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第四章 疑惑と混乱
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「けど、そんなご迷惑はかけられません! 家なら、引っ越せば済むことです」
『今日明日に引っ越しは、できないでしょう。村越が押しかけてきたら、どうするつもりです? 客室なら余っていますから、遠慮する必要はありませんよ』
確かに、壮介ならやりかねない。恥を掻かされただけに、なおさらだ。瑞紀は、背筋が寒くなるのを感じた。
『ああ、それから。HOTELブランの支配人に頼んで、村越の勤務シフトを入手しました。随時瑞紀さんにご提供しますから、もし義叔父さんのお見舞いに行きたいなら、彼が勤務中の時間にされるといい』
聖の細やかな心遣いに、瑞紀は目頭が熱くなるのを感じた。
「いろいろとご配慮、ありがとうございます……。では、そうさせていただきます。ただ、宿泊代は払わせてください。これは、僕の問題ですから」
『瑞紀さんは、遠慮深いのですね』
瑞紀の意思が固いのを悟ったのか、聖はそれ以上主張することはしなかった。
『部屋は、すでに確保してあります。差し出がましいようですが、可能なら今夜から来られるといい。場所は……』
聖が告げた店舗名は、菊池アクターアカデミーに近い、便利のいい場所だった。
「ありがとうございます。では、早速お世話になります」
丁重に礼を述べて、瑞紀は電話を切った。しばし、考え込む。問題は、これからの養成所生活のことでも、壮介のことでもない。聖との関係だった。
(賭けには、勝った)
合格通知を再び見つめて、瑞紀はうなずいた。このオーディションに合格すれば、聖を諦めない、瑞紀はそう誓っていた。それに、勝算もある。何とも思っていない相手に、ここまでしないだろう。脈はある、と瑞紀は踏んでいた。
(問題は……、恐らく彼自身にある)
『幸せになる資格が無い』という聖の言葉が蘇る。何か、恋愛にトラウマでもあるのだろうか。それを確かめるには、と瑞紀は頭を巡らせた。
(彼をよく知る人間に聞くしかない、か)
瑞紀は、財布を手に取ると、中を漁った。目的の名刺を見つけると、瑞紀は早速スマホを手にした。善は急げ、だ。
「いや~、嬉しいなぁ。まさか、本当に連絡をもらえるとは思ってなかったからさぁ」
小田桐順一は、瑞紀を見つめて相好を崩した。ここは、彼が勤める小田桐メディア企画に近い、フレンチレストランである。名刺に書かれていたプライベートの電話番号に連絡したところ、早速一緒にランチをと言われたのだ。店の雰囲気は、聖と初めて食事した所とよく似ていた。さすが異母兄弟だけあって、好みが似るのだろうか、と瑞紀は想像した。
「お忙しい中お時間を取っていただき、ありがとうございます」
「瑞紀ちゃんのためなら、いくらでも時間を作るって」
順一は、片目をつぶった。昼間だというのに、豪快にワインを飲んでいる。今日の彼は、真っ赤なジャケットといういでたちだった。派手な顔立ちの彼に、よく似合っている。
「で? どうしたの、急に?」
「聖さんのことなんです」
瑞紀は、単刀直入に切り出した。
「養成所をご紹介くださったり、いろいろとお世話になっているので、僕としては何かお礼をしたいのですが。何分、付き合いも浅いので、彼の好みをよく知らず……。厚かましいお願いですが、ご相談に乗っていただけませんか?」
異母兄弟、それも大手企業の経営者一族となればいがみ合っていてもおかしくはないが、病院での二人の様子を見る限り、関係はそれほど悪くないと思われた。だから話を引き出そうと思ったのだが、順一はいきなりテーブルに突っ伏した。
「かーっ。口説こうと思った矢先に、聖に恋してるって相談かよ……」
「いや、あの、そんなわけでは!」
慌てて取りつくろおうとした瑞紀だったが、順一はかぶりを振った。体を起こすと、瑞紀の頬をちょんちょんとつつく。
「誤魔化さなくてもいいって。昔から、そういう悩み、山ほど相談されてるから。でも瑞紀ちゃん、俳優志望なんだろ? もう少し上手に演技しなくちゃ、ダメじゃね?」
順一は、グラスに残っていたワインを一気にあおった。
「まー、本当ならさあ、聖の悪口をあること無いこと吹き込みまくって、俺に気持ちを向けさせるとこなんだけど? そうはできないんだよなあ。俺って、性格いいから」
冗談めかして言った後、順一は微苦笑を浮かべた。
「聖は、完璧だからねえ。顔よし、性格よし、仕事もできる、と。だから、さ。あいつになら、気に入った子を取られても、文句言わないわ。……けど、何を悩んでんの? 病院での様子からして、上手くいってんのかと思ってたけど?」
「いえ……、あいにく、そうでも無くて」
瑞紀は、チラと上目遣いで順一を見上げた。
「聖さんは、僕をお嫌いではないようなんですが、今ひとつ前進しないというか……。彼、何か恋愛のトラウマでもあるのでしょうか。順一さん、ご存じありません?」
「……ははあ。今日の呼び出しは、それが目的か」
順一は、じろりと瑞紀を見返した。空になったグラスを、ゆらゆら揺らす。
「知らない、ことも無いけどね。タダで教えろってのは、虫がよすぎるんじゃない?」
順一は、グラスを置くと、不意に瑞紀の手を握った。
「なっ……」
まさか、そう来るとは。軽い男ではあるが、順一の義理の弟ということで、どこか安心していたというのに。このことを聖に告げ口するだろうか、と瑞紀は焦った。これまで、聖とはそれなりに信頼関係を築けてきたと思っているのに、それが水の泡だ……。
『今日明日に引っ越しは、できないでしょう。村越が押しかけてきたら、どうするつもりです? 客室なら余っていますから、遠慮する必要はありませんよ』
確かに、壮介ならやりかねない。恥を掻かされただけに、なおさらだ。瑞紀は、背筋が寒くなるのを感じた。
『ああ、それから。HOTELブランの支配人に頼んで、村越の勤務シフトを入手しました。随時瑞紀さんにご提供しますから、もし義叔父さんのお見舞いに行きたいなら、彼が勤務中の時間にされるといい』
聖の細やかな心遣いに、瑞紀は目頭が熱くなるのを感じた。
「いろいろとご配慮、ありがとうございます……。では、そうさせていただきます。ただ、宿泊代は払わせてください。これは、僕の問題ですから」
『瑞紀さんは、遠慮深いのですね』
瑞紀の意思が固いのを悟ったのか、聖はそれ以上主張することはしなかった。
『部屋は、すでに確保してあります。差し出がましいようですが、可能なら今夜から来られるといい。場所は……』
聖が告げた店舗名は、菊池アクターアカデミーに近い、便利のいい場所だった。
「ありがとうございます。では、早速お世話になります」
丁重に礼を述べて、瑞紀は電話を切った。しばし、考え込む。問題は、これからの養成所生活のことでも、壮介のことでもない。聖との関係だった。
(賭けには、勝った)
合格通知を再び見つめて、瑞紀はうなずいた。このオーディションに合格すれば、聖を諦めない、瑞紀はそう誓っていた。それに、勝算もある。何とも思っていない相手に、ここまでしないだろう。脈はある、と瑞紀は踏んでいた。
(問題は……、恐らく彼自身にある)
『幸せになる資格が無い』という聖の言葉が蘇る。何か、恋愛にトラウマでもあるのだろうか。それを確かめるには、と瑞紀は頭を巡らせた。
(彼をよく知る人間に聞くしかない、か)
瑞紀は、財布を手に取ると、中を漁った。目的の名刺を見つけると、瑞紀は早速スマホを手にした。善は急げ、だ。
「いや~、嬉しいなぁ。まさか、本当に連絡をもらえるとは思ってなかったからさぁ」
小田桐順一は、瑞紀を見つめて相好を崩した。ここは、彼が勤める小田桐メディア企画に近い、フレンチレストランである。名刺に書かれていたプライベートの電話番号に連絡したところ、早速一緒にランチをと言われたのだ。店の雰囲気は、聖と初めて食事した所とよく似ていた。さすが異母兄弟だけあって、好みが似るのだろうか、と瑞紀は想像した。
「お忙しい中お時間を取っていただき、ありがとうございます」
「瑞紀ちゃんのためなら、いくらでも時間を作るって」
順一は、片目をつぶった。昼間だというのに、豪快にワインを飲んでいる。今日の彼は、真っ赤なジャケットといういでたちだった。派手な顔立ちの彼に、よく似合っている。
「で? どうしたの、急に?」
「聖さんのことなんです」
瑞紀は、単刀直入に切り出した。
「養成所をご紹介くださったり、いろいろとお世話になっているので、僕としては何かお礼をしたいのですが。何分、付き合いも浅いので、彼の好みをよく知らず……。厚かましいお願いですが、ご相談に乗っていただけませんか?」
異母兄弟、それも大手企業の経営者一族となればいがみ合っていてもおかしくはないが、病院での二人の様子を見る限り、関係はそれほど悪くないと思われた。だから話を引き出そうと思ったのだが、順一はいきなりテーブルに突っ伏した。
「かーっ。口説こうと思った矢先に、聖に恋してるって相談かよ……」
「いや、あの、そんなわけでは!」
慌てて取りつくろおうとした瑞紀だったが、順一はかぶりを振った。体を起こすと、瑞紀の頬をちょんちょんとつつく。
「誤魔化さなくてもいいって。昔から、そういう悩み、山ほど相談されてるから。でも瑞紀ちゃん、俳優志望なんだろ? もう少し上手に演技しなくちゃ、ダメじゃね?」
順一は、グラスに残っていたワインを一気にあおった。
「まー、本当ならさあ、聖の悪口をあること無いこと吹き込みまくって、俺に気持ちを向けさせるとこなんだけど? そうはできないんだよなあ。俺って、性格いいから」
冗談めかして言った後、順一は微苦笑を浮かべた。
「聖は、完璧だからねえ。顔よし、性格よし、仕事もできる、と。だから、さ。あいつになら、気に入った子を取られても、文句言わないわ。……けど、何を悩んでんの? 病院での様子からして、上手くいってんのかと思ってたけど?」
「いえ……、あいにく、そうでも無くて」
瑞紀は、チラと上目遣いで順一を見上げた。
「聖さんは、僕をお嫌いではないようなんですが、今ひとつ前進しないというか……。彼、何か恋愛のトラウマでもあるのでしょうか。順一さん、ご存じありません?」
「……ははあ。今日の呼び出しは、それが目的か」
順一は、じろりと瑞紀を見返した。空になったグラスを、ゆらゆら揺らす。
「知らない、ことも無いけどね。タダで教えろってのは、虫がよすぎるんじゃない?」
順一は、グラスを置くと、不意に瑞紀の手を握った。
「なっ……」
まさか、そう来るとは。軽い男ではあるが、順一の義理の弟ということで、どこか安心していたというのに。このことを聖に告げ口するだろうか、と瑞紀は焦った。これまで、聖とはそれなりに信頼関係を築けてきたと思っているのに、それが水の泡だ……。
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