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最終章 魔法は世のため、人のため

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 墓参りを終えた後、一行はついに、ベゲットの銅像を見に向かった。設置場所は、ニトリラで最も大きい広場の中心だという。到着するなり、皆は口々に歓声を上げた。

「おお、素晴らしい!」
「これほどとは思いませんでした。まるで、今にも動き出しそうな精巧さですね」

 コリーニは、誇らしげに胸を張った。

「ご本人そっくりにしたくて、あれこれ工夫したのですよ」

  真純も、近付いてつくづく見た。像は、この国の成人男性くらいの身長で、ローブをまとっている。宮廷魔術師時代を再現したのだろう。顔は、ジュダに瓜二つだ。父子は似ていたそうだから当然だろうと思った真純だったが、コリーニは意外なことを言い出した。

「マスミ様のお父上が、ご協力くださったのですよ。いやあ、ありがたい」
「はっ? 父さんが?」

 真純は、驚いて父を見た。父が、けろりと答える。

「前にアルマンティリアを訪れた際、銅像建立計画について耳にしましてな。息子がお世話になっている国のことですから、ささやかながらお役に立とうと思った次第です」

 コリーニが、いやいやとかぶりを振る。

「ささやかなどと、ご謙遜を。いえ、最初私どもは、記憶を頼りにベゲット殿のお顔を再現しようとしていたのですけどね。お父上が、こうご助言くださったのですよ。ジュダ殿はベゲット殿とそっくりなのだから、ジュダ殿のお顔を表現すればよいと。そして、何と! お父上は、ジュダ殿の肖像画をお送りくださったのです。その、実に見事なこと!」

 嫌な予感がした。コリーニが、懐から何やら取り出し、高々と掲げる。それは案の定、ジュダの写真だった。 

「父さん!」

 真純は、非難の眼差しで父をにらみつけた。父が、小声で囁く。

「デジカメで、ちょちょいと隠し撮りをな。内緒だぞ。写真の仕組みを説明するのは、面倒だからな」

 一方、何も知らない面々は、たいそう興奮している。

「まるで、本物のようだ!」
「マスミ様のお父上は、天才画家であられたか!」
 
  父は、はっはっはと笑った。

「私など、自国では大した存在ではありません。この程度の画家は、我が国にいくらでもおります」

 そりゃそうだ、と真純は盛大に突っ込んだ。写真くらい、誰だって撮れる。だが皆は、尊敬の眼差しで父を見つめている。フィリッポなどは、感動のあまり、目頭を押さえているくらいだ。ジュダは、照れくさそうな顔をした。

「まるで、自分がもう一人いるみたいで、不思議な気分だな」

 そこへ、ルチアーノの声が響いた。

「静かに。本当に素晴らしい銅像だ。コリーニ殿、お義父上、感謝申し上げる。だが鑑賞は、後ほど各自でお願いしたい。その前に、皆に見てもらいたいものがあるのだ」

 そう言うとルチアーノは、銅像の下を指さした。台座には、何やら碑文が刻まれている。全員が注目した。

 ルチアーノは、高らかな声で文章を読み上げ始めた。

「ヴァレリオ・ベゲット殿。

 故郷ニトリラを守ろうとした貴殿の勇気と信念を、ここに讃えると共に、以下の通り誓う。

 一つ、魔法は、アルマンティリア王国及び国民のため、正しい方法で使用する。
 二つ、禁忌を犯さない。
 三つ、魔法を戦争に持ち込まない。
 四つ、魔法の能力を偽らない。
 五つ、魔術書や魔道具、呪文の類は隠蔽せず、広く世のために役立てる。

  ××年○月△日 アルマンティリア国王・ルチアーノ一世」

  おおおと、歓声が上がった。程なくして、割れるような拍手が起きる。皆、顔を見合わせて頷き合った。フィリッポが、クスッと笑う。

「若干、陛下の私怨が入っておられますが。良い碑文です」

 そうですね、と真純も同意した。二番目は禁呪のことを指し、三番目はセバスティアーノ国王を、四番目はパッソーニ、五番目はユリアーノを念頭に置いたのだろう。

 コリーニは、声を張り上げた。

「ルチアーノ陛下は、銅像設立にあたり、このような素晴らしい文章をお寄せくださいました。心よりお礼申し上げます」

 そう言ってコリーニは、碑文が刻まれた台座に、大切そうに触れた。

「実に、名文です。領主としては、身に余る光栄と申しますか……」
 
  そこで彼の言葉は、急に途切れた。何やら、焦った様子で台座をこすっている。

「大変、失礼を! 念には念を入れたつもりだったのですが、錆が……。申し訳ございません。すぐに、手入れを……」

 どうやら、台座に使われている金属の一部に、錆が付着していたらしい。ルチアーノは、真純を見ると、ニッと笑った。

「コリーニ殿、慌てる必要は無い。我が伴侶によれば、錆というのは、光を当てると取れるそうなのだ。光魔法で直そう」
「ほう、光で?」

 コリーニが、目をパチクリさせる。次の瞬間、真純は目を疑った。台座全体が、激しく光ったのだ。だが、ルチアーノはまだ何も詠唱していない。

(どういうことだ……?)

「本当だ! 錆が、綺麗に取れております。ですが陛下、いつの間に……?」

 コリーニは、ルチアーノと台座を見比べて、呆然としている。ルチアーノもまた、わけがわからないといった様子だ。

「いや、私は呪文を唱えていないぞ? 誰か、唱えたのか?」

 すると、可愛らしい声が響いた。

「ぼくだよ! 『ひかりまほう』を使ってみたの!」

 その場にいた全員が、固まった。声の主は、ファビオだったのだ。彼を抱っこしていたダニエラは、危うく取り落としかけて、大慌てで抱き直した。

「ダニエラ嬢、本当ですか!? ファビオ殿下が、詠唱なさったと?」

 フィリッポはすごい勢いでダニエラの元に駆け寄ると、詰め寄った。彼女が、ふるふるとかぶりを振る。

「いいえ! 殿下は、何も言葉を発しておられませんわ!」
「……まさか」

 ルチアーノが呟く。フィリッポが後を引き取った。

「無詠唱で、魔法を発動させたと……? ファビオ殿下、失礼ですが、心の中で何か唱えられましたか? その文章は、どこでご覧になったのです?」

 ファビオは、にこにこしながら答えた。

「うん、『ひかりまほう』って聞いたから、おぼえてた言葉を思いうかべたの。えっとね、それはね、フィリッポさんのおへやで読んだよ!」

 フィリッポは、口をあんぐりと開けて、固まった。

「信じられない……。四歳にして、魔術書を解読し、呪文を覚えられたとは。しかも、無詠唱にて発動を……」

 フィリッポは、ふらふらしながらルチアーノの元へ歩み寄った。

「陛下……。ご意見を伺っても? 国王陛下が宮廷魔術師を兼務というのは、可能でしょうか?」

 周囲からは、抗議の声が上がった。

「いや、それは無茶であろう!」
「そんな前例はありませんぞ!」

 だがルチアーノは、びしりと言い放った。

「静粛に。前例に囚われるべきではない」

 まさか、と皆は顔を見合わせ合った。ルチアーノが声を張り上げる。

「このフィリッポ殿の代より、宮廷魔術師は実力主義の採用に変わった。能力のある人間が宮廷魔術師を務めるのは、当然。四歳にして無詠唱で魔法を扱える人間が、他におろうか!」

 一同は、一斉にかぶりを振った。フィリッポが、深いため息をつく。

「はあ……。これで、各地を回らなくてもすみました。まさか、これほど身近に優秀な魔術師がおられたとは。私も、肩の荷が下りた気分です」

 そしてフィリッポは、くるりとジュダの方に向き直った。駆け寄り、彼の手を取る。

「無事後継者が決まったので、皆様にご報告が。私に、結婚して跡継ぎを作るつもりはありません。なぜなら、彼を伴侶と決めたからです!」

 一瞬の沈黙の後、その場は蜂の巣をつついたようになった。ジュダが、真っ赤になる。

「何で、今ここで言うんだよ!」
「ついでです」

 フィリッポが、しれっと答える。男性陣はざわめき、女性陣からは阿鼻叫喚とも言うべき悲鳴が上がる。ダニエラなどは、失神しそうな勢いだ。やれやれ、と真純は肩をすくめた。皆の興奮は、当分治まりそうに無かった。
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