一年前の忘れ物

花房ジュリー

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無自覚の誘惑

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 ――これは厄介だな。
 客室でテレビをチェックして、玲は顔をしかめた。客が故障と言っても、実際は単なる操作ミスの場合も多い。密かにそれを期待していたのだが、今回は本格的な故障のようだった。
 玲は仕方なく、持参した工具類で修理を始めた。経営者の天海一族は経費節減を徹底しているため、備品が故障した場合は、スタッフが修理対応することになっている。だからフロントバイトの玲も、一通りの修理技術を身に付けるまでになったのだ。
 ――見て覚えられるような仕事じゃないっての。
 ジュリアンの台詞を思い出し、玲は心の中でそう呟いた。しかし、それにしても暑い。先ほどの客が怒るのも無理は無かった。玲はふと思いついて、客室のドアを開けて隙間を作った。廊下のひんやりした空気が入って来て、若干ましに感じられる。玲は滴り落ちる汗を拭いながら、作業を続けた。
「大丈夫? できそう?」
 不意にかけられた声に振り向くと、倉木がドアの外から顔をのぞかせていた。
「残りは僕がやっておくから、上がってもらってもいいよ? 夜勤の子なら、もう来たから。遅くまで残ってもらって、悪かった」
「あと少しですから、やってしまいますよ」
「なら、手伝う。二人でやった方が、早いだろう」
 倉木はそう言って部屋に入って来たが、暑いな、と眉をひそめた。
「聞いてはいたが、客室は思った以上だな」
「そうなんですよ。だから、ドアを少し開けたんですけど」
「作業中くらい、上着脱いだら? どうせお客さんは、まだ帰らないんだろう?」
 そういう倉木は、すでに自分の上着を脱いでいる。それもそうか、と今さらながら玲は気づいた。
 上着とネクタイを取り、ついでにシャツのボタンも二つ外す。再び修理に取り掛かろうとして、玲ははっとした。倉木の視線が、玲のはだけたシャツの胸元に注がれていたのだ。その眼差しは、かつてベッドの中で何度と無く向けられたそれと同じものだった。
 不意に、倉木の手が伸びる。
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