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第十章 異世界召喚された僕、牢獄に入りました

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「――僕が!?」

 国王の容態急変もだが、自分が指名されたことに真純は驚いた。王族でもない自分が、国王の病室へ行っていいというのか。それとも、薬学の知識が必要とされているのだろうか。戸惑っていると、フィリッポがそっと背中を押してくれた。

「お行きなさい」

 フィリッポは、何もかも見通すような眼差しをしている。よくわからないまま、真純は廊下へ飛び出した。

「私も伺っても?」

 ボネーラが尋ねる。恐らくは、と家臣は頷いた。

「では、参りましょう」

 真純はボネーラと共に、急ぎ向かった。


 家臣に案内されて到着したミケーレ二世の寝室は、ルチアーノの部屋よりもさらに広く豪華だった。ベッドは、大人五人が横になれそうな程ゆったりしており、国王はそこに横たわっていた。危篤を覚悟していたが、案外落ち着いた様子だ。

 そしてベッドの周囲には、聖女の他、王妃、ルチアーノをはじめ、先ほど広間で見かけた顔ぶれが並んでいた。王族たちだろう。隅っこには、ダニエラの姿もあった。ファビオを膝の上に抱いている。真純と目が合うと、彼女は決まり悪そうに視線を逸らした。落ち着きない様子で、顔も心なしか青ざめている。審議の場では、あれほど堂々と真純を陥れる嘘をついたというのに、ずいぶん態度が違うな、と真純は思った。

(ファビオ殿下も、元気になられたみたいだな。よかった)

 ダニエラに抱かれたファビオを見て、真純はほっと胸を撫で下ろした。あの時はただごとでは無い雰囲気だったが、今はすっかり顔色も良く、にこにこ笑っている。まだ幼いからだろう、この緊迫した状況も理解していないようだ。

「マスミ様を、お連れしました。ボネーラ様もです。入室いただいてよろしいですか」

 家臣が声をかけると、王妃はぎろりとこちらをにらんだ。

「国王陛下の一大事です。関係無い者を部屋に入れるなんて、冗談では無いわ。特に、そのマスミ。一応疑いが晴れたとはいえ、つい先ほどまで投獄されていたような人間でしょう」

 ルチアーノはそれに対し何事か言い返そうとしたが、それより早く国王が発言した。

「構わぬ。マスミ殿もボネーラ殿も、入るがよい」

 緊張しながら、真純はボネーラと共に入室した。すると国王は、ゆっくりと体を起こした。懐から、便せんを取り出す。

「皆、心配をかけて悪かった。先ほどは途中までしか読めなかったが、パッソーニの手紙だ。後半を、皆に是非とも聞いて欲しい」
「ご無理をなさらない方がよろしいですわ。今、そのようなことをされなくても……」

 王妃が素早く声をかけたが、ミケーレ二世はそんな彼女をにらみつけた。

「黙れ! 急を要するゆえ、言っておる!」

 国王の眼差しは怒りに燃えており、さすがに王妃は口をつぐんだ。まさか国王がこんな風に王妃を怒鳴りつけるとは思わず、真純はあっけにとられた。他の王族たちも、不審そうに顔を見合わせ合っている。

「……とはいえ。今の私は、体力に自信が無い。それゆえ、代わりに読んで欲しい」

 ミケーレ二世は、自分を取り囲む者たちを一瞥すると、ボネーラに目を留めた。

「ボネーラ殿。頼めるか?」
「もちろんでございます」

 ボネーラが、国王の枕元に駆け寄り、便せんを受け取る。目を通すと、彼は一瞬顔を強張らせたものの、朗々とした声で語り始めた。

「では、先ほどの続きから……。実は、宰相殿が殺害されたあの日、私もボネーラ邸を訪れたのです」

 皆が、どよめく。ボネーラは、いっそう声を張り上げた。

「なぜかと言いますと、宰相殿がジーナ嬢の件でベゲット殿を呼び出した、という情報を小耳に挟んだからです。噂されている通り、ジーナ嬢を国王陛下に引き合わせたのは、私と妻のラウラ。ライバル・ベゲットを失脚させるため、彼と陛下との間に確執を作る算段でした。計画は成功し、陛下はジーナ嬢をご側妃にと望まれた。ですが、そこで意外なことが起きました。宰相殿が、それに賛同なさったのです」

 ボネーラの父親は、側妃推奨派だったという。それがなぜ意外なのだろう、と真純は首をひねった。

「本来なら、喜ぶべきところ。ですが私は、不審に思いました。宰相殿は、以前から私をうろんな奴と警戒しておられた。ベゲット殿の不利になるようなことをすれば、逆に私の立場が良くなることくらい、容易に予想できたはず。それなのになぜ、私の追い風になるような真似をなさるのか……。怪しんでいた矢先、ベゲット殿が呼び出されたと聞いて、私はボネーラ邸へと駆け付けたのです。賛同している素振りは見せかけで、実は私の計画を妨害するおつもりではないかと」

 ボネーラの父親の考えを、パッソーニは見抜いていたようだった。

「しかし、ボネーラ邸を訪れても、誰も出て来ませんでした。なぜか、人の気配もありません。居留守を使っているのかとカッとなった私は、庭へと回り、屋敷内の様子を窺いました。応接間と思しき部屋を見つけたので、窓に手をかけたところ、鍵はかかっていませんでした。そこで、思い切って開けて見たところ……」

 ボネーラは、言いづらそうに言葉に詰まった。

「床に、宰相殿が倒れていました。ピクリともしません。近寄って見たわけではありませんが、亡くなっていると直感しました」

 何と、と真純は驚いた。あの日、パッソーニもまた、ボネーラ邸を訪れていたというのか。しかも、宰相の死体を発見していたとは……。

「当初は、ベゲット殿が殺したのかと思いました。私が深読みしただけで、宰相殿はやはり、ジーナ嬢をご側妃にしようとされたのかと。それに怒ったベゲット殿が、手を出したのかと……。ですがそこで、私は妙なことに気づきました。室内から、甘い香りが漂ってきたのです。その香りには、覚えがありました」

 真純は、思わず王妃の方を見ていた。間違い無い。彼女が用いた、ホーセンランド王室特有の香料だ。

「すでに知られている通り、私はホーセンランドの宦官でした。そしてホーセンランド王室では、疫病対策として、特殊なハーブで作られた香料を肌に塗る習慣がありました。宦官ということで、王室の女性たちのお世話をする機会のあった私は、そのお手伝いをしたことがあります……。宰相殿が殺されていた部屋から漂って来たのは、まさにその同じ香りでした」

 もはや真純だけでなく、部屋にいた全員が王妃に視線を送る。だがそこで、真純は気づいた。ダニエラだけが、様子が変なのだ。単に疑惑の目を向けている他の者たちと違い、彼女の瞳に宿っているのは、明らかな憎悪だった。

(王妃様が宰相を殺したことと、ダニエラさんに何の関係が……?)

 そこで、ボネーラが補足するように言った。

「念のため申し上げておきますと、これらのパッソーニの証言は、真実です。あの日、父は屋敷から人払いをしていましたし、漂っていたという甘い香りも、私は確かに嗅ぎました」

 そしてボネーラは、再び手紙に戻った。

「国王陛下、宰相殿を殺したのはエリザベッタ王妃陛下でございます。あの香料を入手できるのは、ホーセンランド王室の人間のみ。王妃陛下は、国王陛下がご側妃を迎えられるのが面白くなく、それを後押しする宰相殿を殺害したのでございます……」

「妄言よ!」

 王妃は、金切り声を上げた。

「罪状を増やされるのが嫌で、デタラメを申しているのよ。お止めなさい。そんな手紙、読み続ける必要は無いわ!」
「パッソーニは、すでに自害したのでございますぞ」

 ルチアーノは、静かに言った。

「今さら、罪状が減るも増えるもありますまい。止めさせるということは、ご自身にご都合が悪いからですか? そう捉えられても仕方ありませんな」

 そうだそうだ、とルチアーノに賛同する声が上がった。

「ボネーラ殿、是非続きを!」
「我々は、真実を知りたいのだ!」

 ははっと、うやうやしく返事をすると、ボネーラは続きを読み始めた。

「その時、私はこう思いました。絶好の好機だ、と。私を疑念の目で見る宰相は死に、その罪はベゲットに被せられる。その上、王妃陛下の弱味まで握ったのだ。天は私に味方した、そう思ったのでございます」

 一同は、顔をしかめながらも、納得した様子で頷いた。

「私は早速、ベゲットがボネーラ邸を出入りしていたと言いふらしました。同時に、エリザベッタ王妃陛下に香料の件をほのめかしました。王妃陛下は、こう仰いました。『わたくしの罪を黙っている代わりに、ベゲットを追い出すのに協力しよう』『今後の、お前のアルマンティリアでの地位を保障してやろう』と……」

 ジュダがこの場に居ないのが残念だ、と真純は思った。この話を、是非聞かせたい。王妃が、彼の実父を追放するのに一役買ったと……。

「ちなみに、香料のことを口にすれば私も素性が露見する恐れがありましたが、構わないと思いました。ミケーレ二世陛下は、すでに私を信用してくださっている。それに、異国の犯罪者であり、アルマンティリアに不法入国した者を重用していたとなったら、王室の威厳が崩壊してしまいます。きっと国王陛下は目をつぶってくださるだろう、そう計算しました」

 ミケーレ二世は、それを聞いて苦い顔をした。

「こうして王妃陛下のご助力を得て、私はベゲットを追い出し、宮廷魔術師の座に就くことに成功しました。ですが私には、懸念が残っていました。一つは、ベゲットが死罪にならなかったことです。二つ目は、ジーナ嬢が側妃にならず、予定通りベゲットと結婚したこと。ベゲットはまだこの国に留まっているだけでなく、結婚までした。もし彼に子ができたら……、二年後、それは現実となりました」

 読みながらボネーラは、辛そうに顔をゆがめた。

「ベゲットに、息子が誕生したのです。その息子が成長したらと想像して、私はぞっとしました。きっと、ベゲットに似て優秀な魔術師となることでしょう。私の地位を脅かしに来るのでは、そう案じた私は、その息子を殺害しようと考えました。ついでに父親の方も殺してしまえば、もう懸念は無くなる。そんな時、王妃陛下が私の元にいらしたのです」

 嫌な予感がして、真純は眉をひそめた。

「王妃陛下は、仰いました。馬鹿ね、と。ベゲットとその息子だけを殺したのでは、あからさますぎる。いっそ、村全体に火を放てばうやむやにできるじゃないの、と」

 真純は、愕然としていた。ニトリラ焼き討ちは、王妃の発案だったというのか。
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