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第三章 危機
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数週間後、事態はおおむね解決した。麻生が紹介した弁護士が速やかに調査を行い、措置を講じてくれたのである。弁護士への相談と交渉も、麻生が全面的にやってくれた。こうして、少し時間は要したものの、SNSや掲示板も含めて、悪質な書き込みは全て削除されたのだ。費用も、麻生のコネで安く抑えることができた。
「よかったね。やっぱりプロに頼むと確かだね」
その朝真凜は、朝食を取りながら麻生と話していた。エヴァ本人が情報サイトに抗議した際は、取り合ってもらえなかったのだ。客足はなかなか戻らず、焦っていたところだった。
「ところで、書き込んだ犯人て、誰だかわかったの?」
いや、と麻生はかぶりを振った。
「サイトの管理者には、個人情報の保護義務というものがあるからね。だから、簡単には教えてくれないんだ。どうしても知りたければ、裁判を起こす必要がある」
「――裁判!?」
真凜は目を丸くした。
「うん。そんなことになったら費用だけじゃなく、膨大な時間と労力がかかる。エヴァさんは、そんなこと望んでいないよ。そんな暇があれば、新しいレシピの開発をしたいって」
「でも、気になるなあ……。弁護士さんはプロなのに、何もわからないの?」
真凜は眉を寄せた。
「……どうせ、『ドン・ラヴニール』の人気を妬んだライバル店のどこかだろうよ。投稿も削除されたことだし、もう忘れよう」
麻生は、やや早口で言った。
「それより、楽しいことを考えようよ。……そうそう、『中世ヨーロッパ展』が無事終わったら、二人で旅行しない?」
「旅行?」
麻生が何かを知っていて誤魔化したような気もしたが、つい真凜は反応してしまった。
「そう。一緒に、フランスへ行きたいんだ」
「……もしかして、ロワール?」
麻生は、ためらいがちにうなずいた。
「前に前世の話をした時、真凜、嫌そうにしてたから、言おうか迷ったんだけど……」
「行くよ」
真凜は即座に答えた。麻生と前世からの因縁があるのかどうかは、まだわからない。でも、彼と二人で旅行すると考えただけで、心は弾んだ。それも、大好きなフランスである。
「よし、じゃあプランを立てていこうか。真凜、海外は初めてだったよね? なら、パスポートを申請しなくちゃね」
麻生は、テキパキと話を進めていく。真凜は、あっと思った。身分証を、叶真のマンションに残したままだと気づいたのだ。パスポートを作るなら、当然必要だろう。
(これから『ドン・ラヴニール』に出勤する前に、取りに行こう……)
だが一時間後、久々に帰ったマンションで、真凜は途方に暮れるはめになった。貴重品は、叶真の分と一緒に保管していたのだが、どうやら彼は場所を変えたらしいのだ。いくら探しても、見つからない。
(何もかも、任せきりにしてたからなあ)
真凜は歯がみした。引きこもり生活のツケが回ってきた気がした。仕方なく、叶真に場所を尋ねるメールを送る。また無視されるかと思ったが、意外にもすぐに電話がかかってきた。
『身分証が要るのか?』
叶真は、淡々と尋ねてきた。
「……うん。検定試験を受けようと思って。叶真、場所変えた? わからなくて」
真凜は、とっさに誤魔化した。
『俺の部屋のクローゼットの中だ。箱に入ってて……』
「ちょっと待って」
真凜は、慌てて叶真の部屋へ駆け込むと、クローゼットを開けた。だが、指示に従って探しても、それらしい箱は見つからない。
『ないか?』
叶真は次第に、焦れてきたようだった。
『なら、お前がケーキ屋でバイトしてる時に、店に持ってってやるよ。今度いつ入るんだ?』
「今日、これからだけど。遅番だから、閉店まで残ってる」
『俺、今日早く上がれそうだから、ちょうどいい。持ってくよ。じゃあな』
急いでいたのか、電話はカチャリと切れた。それでも、叶真と普通に話せたことに、真凜は少しほっとしたのだった。
「よかったね。やっぱりプロに頼むと確かだね」
その朝真凜は、朝食を取りながら麻生と話していた。エヴァ本人が情報サイトに抗議した際は、取り合ってもらえなかったのだ。客足はなかなか戻らず、焦っていたところだった。
「ところで、書き込んだ犯人て、誰だかわかったの?」
いや、と麻生はかぶりを振った。
「サイトの管理者には、個人情報の保護義務というものがあるからね。だから、簡単には教えてくれないんだ。どうしても知りたければ、裁判を起こす必要がある」
「――裁判!?」
真凜は目を丸くした。
「うん。そんなことになったら費用だけじゃなく、膨大な時間と労力がかかる。エヴァさんは、そんなこと望んでいないよ。そんな暇があれば、新しいレシピの開発をしたいって」
「でも、気になるなあ……。弁護士さんはプロなのに、何もわからないの?」
真凜は眉を寄せた。
「……どうせ、『ドン・ラヴニール』の人気を妬んだライバル店のどこかだろうよ。投稿も削除されたことだし、もう忘れよう」
麻生は、やや早口で言った。
「それより、楽しいことを考えようよ。……そうそう、『中世ヨーロッパ展』が無事終わったら、二人で旅行しない?」
「旅行?」
麻生が何かを知っていて誤魔化したような気もしたが、つい真凜は反応してしまった。
「そう。一緒に、フランスへ行きたいんだ」
「……もしかして、ロワール?」
麻生は、ためらいがちにうなずいた。
「前に前世の話をした時、真凜、嫌そうにしてたから、言おうか迷ったんだけど……」
「行くよ」
真凜は即座に答えた。麻生と前世からの因縁があるのかどうかは、まだわからない。でも、彼と二人で旅行すると考えただけで、心は弾んだ。それも、大好きなフランスである。
「よし、じゃあプランを立てていこうか。真凜、海外は初めてだったよね? なら、パスポートを申請しなくちゃね」
麻生は、テキパキと話を進めていく。真凜は、あっと思った。身分証を、叶真のマンションに残したままだと気づいたのだ。パスポートを作るなら、当然必要だろう。
(これから『ドン・ラヴニール』に出勤する前に、取りに行こう……)
だが一時間後、久々に帰ったマンションで、真凜は途方に暮れるはめになった。貴重品は、叶真の分と一緒に保管していたのだが、どうやら彼は場所を変えたらしいのだ。いくら探しても、見つからない。
(何もかも、任せきりにしてたからなあ)
真凜は歯がみした。引きこもり生活のツケが回ってきた気がした。仕方なく、叶真に場所を尋ねるメールを送る。また無視されるかと思ったが、意外にもすぐに電話がかかってきた。
『身分証が要るのか?』
叶真は、淡々と尋ねてきた。
「……うん。検定試験を受けようと思って。叶真、場所変えた? わからなくて」
真凜は、とっさに誤魔化した。
『俺の部屋のクローゼットの中だ。箱に入ってて……』
「ちょっと待って」
真凜は、慌てて叶真の部屋へ駆け込むと、クローゼットを開けた。だが、指示に従って探しても、それらしい箱は見つからない。
『ないか?』
叶真は次第に、焦れてきたようだった。
『なら、お前がケーキ屋でバイトしてる時に、店に持ってってやるよ。今度いつ入るんだ?』
「今日、これからだけど。遅番だから、閉店まで残ってる」
『俺、今日早く上がれそうだから、ちょうどいい。持ってくよ。じゃあな』
急いでいたのか、電話はカチャリと切れた。それでも、叶真と普通に話せたことに、真凜は少しほっとしたのだった。
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