上 下
113 / 242
第七章 殿下、あなたを信じていいのですか

5

しおりを挟む
 翌日の夜。真純は勇気を振り絞って、ルチアーノの部屋を訪れた。

(これは、賭けだ)

 今日、ルチアーノは本当に離宮を訪れるのか。疚しい所が無いのなら、正直に語ってくれるはずだった。

(そうでないなら……、いや、そんなことを考えるな)

 パッソーニの追放にあれだけの意気込みを見せていた、ルチアーノのことだ。彼の妻に近付くのは、計画の一環に決まっている。

(……でも)

 昨日、広間で見たラウラの顔を思い出して、真純はやや弱気になった。華やかで美しく、円熟した大人の女性の色気を醸し出していた。心を惹かれる男性は、数多くいることだろう。今日一日、真純はそのことばかり考えていた。フィリッポから魔術書を借り、水の浄化魔法を練習したが、まるで身が入らなかったくらいだ。

 ノックをして名乗ると、ルチアーノはすぐに開けてくれた。だが、その姿を見て、真純は心が陰るのを感じた。彼は、外出姿だったのだ。

「出かけられるのですか」

 思い切って尋ねると、ルチアーノは微笑みながら頷いた。

「ああ。少し用があってな」
「大事なご用なのでしょうか」
「いや。大したことでは無い」

 深く落胆するのを、真純は感じていた。ルチアーノは、なぜ本当のことを言ってくれないのだろう。それとも、ラウラと会うというのはデマで、娼館の方へ行くのだろうか。だとすれば、真純に目的を伏せるのも納得だ。

「何か話があったのだろう? すまぬな」

 ルチアーノは、相変わらず微笑を浮かべている。いつもの魅力的な笑顔だというのに、それは急に、作り笑いのように思えてきた。

「いえ……」

 少し思案した後、真純はこう頼んでみた。

「殿下。お戻りになるまで、この部屋で待たせていただけませんか? お時間がかかっても、構いませんから」
「いや」

 ルチアーノは、即座にかぶりを振った。

「いつになるかわからぬのだ。自分の部屋へ戻って、休みなさい」
「殿下……」

 目の前が真っ暗になる気がした。大した用でないなら、どうしてそんなことを言うのだ。部屋で待たれるのを嫌がるのは、情事の痕跡を悟られたくないからか。 

「いかがした? さびしいのか」

 ルチアーノは、真純の髪を優しく撫でた。

「明日になったら、ちゃんと話を聞いてやるゆえ、今夜は辛抱してくれ。ああそれから、キキョウだが。すでに、モーラントとクオピボに送らせた。早馬ゆえ、すぐに届くぞ。よかったな」

 礼を述べながらも、真純はため息をつきたくなった。ルチアーノの口調は、不自然に早口だったのだ。もう間違い無い。彼は何かを隠し、誤魔化そうとしている……。

「お忙しい時に、失礼しました」

 真純は、ぺこりと頭を下げて、踵を返した。

「うむ。早く休めよ」

 そんなルチアーノの言葉を背後に、真純は部屋を出た。自室に戻ると、廊下の前でペサレージが待機していた。ルチアーノには内緒で離宮まで付き添ってもらうよう、依頼していたのである。

「どうされます?」

 ペサレージは尋ねた。確実に行くかはわからない、と真純は話していたのだ。もしルチアーノが本音を語ってくれたら、尾行などするつもりは無かった。

「行きます」

 真純は、ペサレージの目を見て告げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪魔の子と呼ばれ家を追い出されたけど、平民になった先で公爵に溺愛される

ゆう
BL
実の母レイシーの死からレヴナントの暮らしは一変した。継母からは悪魔の子と呼ばれ、周りからは優秀な異母弟と比べられる日々。多少やさぐれながらも自分にできることを頑張るレヴナント。しかし弟が嫡男に決まり自分は家を追い出されることになり...

【完結】王子の婚約者をやめて厄介者同士で婚約するんで、そっちはそっちでやってくれ

天冨七緒
BL
頭に強い衝撃を受けた瞬間、前世の記憶が甦ったのか転生したのか今現在異世界にいる。 俺が王子の婚約者? 隣に他の男の肩を抱きながら宣言されても、俺お前の事覚えてねぇし。 てか、俺よりデカイ男抱く気はねぇし抱かれるなんて考えたことねぇから。 婚約は解消の方向で。 あっ、好みの奴みぃっけた。 えっ?俺とは犬猿の仲? そんなもんは過去の話だろ? 俺と王子の仲の悪さに付け入って、王子の婚約者の座を狙ってた? あんな浮気野郎はほっといて俺にしろよ。 BL大賞に応募したく急いでしまった為に荒い部分がありますが、ちょこちょこ直しながら公開していきます。 そういうシーンも早い段階でありますのでご注意ください。 同時に「王子を追いかけていた人に転生?ごめんなさい僕は違う人が気になってます」も公開してます、そちらもよろしくお願いします。

【本編完結】公爵令息は逃亡しました。

オレンジペコ
BL
「くそっ!なんで俺が国外追放なんかに!」 卒業パーティーから戻った兄が怒り心頭になりながら歯軋りしている。 そんな兄に付き合って毒親を捨てて隣国に逃げ出したけど…。 これは恋人同士と思っていた第二王子と、友人兼セフレだと思っていた公爵令息のすれ違いのお話。 ※本編完結済みです。

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

大好きなBLゲームの世界に転生したので、最推しの隣に居座り続けます。 〜名も無き君への献身〜

7ズ
BL
 異世界BLゲーム『救済のマリアージュ』。通称:Qマリには、普通のBLゲームには無い闇堕ちルートと言うものが存在していた。  攻略対象の為に手を汚す事さえ厭わない主人公闇堕ちルートは、闇の腐女子の心を掴み、大ヒットした。  そして、そのゲームにハートを打ち抜かれた光の腐女子の中にも闇堕ちルートに最推しを持つ者が居た。  しかし、大規模なファンコミュニティであっても彼女の推しについて好意的に話す者は居ない。  彼女の推しは、攻略対象の養父。ろくでなしで飲んだくれ。表ルートでは事故で命を落とし、闇堕ちルートで主人公によって殺されてしまう。  どのルートでも死の運命が確約されている名も無きキャラクターへ異常な執着と愛情をたった一人で注いでいる孤独な彼女。  ある日、眠りから目覚めたら、彼女はQマリの世界へ幼い少年の姿で転生してしまった。  異常な執着と愛情を現実へと持ち出した彼女は、最推しである養父の設定に秘められた真実を知る事となった。  果たして彼女は、死の運命から彼を救い出す事が出来るのか──? ーーーーーーーーーーーー 狂気的なまでに一途な男(in腐女子)×名無しの訳あり飲兵衛  

不憫王子に転生したら、獣人王太子の番になりました

織緒こん
BL
日本の大学生だった前世の記憶を持つクラフトクリフは異世界の王子に転生したものの、母親の身分が低く、同母の姉と共に継母である王妃に虐げられていた。そんなある日、父王が獣人族の国へ戦争を仕掛け、あっという間に負けてしまう。戦勝国の代表として乗り込んできたのは、なんと獅子獣人の王太子のリカルデロ! 彼は臣下にクラフトクリフを戦利品として側妃にしたらどうかとすすめられるが、王子があまりに痩せて見すぼらしいせいか、きっぱり「いらない」と断る。それでもクラフトクリフの処遇を決めかねた臣下たちは、彼をリカルデロの後宮に入れた。そこで、しばらく世話をされたクラフトクリフはやがて健康を取り戻し、再び、リカルデロと会う。すると、何故か、リカルデロは突然、クラフトクリフを溺愛し始めた。リカルデロの態度に心当たりのないクラフトクリフは情熱的な彼に戸惑うばかりで――!?

雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される

Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木) 読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!! 黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。 死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。 闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。 そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。 BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)… 連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。 拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。 Noah

【魔導具師マリオンの誤解】 ~陰謀で幼馴染みの王子に追放されたけど美味しいごはんともふもふに夢中なので必死で探されても知らんぷりします

真義あさひ
BL
だいたいタイトル通りの前世からの因縁カプもの、剣聖王子×可憐な錬金魔導具師の幼馴染みライトBL。 攻の王子はとりあえず頑張れと応援してやってください……w ◇◇◇ 「マリオン・ブルー。貴様のような能無しはこの誉れある研究学園には必要ない! 本日をもって退学処分を言い渡す!」 マリオンはいくつもコンクールで受賞している優秀な魔導具師だ。業績を見込まれて幼馴染みの他国の王子に研究学園の講師として招かれたのだが……なぜか生徒に間違われ、自分を呼び寄せたはずの王子からは嫌がらせのオンパレード。 ついに退学の追放処分まで言い渡されて意味がわからない。 (だから僕は学生じゃないよ、講師! 追放するなら退学じゃなくて解雇でしょ!?) マリオンにとって王子は初恋の人だ。幼い頃みたく仲良くしたいのに王子はマリオンの話を聞いてくれない。 王子から大切なものを踏みつけられ、傷つけられて折れた心を抱え泣きながら逃げ出すことになる。 だがそれはすべて誤解だった。王子は偽物で、本物は事情があって学園には通っていなかったのだ。 事態を知った王子は必死でマリオンを探し始めたが、マリオンは戻るつもりはなかった。 もふもふドラゴンの友達と一緒だし、潜伏先では綺麗なお姉さんたちに匿われて毎日ごはんもおいしい。 だがマリオンは知らない。 「これぐらいで諦められるなら、俺は転生してまで追いかけてないんだよ!」 王子と自分は前世からずーっと同じような追いかけっこを繰り返していたのだ。

処理中です...