぐれで一時期、調子が良かっただけのことです。碁からは、もうずっと遠ざかっていますね」
「そんな、勿体無い」
カノコは、心底残念そうな顔をした。
「いえね、うちも指導碁に来てくれていたプロが二人も辞めてしまって、今インストラクターをしてくれる人を探しているんです。清滝さんて、ただお強いだけでなく、教え方もとてもお上手だから。いかがですか? 考えてみて頂けません?」
「そう仰って下さるのは嬉しいですが、今は大阪が住まいですので」
それでも、カノコは諦めきれない様子だった。
「東京へ来られる機会があれば、ご検討下さいね。うちも、本当に人手が足りなくて。遠坂秋江五段に、たまに来て頂いているんだけど」
「――そうなんですね」
その瞬間、辰雄の顔から表情が消えた。
「すみませんが、電車の時間が押しておりまして。今日はこれで失礼します」
「あら、ごめんなさい。お引き留めしてしまって……」
カノコはまだ喋っていたが、辰雄は席を立って店を出た。訳が分からないまま、中也は父の後を追った。
「あの店はお前の行きつけと言っていたな? もうあそこへは行くな」
一歩外に出るなり、辰雄は中也を見据えてそう言った。激しい口調に、中也は戸惑った。
「一体どうしてさ? もしかしてカノコさんに、院生時代の話をされたから? だったらごめん。彼女が元院生というのは、俺も今日初めて知って……。でも、別に彼女も悪気は無いんだし、あれくらいいいじゃないか?」
「――いや、それとは関係無い」
辰雄はしばらく黙っていたが、やがて言いづらそうに口を開いた。
「まだ時間はあるか? お前に少し、話しておきたいことがある」
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
【第1部終了】断罪されて廃嫡された元王子に転生した僕は救国の英雄の叔父に監禁されえげつない目にあうようです
ひよこ麺
BL
目が覚めた時、僕は寂れた農村に立っていた。しかも膝丈の大きいワイシャツだけを羽織った露出狂スタイル。
どうやら、異世界に転生したらしいが全く記憶がない僕。どうも農村に降り立っているしスローライフものの異世界転生かもと農家で生活しようとした矢先、銀髪、蒼眼のありえないほどの長身イケメン美形に後ろから羽交い絞めにされた。
「えっ?なんで?」
「……逃げるなんて悪い子だねルーク。さぁ帰ろう」
良く分からないうちにそのまま攫われて……。
そこで気づいた、どうやら僕は腐女子の姉がハマっていたR-18BL小説「わがままな王子様は英雄様の虜」のわがまま故に廃嫡されてしまった元王太子ルークに生まれ変わってしまったらしい。
しかもこのルークは叔父であるマクシミリアンにこの後「監禁」「調教」「溺愛」という全く嬉しくない3連コンボを決められてしまう……いやだ!!!!そう思って逃げようと試みるが、戦闘力がカンストの最強騎士団長であるマクシミリアンに叶うはずもなく……
※一応溺愛ものですがハードなプレイがある予定なので苦手な方はご注意ください。また「※」は性的な部分がある場合タイトルにつきます。また性的なシーンは割とありますが本番まではゆっくりめです。
【完結】騎士団をクビになった俺、美形魔術師に雇われました。運が良いのか? 悪いのか?
ゆらり
BL
――田舎出身の騎士ハス・ブレッデは、やってもいない横領の罪で騎士団をクビにされた。
お先真っ暗な気分でヤケ酒を飲んでいたら、超美形な魔術師が声を掛けてきた。間違いなく初対面のはずなのに親切なその魔術師に、ハスは愚痴を聞いてもらうことに。
……そして、気付いたら家政夫として雇われていた。
意味が分からないね!
何かとブチ飛でいる甘党な超魔術師様と、地味顔で料理男子な騎士のお話です。どういう展開になっても許せる方向け。ハッピーエンドです。本編完結済み。
※R18禁描写の場合には※R18がつきます。ご注意を。
お気に入り・エールありがとうございます。思いのほかしおりの数が多くてびっくりしています。珍しく軽い文体で、単語縛りも少なめのノリで小説を書いてみました。設定なども超ふわふわですが、お楽しみ頂ければ幸いです。
必ず会いに行くから、どうか待っていて
十時(如月皐)
BL
たとえ、君が覚えていなくても。たとえ、僕がすべてを忘れてしまっても。それでもまた、君に会いに行こう。きっと、きっと……
帯刀を許された武士である弥生は宴の席で美しい面差しを持ちながら人形のようである〝ゆきや〟に出会い、彼を自分の屋敷へ引き取った。
生きる事、愛されること、あらゆる感情を教え込んだ時、雪也は弥生の屋敷から出て小さな庵に住まうことになる。
そこに集まったのは、雪也と同じ人の愛情に餓えた者たちだった。
そして彼らを見守る弥生たちにも、時代の変化は襲い掛かり……。
もう一度会いに行こう。時を超え、時代を超えて。
「男子大学生たちの愉快なルームシェア」に出てくる彼らの過去のお話です。詳しくはタグをご覧くださいませ!
【完結】飛行機で事故に遭ったら仙人達が存在する異世界に飛んだので、自分も仙人になろうと思います ー何事もやってみなくちゃわからないー
光城 朱純
ファンタジー
空から落ちてる最中の私を助けてくれたのは、超美形の男の人。
誰もいない草原で、私を拾ってくれたのは破壊力抜群のイケメン男子。
私の目の前に現れたのは、サラ艶髪の美しい王子顔。
えぇ?! 私、仙人になれるの?!
異世界に飛んできたはずなのに、何やれば良いかわかんないし、案内する神様も出てこないし。
それなら、仙人になりまーす。
だって、その方が楽しそうじゃない?
辛いことだって、楽しいことが待ってると思えば、何だって乗り越えられるよ。
ケセラセラだ。
私を救ってくれた仙人様は、何だか色々抱えてそうだけど。
まぁ、何とかなるよ。
貴方のこと、忘れたりしないから
一緒に、生きていこう。
表紙はAIによる作成です。
Endless Summer Night ~終わらない夏~
樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった”
長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、
ひと夏の契約でリゾートにやってきた。
最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、
気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。
そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。
***前作品とは完全に切り離したお話ですが、
世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***
転生王子はダラけたい
朝比奈 和
ファンタジー
大学生の俺、一ノ瀬陽翔(いちのせ はると)が転生したのは、小さな王国グレスハートの末っ子王子、フィル・グレスハートだった。
束縛だらけだった前世、今世では好きなペットをモフモフしながら、ダラけて自由に生きるんだ!
と思ったのだが……召喚獣に精霊に鉱石に魔獣に、この世界のことを知れば知るほどトラブル発生で悪目立ち!
ぐーたら生活したいのに、全然出来ないんだけどっ!
ダラけたいのにダラけられない、フィルの物語は始まったばかり!
※2016年11月。第1巻
2017年 4月。第2巻
2017年 9月。第3巻
2017年12月。第4巻
2018年 3月。第5巻
2018年 8月。第6巻
2018年12月。第7巻
2019年 5月。第8巻
2019年10月。第9巻
2020年 6月。第10巻
2020年12月。第11巻 出版しました。
PNもエリン改め、朝比奈 和(あさひな なごむ)となります。
投稿継続中です。よろしくお願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる