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第一部

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 玄関に入ると、見覚えの無い男物の靴があった。嫌な予感に駆られてリビングへ向かった中也は、はたと足を止めた。二人の男が、ドアの向こうで言い争っている。「もう終わったことだろう」「俺は納得していない」そんなやり取りが聞こえた。一人は、白秋だ。彼が声を荒げるところなんて、初めて見た。中也は息を呑んだ。
「もうここには来るな。帰ってくれ」
 そんな声と共に、目の前のリビングのドアが開いた。開けたのは、白秋だった。彼は中也を見て、目を見張った。
「中也、どうして……」
「そいつが新しい男か?」
 そう言いながら現れたのは、見知らぬ若い青年だった。小麦色の肌に、くっきりした瞳、太い眉。道行く女性の誰もが振り返りそうな、精悍な青年であった。
士郎しろう。今さら友人に戻りたいというのは、僕も無神経だったと思う。それは謝る。だが君とヨリを戻す気はない。僕が好きなのは彼だ。だから、二度とここには来ないでくれ」 白秋は静かな声でそう言った。青年は、一瞬気色ばんで何かを言い返しかけたが、ふと中也の手元に目を止めた。
「鍵? 合鍵をもらったのか」
 突如顔色が変わったかと思うと、青年は、わなわなと震え始めた。
「二十年来の付き合いの俺にもくれなかった合鍵を、こいつにやったのか? 親父さんや弟にすら渡さなかったくせにか!」
「そういうことなんだよ。分かってくれ」
 相変わらず静かに、白秋が言う。青年はしばらく白秋の顔を見つめていたが、やがて諦めたように肩を落とした。が、次の瞬間、彼は憎しみに満ちた瞳で中也をにらみつけた。
「いい気になるなよ。白秋には、昔からずっと想っている相手がいる。そいつが白秋に、プロになる決意をさせたんだ。お前なんか、一生勝てっこないさ!」
 吐き捨てるようにそう言うと、青年は足音荒く部屋を出て行った。
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