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番外編① 最高の贈り物
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※本編完結から二年後のお話です。
アルマンティリア王国宮廷薬師にして、国王ルチアーノの伴侶である真純は、その日、ペサレージ・ダニエラ夫妻の屋敷を訪れていた。結婚二年目である二人に、長女が誕生したからだ。その祝いであった。
「マスミ様! お久しぶりです!」
歓喜の声と共に真純を出迎えたのは、二人ではなくエレナであった。ルチアーノが設立した平民対象の教育機関を晴れて卒業した彼女は、念願の侍女として働くこととなったのだ。雇い主は、ダニエラである。
「エレナさん! どう、仕事は慣れた?」
「はい、おかげさまで。屋敷の方々にも、良くしていただいていますわ」
明るく答えると、エレナは真純を、応接間へと案内した。しばらくして、赤子を抱いたダニエラと、非番だというペサレージが入って来る。二人は、嬉しげに真純を歓待してくれた。
「マスミ様、わざわざお越しいただき、ありがとうございます」
「まあまあ、お気遣いまでいただいて。かたじけないですわ」
真純は祝いの品として、ハーブティーを持参したのである。カフェインが入っていないこの種のお茶は、妊産婦に最適だと、以前の世界で聞いたことがあったのだ。
「マヌエラちゃんへのお祝い品は、たくさん届いていることでしょうから。頑張ったダニエラさんに、慰労の気持ちを込めました」
「ありがとうございます。不思議な香りがいたしますわね」
ダニエラは、興味津々といった様子で、ハーブティーを手に取った。ちなみに長女の名前は、彼女が愛してやまない姉から取ったものだ。
「子供ではなく私への品を選んでくださるなんて、素晴らしいお気遣い。さすが、マスミ様ですわね。あなたも、少しは見習っていただかないと」
ダニエラが、ペサレージをチラとにらむ。ペサレージは苦笑しつつも、怒ってはいないようだ。ルチアーノの口利きで半ば強引にくっつけられた二人だが、仲良くやっている様子に、真純は安堵した。
「早速、煎れてもらいましょうか。エレナ?」
ダニエラが、エレナを呼ぶ。エレナは、ハーブティーを持って引っ込むと、すぐに戻って来た。三人分のティーカップと、クッキーの皿を携えている。それを見た真純は、おやと思った。
「これ、例のレシピ?」
「はい。パオラ、頑張っていますのよ。今日も、焼きたてだと言って持って来てくれました」
真純が提案したジンジャークッキーは、今や王都で大流行している。そのレシピは、後任として王宮の厨房で働くパオラに、しっかり受け継がれているようだ。フィリッポの要望で作られたチョコクッキーも、脇に添えられている。
「うん、美味しい。エレナさんの味が、しっかり受け継がれているね」
一口食べて微笑んだ真純だったが、エレナはなぜか顔を曇らせた。
「ええ、そうなのですけど……。周囲は、なかなか認めないようで。パオラは真面目にやっているのですけど、盗癖の件で未だにからかわれたり、いじめられたりしているようですわ」
そこまで話してから、喋りすぎたと思ったらしい。エレナは手短に挨拶すると、退室した。真純は、首をひねった。
「あれから、二年以上も経つというのに。皆も、しつこいですね」
前から盗癖のあるパオラだったが、王妃の手下として真純を陥れた一件で、その噂は一気に広まったのだ。とはいえ、心を入れ替えているにもかかわらず、非難され続けるのはさすがに気の毒だろう。だが、ペサレージ・ダニエラ夫妻は、けろりとしていた。
「自業自得ですわよ」
「そうですよ。何と言っても、マスミ様を毒殺犯に仕立て上げようとしたんですよ? 同情の余地は無いでしょう」
真純は、そんな二人をじろりとにらんだ。
「毒殺犯に仕立て上げようとした張本人は、ダニエラさんでしょ。ペサレージさんに至っては、直に僕を殺そうとしましたよね。僕がそのことを、根に持ってますか?」
夫妻は、ぐっと詰まった。
「失言でしたわ。マスミ様は、本当に寛大でいらっしゃいます。皆にも、見習わせませんと」
「その通り。更生しようとしている人間を非難し続けるのは、よろしくございません。改善いたしませんとね」
ふう、と真純はため息をついた。盛られたクッキーの一つを手に取り、口に運ぶ。チョコ入りだが、エレナが当初作ったものとは、少し味が違った。
「ん、これ、美味しいですね。前より、チョコの成分が多い気がします」
率直に言って、エレナ作製のものより格段に美味しい。するとダニエラは、こんなことを言い出した。
「パオラ、自分でも新しいレシピに挑戦しているそうですわ。案外、器用な子みたいで」
「手先が器用だからこそ、盗みを……」
ペサレージがぼそりと呟きかけたが、妻に小突かれて押し黙った。ダニエラが、慌てた様子で話題を変える。
「そうそう、マスミ様。聞いてくださいな。エレナったら、好きな男性ができたようですのよ」
「え、そうなんですか」
真純は、目を見張った。ペサレージが身を乗り出す。
「近衛騎士団の一人なんですがね。エレナの奴、なかなか気持ちを伝えられないようで。それで、私どもで縁談を世話しようと思っているのです」
出会った頃は十六だったエレナも、もうじき十九だ。真純は、感慨深い気分に浸った。
「上手くいくといいですね。それにしてもエレナさん、奥手なんですか。思いがけない、というか……」
物怖じしない性格だと思っていたので、意外な気分だ。するとダニエラは、ふふっと笑った。
「女性から愛を告白するのははしたない、という雰囲気が、この国にはありますから。ですから、上の者が気を利かせませんと」
「私たちは、幸運だったよね。何せ、国王陛下が仲を取り持ってくださったのだから」
ペサレージが、妻の肩を抱く。あの時は単に、ジュダに失恋したダニエラを気の毒に思ったルチアーノが、次なる剣の使い手を紹介しただけなのだが。その秘密は墓に持って行くことにして、真純は考え込んだ。
(女性からは告白しにくい文化なのか。それって、改善した方がいいかもな)
そこで真純は、良いことを思いついた。女性が告白しやすくなり、パオラの努力も評価してもらえる、一挙両得の案を。
アルマンティリア王国宮廷薬師にして、国王ルチアーノの伴侶である真純は、その日、ペサレージ・ダニエラ夫妻の屋敷を訪れていた。結婚二年目である二人に、長女が誕生したからだ。その祝いであった。
「マスミ様! お久しぶりです!」
歓喜の声と共に真純を出迎えたのは、二人ではなくエレナであった。ルチアーノが設立した平民対象の教育機関を晴れて卒業した彼女は、念願の侍女として働くこととなったのだ。雇い主は、ダニエラである。
「エレナさん! どう、仕事は慣れた?」
「はい、おかげさまで。屋敷の方々にも、良くしていただいていますわ」
明るく答えると、エレナは真純を、応接間へと案内した。しばらくして、赤子を抱いたダニエラと、非番だというペサレージが入って来る。二人は、嬉しげに真純を歓待してくれた。
「マスミ様、わざわざお越しいただき、ありがとうございます」
「まあまあ、お気遣いまでいただいて。かたじけないですわ」
真純は祝いの品として、ハーブティーを持参したのである。カフェインが入っていないこの種のお茶は、妊産婦に最適だと、以前の世界で聞いたことがあったのだ。
「マヌエラちゃんへのお祝い品は、たくさん届いていることでしょうから。頑張ったダニエラさんに、慰労の気持ちを込めました」
「ありがとうございます。不思議な香りがいたしますわね」
ダニエラは、興味津々といった様子で、ハーブティーを手に取った。ちなみに長女の名前は、彼女が愛してやまない姉から取ったものだ。
「子供ではなく私への品を選んでくださるなんて、素晴らしいお気遣い。さすが、マスミ様ですわね。あなたも、少しは見習っていただかないと」
ダニエラが、ペサレージをチラとにらむ。ペサレージは苦笑しつつも、怒ってはいないようだ。ルチアーノの口利きで半ば強引にくっつけられた二人だが、仲良くやっている様子に、真純は安堵した。
「早速、煎れてもらいましょうか。エレナ?」
ダニエラが、エレナを呼ぶ。エレナは、ハーブティーを持って引っ込むと、すぐに戻って来た。三人分のティーカップと、クッキーの皿を携えている。それを見た真純は、おやと思った。
「これ、例のレシピ?」
「はい。パオラ、頑張っていますのよ。今日も、焼きたてだと言って持って来てくれました」
真純が提案したジンジャークッキーは、今や王都で大流行している。そのレシピは、後任として王宮の厨房で働くパオラに、しっかり受け継がれているようだ。フィリッポの要望で作られたチョコクッキーも、脇に添えられている。
「うん、美味しい。エレナさんの味が、しっかり受け継がれているね」
一口食べて微笑んだ真純だったが、エレナはなぜか顔を曇らせた。
「ええ、そうなのですけど……。周囲は、なかなか認めないようで。パオラは真面目にやっているのですけど、盗癖の件で未だにからかわれたり、いじめられたりしているようですわ」
そこまで話してから、喋りすぎたと思ったらしい。エレナは手短に挨拶すると、退室した。真純は、首をひねった。
「あれから、二年以上も経つというのに。皆も、しつこいですね」
前から盗癖のあるパオラだったが、王妃の手下として真純を陥れた一件で、その噂は一気に広まったのだ。とはいえ、心を入れ替えているにもかかわらず、非難され続けるのはさすがに気の毒だろう。だが、ペサレージ・ダニエラ夫妻は、けろりとしていた。
「自業自得ですわよ」
「そうですよ。何と言っても、マスミ様を毒殺犯に仕立て上げようとしたんですよ? 同情の余地は無いでしょう」
真純は、そんな二人をじろりとにらんだ。
「毒殺犯に仕立て上げようとした張本人は、ダニエラさんでしょ。ペサレージさんに至っては、直に僕を殺そうとしましたよね。僕がそのことを、根に持ってますか?」
夫妻は、ぐっと詰まった。
「失言でしたわ。マスミ様は、本当に寛大でいらっしゃいます。皆にも、見習わせませんと」
「その通り。更生しようとしている人間を非難し続けるのは、よろしくございません。改善いたしませんとね」
ふう、と真純はため息をついた。盛られたクッキーの一つを手に取り、口に運ぶ。チョコ入りだが、エレナが当初作ったものとは、少し味が違った。
「ん、これ、美味しいですね。前より、チョコの成分が多い気がします」
率直に言って、エレナ作製のものより格段に美味しい。するとダニエラは、こんなことを言い出した。
「パオラ、自分でも新しいレシピに挑戦しているそうですわ。案外、器用な子みたいで」
「手先が器用だからこそ、盗みを……」
ペサレージがぼそりと呟きかけたが、妻に小突かれて押し黙った。ダニエラが、慌てた様子で話題を変える。
「そうそう、マスミ様。聞いてくださいな。エレナったら、好きな男性ができたようですのよ」
「え、そうなんですか」
真純は、目を見張った。ペサレージが身を乗り出す。
「近衛騎士団の一人なんですがね。エレナの奴、なかなか気持ちを伝えられないようで。それで、私どもで縁談を世話しようと思っているのです」
出会った頃は十六だったエレナも、もうじき十九だ。真純は、感慨深い気分に浸った。
「上手くいくといいですね。それにしてもエレナさん、奥手なんですか。思いがけない、というか……」
物怖じしない性格だと思っていたので、意外な気分だ。するとダニエラは、ふふっと笑った。
「女性から愛を告白するのははしたない、という雰囲気が、この国にはありますから。ですから、上の者が気を利かせませんと」
「私たちは、幸運だったよね。何せ、国王陛下が仲を取り持ってくださったのだから」
ペサレージが、妻の肩を抱く。あの時は単に、ジュダに失恋したダニエラを気の毒に思ったルチアーノが、次なる剣の使い手を紹介しただけなのだが。その秘密は墓に持って行くことにして、真純は考え込んだ。
(女性からは告白しにくい文化なのか。それって、改善した方がいいかもな)
そこで真純は、良いことを思いついた。女性が告白しやすくなり、パオラの努力も評価してもらえる、一挙両得の案を。
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