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第三章 愛しさと拒絶と
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聖は、即座に聞き返した。
『なぜそう思われるんです?』
「同じBGMが聞こえてきます」
先ほどの支配人の態度から予想はしていたが、電話をかけたことで確信したのだ。数秒の沈黙の後、聖はクスッと笑った。
『やはり、瑞紀さんは鋭い方だな。お察しの通りです』
「会っていただけませんか? いろいろと、伺いたいことがあるんです」
『ダメです』
聖は、間髪を容れずに答えた。
『お気持ちはわかりますが、あなたはヒート中でしょう? アルファと接触すべきではない』
「抑制剤のおかげで、すっかり良くなりましたよ」
本当である。躰の火照りは、ほぼ消えていた。だが聖は、頑なに拒否した。
『たとえそうでも、お部屋へは行けませんよ。それでは、村越のことを非難できない』
反論の言葉が見つからず、瑞紀は沈黙した。すると、何と聖の方からこう言い出した。
『じゃあ、こうしませんか。ここのレストランで食事をしながら、というのはどうでしょう。そろそろお腹も空いた頃じゃないですか?』
確かに、と瑞紀は腹に手を当てた。時計を見れば、もう夜の八時だ。昼食以来何も口にしていないので、かなり空腹である。
『ただ……』
聖は、少し口ごもった。
『瑞紀さんがお嫌でなければ、ですが。村越本人は追い払いましたが、何せ彼の職場ですし……』
そういえば飲食部門と言っていたな、と瑞紀は思い出した。だが、この際そんなことはどうでもいい。早く聖と話をしたかった。そう告げると、聖はほっとしたような声を上げた。
『すぐに、手配をさせましょう。では、十五分後に』
身なりを整えてレストランへ赴くと、聖はテラス席で待っていた。白いシャツの上に黒いジャケットを無造作に羽織っているだけの格好だが、様になっている。髪型もラフなところを見ると、今日は休日だったのだろうか。
「外の方が、お互いフェロモンに影響されませんからね。それに、人に聞かれたくない話題も出るかもしれませんし」
聖は、さらっとそんなことを言った。確かに、テラスに他の客はいない。
「ですが、欠点は寒いことかな」
そう言うと聖は、来ていた黒のジャケットを脱いで、瑞紀に着せかけた。瑞紀は焦った。
「こんなことしていただかなくても、大丈夫ですよ。今日は暖かいですし」
夜でも気温の高い季節だ。本当である。だが聖は、かぶりを振った。
「発情期中は、体調も不安定でしょう。気を付けるに越したことはないですよ」
譲る気配が無いので、瑞紀は遠慮なく借りることにした。瑞紀のものよりかなりサイズの大きなそれには、彼のコロンの香りがほのかに漂っている。瑞紀は、無意識にその布を握りしめていた。
アルコールは控えた方がいいと聖に言われ、瑞紀はソフトドリンクを注文した。瑞紀に気を遣ってか、聖も同じものを注文する。二人分の飲み物が運ばれて来ると、瑞紀はじっと聖を見つめた。
「今日は、本当にありがとうございました。……けれど、どうしてあの場にいらっしゃったんですか」
いくらHOTELブランが小田桐ホールディングス傘下の企業とはいえ、あまりに偶然が過ぎる。すると、聖は意外なことを告げた。
「菊池アクターアカデミーから、ずっと尾行していました」
『なぜそう思われるんです?』
「同じBGMが聞こえてきます」
先ほどの支配人の態度から予想はしていたが、電話をかけたことで確信したのだ。数秒の沈黙の後、聖はクスッと笑った。
『やはり、瑞紀さんは鋭い方だな。お察しの通りです』
「会っていただけませんか? いろいろと、伺いたいことがあるんです」
『ダメです』
聖は、間髪を容れずに答えた。
『お気持ちはわかりますが、あなたはヒート中でしょう? アルファと接触すべきではない』
「抑制剤のおかげで、すっかり良くなりましたよ」
本当である。躰の火照りは、ほぼ消えていた。だが聖は、頑なに拒否した。
『たとえそうでも、お部屋へは行けませんよ。それでは、村越のことを非難できない』
反論の言葉が見つからず、瑞紀は沈黙した。すると、何と聖の方からこう言い出した。
『じゃあ、こうしませんか。ここのレストランで食事をしながら、というのはどうでしょう。そろそろお腹も空いた頃じゃないですか?』
確かに、と瑞紀は腹に手を当てた。時計を見れば、もう夜の八時だ。昼食以来何も口にしていないので、かなり空腹である。
『ただ……』
聖は、少し口ごもった。
『瑞紀さんがお嫌でなければ、ですが。村越本人は追い払いましたが、何せ彼の職場ですし……』
そういえば飲食部門と言っていたな、と瑞紀は思い出した。だが、この際そんなことはどうでもいい。早く聖と話をしたかった。そう告げると、聖はほっとしたような声を上げた。
『すぐに、手配をさせましょう。では、十五分後に』
身なりを整えてレストランへ赴くと、聖はテラス席で待っていた。白いシャツの上に黒いジャケットを無造作に羽織っているだけの格好だが、様になっている。髪型もラフなところを見ると、今日は休日だったのだろうか。
「外の方が、お互いフェロモンに影響されませんからね。それに、人に聞かれたくない話題も出るかもしれませんし」
聖は、さらっとそんなことを言った。確かに、テラスに他の客はいない。
「ですが、欠点は寒いことかな」
そう言うと聖は、来ていた黒のジャケットを脱いで、瑞紀に着せかけた。瑞紀は焦った。
「こんなことしていただかなくても、大丈夫ですよ。今日は暖かいですし」
夜でも気温の高い季節だ。本当である。だが聖は、かぶりを振った。
「発情期中は、体調も不安定でしょう。気を付けるに越したことはないですよ」
譲る気配が無いので、瑞紀は遠慮なく借りることにした。瑞紀のものよりかなりサイズの大きなそれには、彼のコロンの香りがほのかに漂っている。瑞紀は、無意識にその布を握りしめていた。
アルコールは控えた方がいいと聖に言われ、瑞紀はソフトドリンクを注文した。瑞紀に気を遣ってか、聖も同じものを注文する。二人分の飲み物が運ばれて来ると、瑞紀はじっと聖を見つめた。
「今日は、本当にありがとうございました。……けれど、どうしてあの場にいらっしゃったんですか」
いくらHOTELブランが小田桐ホールディングス傘下の企業とはいえ、あまりに偶然が過ぎる。すると、聖は意外なことを告げた。
「菊池アクターアカデミーから、ずっと尾行していました」
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