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第十二章 価値観は、それぞれなんです

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  フィリッポは、目を輝かせた。ジュダやボネーラも、興奮気味に顔を見合わせている。ルチアーノは、即座に答えた。

「許さないはずが無い。是非、そう取り計らってくれ。禁呪のことで、私はベゲット殿を全く恨んでいない」

「寛大なお言葉、ありがとう存じます。では、早速進めて参ります」

 コリーニが、深々と礼をする。するとフィリッポが、アントネッラに声をかけた。

「アントネッラ様。先だっては、指輪をギルリッツェへお送りいただき、ありがとうございました。その節は、大変助かりました」

 丁重に礼を述べたフィリッポだったが、そのとたん、なぜかコリーニの顔は強張った。挙動不審な様子で、目を逸らしている。フィリッポは、首をかしげた。

「どうかされましたか?」

 するとアントネッラは、思いがけないことを言い出した。

「失礼。兄は、体裁を気にしているのですわ。ベゲット様の指輪がきっかけで、私が夫から離縁されたものですから」

 全員が、思わずえっと声を上げていた。フィリッポが、眉をひそめる。

「どういうことです?」
「あら、大したことじゃないんですのよ」

 アントネッラは、けろりとしている。

「あの時、王都からニトリラまで、指輪を取りに帰りましたでしょう? 息せき切って、早馬で帰って来た私を見て、夫が不審に思ったのです。それで、私がベゲット様の指輪を大切に持っていたことが露見し、まあ一悶着ありまして」

 フィリッポは、決まり悪そうな表情になった。

「それは……、大変、申し訳なかったです」
「あら、何を仰るんです! そもそも悪いのは、指輪をくすねた私なのですから。それに、フィリッポ様や皆様には、諸々ご迷惑をおかけしました。これくらい、当然です」

   アントネッラは、きっぱりと告げた。

「逆に、清々した気分ですわ。元々、愛の無い結婚でしたから。今後は、一人で生きていきます。食いぶちくらい、どうにかなりますわ」

 アントネッラは、晴れ晴れした表情で語っている。やせ我慢では無く、心底憑き物が落ちたといった様子だ。そこへ、ルチアーノが口を挟んだ。

「私は女性の職業選択の幅も広げるつもりなので、期待していて欲しい。……ところで」
 
  ルチアーノは、訝しげに首をかしげた。

「聞き間違いだろうか。先ほど、『早馬で帰って来た私を見て』と聞こえた気がするのだが。そなたは、乗馬をたしなむのか?」

 この国で馬に乗れる女性は、珍しいそうなのだ。だがアントネッラは、あっさり答えた。

「ええ、陛下。昔から、得意ですの」

 そして彼女は、チラとジュダを見た。

「セアン君、でしたのね。以前お会いした時は、何も知りませんでしたけれど、こうして見るとお父様そっくりですわね……。実はね、あなたのお母様も、私と共に乗馬を楽しまれたのですよ」

 えっと、再び全員が声を上げていた。フィリッポが、恐る恐るといった様子で尋ねる。

「ジーナ様と、ですか? 彼女も、馬に乗られたと?」

 真純も、意外な思いだった。ジーナを知る人の証言からは、彼女は物静かだったという。馬を乗り回すイメージからは、程遠かった。

「ええ。彼女、楚々とした女性だったけれど、実は運動神経抜群でいらしたの。乗馬の腕前は、私より上だったくらいですわ」

 ジュダは、腑に落ちたような顔をした。

「先日からの謎が、ようやく解けました。私の運動神経は、母譲りだったのですね」
「ジュダは、外見は父君似、中身は母君似なのだな」

 ルチアーノも、大きく頷く。そこでコリーニが、口を挟んだ。

「陛下。本日は、もう一点用件がございます。陛下にお渡ししたき物がございまして」

 そう言ってコリーニが出して来たのは、一冊の本だった。見たところ、魔術書らしい。とたんに、ルチアーノの眼差しは険しくなった。

「ジュダ。母君の話を聞きたいなら、別室に行くように。フィリッポ殿は、こちらへ残ってくれ」

 言われた通り、ジュダとアントネッラが出て行くと、ルチアーノはコリーニをじっと見た。

「この魔術書は、一体?」

 するとコリーニは、封筒を取り出した。

「実は先日、投獄中のユリアーノから私宛てに、手紙が届いたのです。かいつまんで説明すると、以下のような内容でした。パッソーニは、ベゲット殿が神殿に隠された魔術書一式を、盗み出しましたよね。ユリアーノは、その光景を目撃していたというのです」

 全員の顔が険しくなった。

「ユリアーノは、それを見過ごす代わりに、魔術書の一冊を入手したというのです。今もニトリラの自宅に保管しているので、是非王都へ持参し、ルチアーノ陛下へ届けて欲しいと、手紙に綴っていました。それで、慌てて奴の家を調べたところ、確かに見つかりました。そこでこうして、持参した次第です」

 コリーニは、頭を下げた。

「我が領民が重ね重ねご迷惑をおかけし、本当に申し訳ありませんでした!」
「頭を上げよ。そなたの責任ではない」

 ルチアーノはそう告げたものの、声音は厳しかった。魔術書を手に取り、パラパラとめくる。あるページで、彼の動きは止まった。フィリッポが尋ねる。

「どのような魔法が載っているのです? もしや……」

 ルチアーノは、無言でそのページを皆に提示した。真純は、絶句した。

(回復呪文……!)
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