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最終章 魔法は世のため、人のため

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 それから、半年が経った。

 アルマンティリア王国は、国内外ともに順調な状況が続いている。分割した元ホーセンランド領土の統治も支障無く進んでいるし、各国に金を輸出することで、経済も潤っている。ショウガ栽培も功を奏し、最近、収穫を無事終えたばかりだ。もっとたくさん獲れるようになったら、他国へも輸出したいとルチアーノは言っている。

 その日真純は、ファビオの部屋を訪れた。ノックをすると、女性の声が返ってくる。てっきり侍女かと思いきや、扉を開けて真純は驚いた。そこには、ダニエラの姿があったのだ。あの後、短期間幽閉された彼女だが、出て来た後も、なかなか王宮へは姿を現さなかった。きっと、遠慮していたのだろう。

「ダニエラさん! お久しぶりです。いらしてたんですね」
「ええ、ファビオ殿下のお顔が見たくて。マスミ様、ご無沙汰しております」

 ダニエラは、ドレスの裾をつまむと、丁重に挨拶した。そこへ、最近四歳になったばかりのファビオが、とことこと走り寄って来た。

「マスミ! 来てくれた!」

 両親祖父母を相次いで亡くしたファビオが気の毒で、真純はあれ以来、何かと気に懸けていた。そうこうしているうちに、彼はすっかり真純に懐いてしまったのである。

「これ。呼び捨てはいけませんわよ」

 ダニエラは、すかさず甥を注意した。

「マスミ様は、国王陛下の伴侶……といっても、まだおわかりにならないわね。とにかく、大切な方なの。そうね、義叔父上はどうかしら?  お父様の弟君の、お相手なのだから」

「いえ、それはちょっと」

 真純は、眉を寄せた。真純はまだ、二十一歳にもなっていないのだ。「おじうえ」などと呼ばれると、一気に老け込んだ気がする。

「では、マスミ様にしましょう。よろしいわね、殿下?」

 ダニエラに言われ、ファビオは勢い良く返事をした。

「はい、マスミ様! そのお菓子はなあに?」

 真純が手にしていた籠に、ファビオが目ざとく注意を向ける。真純は、籠を差し出した。

「焼き菓子ですよ、殿下。どうぞ、召し上がって。ただのお菓子ではなく、体に良いものが入っているんです」

 収穫したてのショウガを用いて、真純はジンジャークッキーに近いものを作らせたのだ。ちなみに、作り手はエレナである。最初は皿洗いから始まった彼女だが、その器用さを買われ、今では様々な料理を担当させてもらっているのだ。

「いただきまあす!」

 行儀良く挨拶した後、ファビオは早速一つに手を伸ばした。一口囓ると、彼は満面の笑みを浮かべた。

「美味しい! マスミ様、これ、美味しいね!」
「それはよかったです」

 真純は、ほっと胸を撫で下ろした。

「こっちは、なあに?」
「そちらは、チョコレートの焼き菓子ですね」

 王都のチョコレートを気に入ったフィリッポが、ちゃっかり便乗して作らせた品である。ファビオはそちらも食べてくれたが、より気に入ったのは、ショウガ入りの方のようだった。

「そんなに、美味しいのかしら?」

 ダニエラも、興味を示す。真純は、彼女にも籠を差し出した。

「よかったら、お一つどうぞ。たくさんありますし」
「よろしいの?」

 遠慮しつつも、ダニエラの手は、すでに籠に伸びている。一枚を口にして、彼女は目を見張った。

「あら、本当に。食べたことの無いお味だけど、とても美味しいわ」
 
  ダニエラは、瞬く間に一枚目を食べ終えると、二枚目を手にした。よほど気に入ったようだ。

「うーん、最高。是非、友人にも教えてあげましょう。でも、あまりたくさん食べると、太ってしまいそうね」
「糖分を気にされるなら、生姜湯の方がいいかもしれませんね。体を温める効果があるので、健康・美容面でもお勧めですよ」
「そうですのね」

 ダニエラは、興味深げに頷いた後、ふと目を伏せた。

「こんな美味しいお菓子、姉にも食べさせてあげたかったですわ」

 一瞬、重い空気が流れる。真純は、さりげなく話題を変えた。

「そういえば、お父様はお元気ですか」

 ファビオを王位に就けようと張り切っていた、姉妹の父・ドナーティ侯爵だが、最近はめっきりおとなしくなった。将来ファビオに王位を譲るとルチアーノが公言したことで、今は静かにしている方が得策と踏んだらしい。

「ええ、おかげさまで。私の結婚に、やきもきしておりますわ。けれど、なかなか理想の男性に巡り会えなくて……」

 ダニエラが、苦笑する。その時、ノックの音がした。フィリッポとジュダが、顔をのぞかせる。

「おや、マスミさん、やはりこちらでしたか。そろそろ、出発しませんと」
「はい、準備はできています」

 真純は、立ち上がった。今日は、ルチアーノの悲願だった、平民向け教育機関の開校日なのだ。まずは王都に一つ作り、様子を見ながら数を増やしていくとのことである。真純たちも、初授業を見学することになっている。

「フィリッポ様、ジュダ様、お邪魔しております」

 ダニエラは、二人に丁重に挨拶した。フィリッポは軽く返礼したが、ジュダは黙殺した。聞こえよがしに、真純に声をかける。

「マスミ。お前、この部屋でこのメンバーで、よく和めるな。どんな目に遭ったか、忘れたのかよ?」

 言われてみれば、その通りなのだが。真純自身に、わだかまりはもう無い。ダニエラを慮ってとりなそうとした真純だったが、ジュダはさっさと踵を返してしまった。

「すみません。僕はもう、何も思っていませんから」

 真純は、代わりにダニエラに謝ったが、彼女に怒っている気配は無かった。むしろなぜか、嬉しそうにすら見える。

「ダニエラさん……?」
「マスミ様。クラウディオ義兄上はね、とてもお優しい方でしたの」

 ダニエラは、唐突に言った。真純は、きょとんとした。

「姉の理想そのものの方でした。姉は、優しい男性が好きでしたから。……でも私は、姉とは反対ですの。私は、少々意地悪なくらいの男性の方が、好ましいですわ」

「はあ……?」

 一体ダニエラが何を言いたいのか、さっぱりだ。彼女は、さらに続けた。

「そして付け加えさせていただくと、剣術が得意な男の方って、最高だと思いますわ」

 ぽっと頬を染めながらそう言うと、ダニエラは立ち上がった。

「では、これで失礼いたしますわ。皆様、ごきげんよう」

 早口で告げると、ダニエラはそそくさと部屋を出て行く。思わず助けを求めるようにフィリッポを見ると、彼は呆れたようにため息をついた。

「マスミさんの鈍さは、表彰物ですね」
「それって、ええと……?」
「とにかく、もう出発しますよ」

 苛立ったように告げると、フィリッポも踵を返した。はて、と真純は首をかしげた。何だかフィリッポの背中が、怒っているように見えたのだ。その原因は何なのか、さっぱりである。

(誰も彼も、何考えてるんだか……)
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