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第十二章 価値観は、それぞれなんです

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(そんな……!)

 真純は、愕然とした。あれだけの仕打ちをされたというのに、ボネーラは王妃にほだされたというのか。裏切られ、果ては手紙のことを暴露されて……。

(いや、きっとベルナルディーノという人の魔法がすごかったんだ)

 王都は一体どうなっているのか気になるところだが、今はこの場を治める方が先だ。ルチアーノも同じことを考えたのか、ため息をついた。

「仕方ない。ジュダ、国王をお連れしろ。くれぐれも、油断せぬように」

 ジュダがセバスティアーノの鎖を解き、後ろ手に縛り直す。四人は陰鬱な気分で、彼を連れて地下牢を出たのだった。


 トッティの次男の案内で、応接間へ向かう。そこでは黒いローブを着た金髪の若者が、ブランデーのグラスを手に、ソファでふんぞり返っていた。その横には、恐怖で顔を引き攣らせている、ギルリッツェ領主がいる。そして、王妃も一緒だ。黒い質素なドレスを着て、やや痩せこけていたが、意志の強そうな瞳は変わっていなかった。

「ベルナルディーノと名乗るこの魔術師が、魔法で窓を崩壊して城に入り込み、父を人質に取ったのです。逆らえば、火魔法で父を焼き殺すと」

 次男が、蒼白な顔で説明する。先ほどの破壊音や悲鳴は、そのせいだったらしい。だがそのとたん、ベルナルディーノが何事か呟きながら、パチンと指を鳴らした。火の粉が飛び、次男に降りかかる。彼は、ぎゃっと悲鳴を上げた。

「ベルナルディーノ殿と呼べ。俺は、ホーセンランドの王子だぞ? ……いや、間も無くアルマンティリア国王の王弟となるが」

 ベルナルディーノが、くっくっと笑う。セバスティアーノに輪をかけた気性の荒さだな、と真純は思った。しかも、短気と見える。

(属性は、火っぽいな。いつでも、水魔法で対抗できるようにしないと)

 自然と、肩に力が入る。すると、ベルナルディーノと目が合った。彼がおやという顔をする。

「黒髪がいるじゃないか。あんた、よかったな。うちの国に生まれなくて。姉上のように忌み子扱いされるとこだったぜ」
「ベルナルディーノ! 余計な話は結構」

 髪色の件に触れられたせいか、王妃はベルナルディーノをじろりとにらむと、叱りつけた。

「それより、セバスティアーノお兄様を自由にして差し上げて。……そうね、ひとまず口だけで結構よ」

 拘束しているとはいえ、口を自由にしたら、いつ詠唱されるかわからない。ジュダは困惑顔になった。とたんに、ベルナルディーノが目を吊り上げる。

「聞こえなかったのか? ならば、このジジイの命は……」
「父上!」

 トッティの次男が、悲鳴を上げる。ルチアーノは、ため息をつくとジュダに指示した。

「取ってやれ」

 布を取り去ると、セバスティアーノはふうと息を吐いた。

「遅かったな、ベルナルディーノ」
「兄上、申し訳ありません」

 ベルナルディーノは立ち上がると、セバスティアーノに一礼した。

「アルマンティリアの王都は、思ったより警備が厳重でして。なかなか、姉上を救出できませんでした。ですが、意外な協力者が現れたのです。何と、ボネーラ宰相が脱獄の手伝いをしてくれまして」

 真純とジュダ、フィリッポは、思わず顔を見合わせていた。

(ボネーラさん、信じていたのに……)

「ほう、やはりな」

 セバスティアーノは、ルチアーノを一瞥すると、にやにや笑った。

「エリザベッタ、よかったじゃないか、アルマンティリアに嫁いで。ホーセンランドでは嫁ぎ先も無かったお前だが、この国には物好きな男もいたようだ」

 王妃の悪行は計り知れないが、それでも真純は若干の同情を覚えた。実の兄と弟から、先ほどからこの言われようだ。母国では、さぞ肩身が狭かったに違いない。

「そして。お前は間も無く、アルマンティリア国王の祖母だ」

 セバスティアーノは、王妃に微笑みかけた。

「ミケーレ二世は、もうすぐくたばるだろう。私たちはルチアーノを始末して、ファビオを国王に据えればいい」
「あれ、セバスティアーノ兄上が王位に就かれるのでは?」

 意外そうに、ベルナルディーノが尋ねる。セバスティアーノは、かぶりを振った。

「アルマンティリア国民の感情というものがあるだろう。攻め込んできたホーセンランド国王がいきなり王位に就くよりは、現国王の血を引くファビオが即位した方が、国をまとめやすくなる。とはいえ、ファビオは三歳。実権を握るのは、この私とベルナルディーノ、そしてエリザベッタだ」

「さすが兄上。賢明なご判断です」

 ベルナルディーノが、大げさに褒めそやす。王妃も頷いた。

「ええ、本当に。お兄様の仰る通りにすれば、間違いございませんわね」

 そう言うと王妃は、ブランデーのグラスを手に立ち上がった。

「飲み物はいかがかしら? ずっと布を噛ませられて、喉が渇いてらっしゃらないか、心配だわ」

 王妃が、こちらへ近付いて来る。ルチアーノとジュダは、即座に警戒の色を浮かべた。そんな二人に、王妃が微笑みかける。

「あら、安心なさって。本当に、喉を潤して差し上げるだけ。その証拠に、鎖をしたままで結構よ」

 セバスティアーノは、顔をしかめた。

「なぜだ。鎖を外させろ」
「ダメよ」

 王妃は、即座に否定した。

「こちらにはベルナルディーノがいるけれど、あちらにも魔術師が大勢いるのですから。あまり我々が傍若無人に振る舞って、あちら側が怒りを爆発させたら、派手な魔法合戦が起きかねません。それでは、周辺諸国の反発を招きますわ。それよりも、お互い人質を取った状態で穏やかに交渉を進める方が、得策でしてよ?」

「は。ルチアーノみたいなことを言うな」

 セバスティアーノが苦笑する。王妃は、そんな彼の前に立つと、グラスを差し出した。セバスティアーノが、口をつけようと身をかがめる。その時、真純はおやと思った。王妃は、グラスを左手で持っていたのだ。

(利き手は、右だったはず。なぜわざわざ、左手でグラスを……?)

 その時、信じられないことが起きた。王妃が、素早く右手を懐に差し込み、短剣を取り出したのだ。ちょうど前のめりになっていたセバスティアーノの腹に、その剣先が深々と食い込む。誰もが、絶句した。

「エリザベッタ……、お前……」

 セバスティアーノは、うめきながら抵抗しようとしたが、拘束されているせいで上手くいかない。鎖を解かせなかったのはこのためか、と真純は愕然とした。

「わたくしは、アルマンティリア王妃です」

 王妃は、冷たい眼差しでセバスティアーノを見下ろした。

「アルマンティリア国王・ミケーレ二世はわたくしの夫です。たとえどれほど無能で、優柔不断で、……そしてわたくしを愛していなくても。アルマンティリアを守るのは、わたくしの使命。この期に及んでわたくしを忌み子と罵るホーセンランドの人間に、アルマンティリアを支配させてたまるものですか!」
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