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第八章 『忌み子』がもう一人いた

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「はい!?」

 真純とフィリッポは、同時に声を上げていた。ルチアーノが、けろりと語る。

「パッソーニの仲間ではと疑った際の、あのボネーラの怒り様から、王妃陛下への想いは察していた。図書館の利用者一覧を見て確信したが、白状させるためには物証が必要かと思ってな」

 フィリッポは、やれやれといった様子でかぶりを振った。

「まったく。殿下は、大したお方ですよ」
「褒め言葉として受け取っておこう」

  そう言うとルチアーノは、懐から封筒を取り出した。フィリッポに向かって差し出す。

「ベゲット殿の手紙だ。長期間預かって、悪かったな。もうパッソーニは捕らえたゆえ、これはそなたに返そう」
「ありがとうございます」

 フィリッポは封筒を受け取ると、しみじみとその表面を撫でた。

「ベゲット様の名に恥じぬよう、精進せねばなりませんね」
「期待しておるぞ。さて、宮廷魔術師就任の儀式を進めねばならぬな」

 宮廷魔術師の後任をフィリッポとすることで、皆の意見は一致している。ベゲットの弟子だというだけでなく、魔物退治の際の活躍ぶりが、広まったからだ。だがフィリッポは、意外にもこう言い出した。

「いえ。それはお待ちいただきたい。ルチアーノ殿下が、まだ暫定王太子であられるのに、私だけが地位を得るわけにはいきません。殿下が正式に王位継承者と決定してから、ご指名いただきたく存じます」
 
「さようか。フィリッポ殿は、礼儀正しいのだな。ならば、そのように」

 ルチアーノは、あっさり了承した。続いて、真純の方をチラと見る。

「さて。マスミ殿にも、何か役職が必要だな。パッソーニが失脚した以上、病というのは奴の見立て違いで禁呪だったと、そろそろ公表したいのだよ。となると、呪いが解けた時点で、回復魔術師という名目が無くなってしまう」
 
「私の補佐役ということでは?」

 フィリッポはそう提案したが、ルチアーノは思案顔になった。

「もちろん、それもしてもらいたい。だが、それだけでは不十分なのだよ。何しろマスミ殿は、私の伴侶となる存在なのだから。もう少し大きな肩書が欲しいところだ」

 さらりと述べられた言葉に、真純は真っ赤になった。一方フィリッポは、淡々と対応している。

「マスミさんは薬草に詳しいですし、その関係はいかがでしょう」
「ならば、宮廷薬師とするか」

 当の真純をよそに、二人は勝手に話を進めている。

「我が国の神官や聖女たちと共同研究して、是非薬の発展に寄与して欲しい。いかがかな、マスミ殿?」
「……はい。謹んで、お受けします……」
  
  言いながら真純は、フィリッポをチラと見た。先ほどの伴侶発言を、どう思っているのだろうと考えたのだ。だが彼は平然としていた。

「伴侶のお話なら以前伺いましたから、驚く必要は無いでしょう? 私は、約束は守りますよ。ルチアーノ殿下が国王陛下のお子であられた以上、潔く身を引きましょう」
「英断だな。フィリッポ殿にも良き縁があることを、祈っておるぞ」

 ルチアーノはにこにこしているが、どうも空々しい。案の定、フィリッポは彼をじろりと見た。

「真心が感じられるかはさておき、お言葉ありがとう存じます。ですが、マスミさんを泣かせるようなことがあれば、私も黙ってはいませんからね。相手が次期国王陛下であろうが、容赦はいたしません。何せ、私にはこれがありますから」

 そう言ってフィリッポは、ベゲットの手紙をひらひらと振った。一瞬ぎょっとした真純だったが、フィリッポはクスリと笑った。

「冗談ですよ。この手紙だけは、何があろうとも死守します。何のかんのと言っても、殿下は私の恩人ですから。……それに、敬愛する師匠の手紙を、遺書を、そんな目的で用いたくはありません」

 そう言うとフィリッポは、思いがけない行動に出た。ルチアーノに向かって、平伏したのだ。

「ルチアーノ殿下。たとえ誰かの虚言を信じたにせよ、師匠の行いは許されるものではありません。二十年間殿下を苦しめたこと、ベゲットに代わってお詫びいたします。まことに、申し訳ございませんでした!」

 ルチアーノは、穏やかに語りかけた。

「頭を上げよ、フィリッポ殿。そなたには、何の責任も無いことだ」
「ですが……」
「それにそなたは、十分師匠の罪滅ぼしをしてくれたではないか。魔術書をニトリラから持ち帰り、パッソーニに取って代われるほどの実力を付けてくれた。今後は、師匠の過ちを教訓とすればよいのだ。もう気に病むな」

 ありがとうございます、とフィリッポは小さく呟いた。立ち上がり、ルチアーノに向かって改めて礼をする。

「精進いたします」
 
 ルチアーノがああと答えたその時、ノックの音がした。

「クオピボより、ルチアーノ殿下にお頼りでございます」
「今行く」

 ルチアーノは、すぐに廊下へ出た。手紙を持ってすぐに戻るかと思ったが、彼はなかなか帰って来ない。ややあって、大きな声がした。

「おお、これはめでたい。ジュダにも、春が来たようだな」

 おや、と真純は目を見張った。例の、領主の娘のことだろうか。案の定、ルチアーノが続ける。

「縁はどこにあるか、わからぬな。クオピボ領主のご令嬢と、恋仲になるとは……。はは、これは婿入りも覚悟せねばな。一の家臣が去るのはさびしいが、主君としては、祝わねば」

 真純は、あんぐりと口を開けていた。

(婿入り!?)
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