一年前の忘れ物

解放

「玲！」
　焦ったように、倉木が言う。玲はそんな彼を押しとどめて、天海をじっと見据えた。
「バイトを辞めて、倉木さんとも、このホテルとも一切関わらないようにします。それで満足ですか？　倉木さんを解放してもらえますか？」
「……」
　天海の目が泳ぐ。玲が目の前から消えるのは嬉しいが、玲の消息が分からなくなれば、倉木を縛る手段が無くなってしまう、といったところだろう。玲は、今度は倉木の方を向き直った。
「倉木さん。今までありがとうございました。でももう、俺なんかのために無理することは無いです。自由になってください」
　すると倉木は、困惑したような表情を浮かべた。
「僕のことなら、気にするなと言っただろう。大学四年間、ここで勤めあげたいと言ってたじゃないか。三年生の今からじゃ、他にバイトを探そうにも、なかなか難しいぞ？」
「大丈夫です。何とかしますから」
「失礼。僕からも一言、いいかな」
　それまで黙って聞いていたアレンが、不意に割り込んできた。彼は、天海にずいと近寄った。
「これまで話を聞いていて、あなたが実に卑劣な人間だということが分かりました。それで気づいたんですよ。あの時も、僕を騙したんでしょう！」
　言うなり、アレンは天海を思い切り殴りつけた。玲は、慌ててアレンの元へ駆け寄った。
「アレン、一体どういうこと？　天海さんと、前に何かあったの？」
「さっき、君にずっとお礼をしたいと思っていたと言っただろう？」
「うん。それが？」
「実は、旅行を終えていったんアメリカに帰った後、もう一度来日したことがあるんだ。君に会いたくて、このホテルにやって来た」
　――そんなの、初耳だ。
「フロントで、レイを呼び出した。お礼を言いたいと言ってね。しかし、会いたくないと言っていると言われたんだ。仕事として対応しただけなのに、いちいち客に付きまとわれるなんてうっとおしい、迷惑だと」
「俺、そんなこと言ってないよ！　というか、アレンが来たことも知らなかった！」
「ああ、そうだろう。その時対応したのが、忘れもしないこの男だ。副支配人のバッジを付けていた」
　アレンは、怒りに燃えた目で天海を睨み付けた。