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第三章 危機

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 そんな予定は、聞いていない。何か突発的なことが起きたのだろうか。慌ててリビングに向かおうとして、真凜はドキリとした。麻生の凜とした声が響いたのだ。
「『ドン・ラヴニール』を中傷する書き込みをネットに投稿したのは、叶真さん、あなたでしょう」
「真凜のいない所で話がある、というのはそのことですか。失礼な……。一体、何を仰っているのやら」
 叶真が、淡々と返す。真凜は、思わず耳をそばだてた。叶真が早く帰宅したのは、麻生が遅くなると言ったのは、二人で話すためだったのか。
(嘘だろ? 叶真が? まさか……)
 真凜は、混乱し始めた。犯人は、裁判を起こさなければわからないはずではなかったのか。でも麻生は、証拠もなしに人を糾弾するような人間ではない。
「大手グルメ系情報サイトに、『ドン・ラヴニール』に原材料の産地偽装疑惑がある、という口コミが書かれ、SNSや掲示板で拡散された件です。とぼけても無駄ですよ。こちらは、証拠をつかみましたから」
「それは知りませんでした。かわいそうに、真凜も大変だったことでしょう。……でも、犯人扱いは聞き捨てなりませんね。証拠とやらを、見せてもらいましょうか」
 叶真の口調は相変わらず冷静で、感情は読み取れない。真凜は、固唾をのんだ。
「弁護士を通じて、それぞれのサイトの管理者に、書き込みのIPアドレスを開示させました」
「……」
「大元の情報サイトへの投稿は、とある企業内のパソコンからなされていました。あなたがお勤めの広告代理店の、下請けの映像制作会社です。小さな会社ですから、調べればどの社員がやったか、すぐわかるでしょう……。力関係を利用しましたか? それか、便宜を図ってあげたか……。そして、SNSや掲示板への投稿。これは、同じネットカフェのパソコンから書き込まれていました。あなたの会社の目の前のお店ですね」
「馬鹿馬鹿しい。単なる想像の域でしょう」
 叶真が、吐き捨てるように言う。だがその声は、少し震えていた。
「ええ、今は想像の域ですね。でも、現実になるかもしれませんよ。今のところ、『ドン・ラヴニール』のオーナーパティシエにその気はないようですが、裁判を起こせば、犯人の身元は特定できますからね。名誉毀損が認められれば……」
「真凜に話したのか」
 叶真は、乱暴な口調で麻生の言葉を遮った。
「話していません。今日伺ったのは、なぜあなたがこんなことをされたのか、お聞きしたかったからです。僕が憎いのはわかる。『中世ヨーロッパ展』が失敗すれば、僕の評価は下がりますものね。でも、ああまでする必要はあったんですか。『ドン・ラヴニール』が潰れれば、真凜は職を失うんですよ?」
「それが目的に決まってるだろうが」
 叶真が、低い声で呟く。真凜は息をのんだ。
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