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第九章 それでも、禁呪は許されませんか

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 その後しばらくとりとめのない雑談を交わすと、真純はジュダの部屋を辞した。真っ直ぐ帰ろうと思った真純だったが、執事に挨拶していると、一人の男性が姿を現した。年齢は四十代後半か、ダークブラウンの髪をした、穏やかそうな男性だ。

「お待ちを。せっかくいらしたのだから、お茶でも飲んでいかれませんか。私は、ジュダの父です」

 彼がロッシ伯爵か、と真純は目を見張った。ジュダから聞いた話では冷たい印象だったが、案外優しそうだ。

「では、お言葉に甘えて」

 伯爵はにこやかに頷くと、応接間に真純を通してくれた。向かい合って腰かけると、彼は感慨深げに真純を見つめた。

「異世界から来られた薬師・マスミ様ですね? お噂は、かねがね伺っております。本日は、わざわざお越しいただきありがとうございます」
「いえ、とんでもない」

 真純は、言葉少なに謙遜した。すると伯爵は、ほっとしたようにため息をついた。

「ジュダがあなたに会う気になってくれて、よかった。いえ、実はルチアーノ殿下も、この五日間毎日お越しだったのですが。ジュダが断固拒否したのですよ。会いたくないと」
「そうだったのですか!?」

 真純は、目を見張った。あれほど多忙なルチアーノが、時間を作ってジュダに会いに来たというのか。それも、毎日。

「ええ。王太子殿下がいらしているというのに、不敬もいいところです。それで私は、無理やりジュダを引っ張り出そうとしたのですがね。ルチアーノ殿下の方から、必要は無いと仰ったのです。強要するなと。こうして殿下は毎日、いらっしゃってはお帰りになるの繰り返しでした」
 
  まだ決定していないとはいえ、ルチアーノが新王太子となることに、もはや誰も異存は無いのだ。伯爵は、自然な調子で王太子と表現した。

「ですが今日は、あなたと部屋で話したとのこと。安心いたしましたよ。何しろ、この家に帰ってからというもの、ジュダは心あらずという感じでしたから。食事もろくに取らないし、案じておりました」

 伯爵は、沈痛の表情を浮かべた。

「マスミ様は、ジュダと年齢も近いそうですね? 厚かましい願いですが、是非彼と友人になってやっていただきたい。何しろジュダは、九歳の時から、離宮でルチアーノ殿下に付ききりでしたからね。名誉なことではありますが、同世代の友人を作ってやれなかったことが、心残りでして」

 何だか勝手な言い草だな、と真純はムッとした。

「ですが、そうなさったのはロッシ伯爵では? 殿下の剣術のお相手候補として、ジュダさんを推したのですよね?」

 養父・ロッシ伯爵は自分を邪魔に思っていた、追い出す口実として立候補させたのだ、とジュダ本人が言っていたではないか。ところが伯爵は、意外なことを言い出した。

「ええ、それはそうなのですが。ただ私は、積極的にジュダを立候補させたわけではありません。国王陛下から直々に、ジュダをとご指名がございましたので、従っただけです」
「国王陛下が!?」

 真純は、眉をひそめた。そんな事実があったとは知らなかった。

(陛下が、なぜ……?)

 いや、と真純は思い直した。ミケーレ二世は、自ら物事を決定できる人間ではない。その裏には、示唆する者がいたはずだ。

(王妃陛下は、ジュダさんがセアンだと知っている。わざと、殿下の相手に選んだのか……?)

 意図的に、ルチアーノとジュダを近付けたということか。ますます、王妃の考えがわからなくなってきた。一方ロッシ伯爵は、ぶつぶつと呟いている。

「私としては、ジュダを差し出したくなかったんですがねえ。殿下の仮面が外れるという事故が起きたものですから。あの時ジュダが無事だったために、離宮へお供する羽目に……。ああ、いや」

 伯爵は、はたと失言に気づいたようだった。

「今やルチアーノ殿下は、次期王位継承者。人格も優れていらっしゃる。そんな方のおそばにお仕えできる今となっては、よかったと思いますがね。ただやはり、あの離宮で九歳から過ごすというのは、酷な話だったと思うのですよ。親としてはですね」

 真純は、伯爵の顔を見つめた。王妃が何事か企んだのは、確かだろう。だが、今の伯爵の言葉は、本当なのだろうか。
 
「ロッシ伯爵。失礼を承知でお尋ねしますが。離宮へジュダさんをやりたくなかったというのは、本音ですか? あなたは、本当にジュダさんを可愛がっておられたのですか」

 養父に愛情は無かったと、ジュダは断言していた。取り繕っているのではないかと、真純は疑ったのだ。
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