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第六章 魔物なんて狩れません!

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※ 注意:暴力表現あり

  真純は、仰天した。

(殿下が、風魔法を……!?)
 
  一方、騎士たちは、うめきながら次々と地面に倒れ込んでいく。ぎょっとする真純に、ルチアーノはこともなげに言い放った。

「案ずるな。急所は外しておる。……だが」 

  騎士たちを一瞥すると、ルチアーノは、その内の一人の腕をつかんだ。血にまみれた彼の剣を確認して、ルチアーノは尋ねた。

「私の家臣を傷つけたのは、そなたか」

 恐怖に震えながら、騎士がこくこくと頷く。ルチアーノは、携えた剣をスッと抜いた。

「剣士の利き腕を狙うとは、近衛騎士の風上にも置けぬ。……そなたの、その腕であがなえ!」
 
  ルチアーノが、剣を振り下ろす。その刃先が空を舞った瞬間、真純は絶句した。騎士の右腕が、肩からすっぽりと切り落とされたのだ。わずか一太刀だった。

「殿下……」

 ジュダも、唖然としてルチアーノを見つめている。ルチアーノは、彼の元へ駆け寄ると、抱き起こした。

「申し訳、ありません……。二人を、守り切れず……」
「そんなことはあるものか」

 途切れ途切れに呟くジュダに、ルチアーノは力強く語りかけた。

「お前は、よくやった。この人数を相手に、ここまで戦い抜けるとは、さすがは私の一の家臣だ」

 衣服が血で汚れるのも構わず、ルチアーノはジュダをしっかりと抱きしめた。領主たちに向かって、叫ぶ。

「早く、手当てを」

 すると一団の中から、一人の女性が進み出た。服装から察するに、どうやら聖女らしい。彼女はジュダに寄り添うと、負傷した腕に手をかざした。しばらくして、頷く。

「殿下、ご安心くださいませ。軽傷でございます」

 確かに、出血は程なくして止まった。ルチアーノは、ほっとしたようにため息をつくと、次はペサレージを看てやるよう聖女に指示した。彼女がその場を離れると、ルチアーノは真純を見つめた。

「そなたは? 怪我などしておらぬか」
「僕なら、何ともありません。ジュダさんのおかげです」
「さようか」

 ルチアーノは、空いた手を真純の方へ伸ばすと、力強く抱き寄せた。ジュダと真純、二人をしっかりと抱きしめて呟く。

「間に合ってよかった……。そなたらを救うことができて……」

 ルチアーノの声音は絞り出すようで、触れてくる手は震えていた。心から案じてくれたのが伝わってきて、真純は不覚にも泣きそうになった。だがそこで、真純はハッと思い出した。

「そうだ、殿下! 大変です。フィリッポさんとコッサートさんが、多勢に追われているんです!」

 するとルチアーノは、あっさり答えた。

「その件なら、案ずるな。二人を追っていた騎士団の連中は、すでに捕獲済みだ。フィリッポとコッサートも無事ゆえ、安心せよ」

 真純は、ほっと胸を撫で下ろした。チラと領主の方を振り返って、ルチアーノが付け加える。

「ご協力、感謝する。騎士団まで派遣してくださって」

 するとクオピボ領主は、ぷるぷるとかぶりを振った。

「とんでもない。お礼を申し上げるべきは、こちらでございます。魔術師様を派遣し、魔物を退治してくださっただけでも大感謝ですのに、まさか殿下自ら来てくださるとは。その上、瞬く間に不届き者を捕らえてくださり……。感謝しても、しきれませぬ」

 クオピボ騎士団も、うんうんと頷いた。

「ルチアーノ殿下が、これほどの剣の使い手であられたとは!」
「実にお見事でした。我々など、出る幕はありませんでしたな!」

 どうやら、フィリッポとコッサートを追っていた近衛騎士団のメンバーを捕らえたのは、ほぼルチアーノの活躍によるものらしかった。領主が、興奮気味に続ける。

「しかも殿下は、魔法までお使いになるのですか!? 先ほどのあれは、風魔法ですよね!?」
 
 やはりか、と真純は思った。ルチアーノは頷くと、真純たちに説明してくれた。

「森へ入って、まず見つけたのがフィリッポたちだったのだ。彼らを襲っていた連中を捕獲した後、コッサートに聞いたところ、二手に分かれたとか。そこでそなたらを捜したのだが、何分この森は広すぎる。ようやく見つけた時には、危険が差し迫っていた。普通に剣で戦うのでは間に合わぬと思い、とっさに魔法を用いたのだ」

 そういうことだったのか。それにしてもルチアーノは、いつの間に魔法を習得したのだろう。そして、いつクオピボに来たのか。

「殿下……」

 質問しようとした真純だったが、ルチアーノはかぶりを振った。

「詳細は、後ほど説明する。まずは、ジュダの手当てが優先だ……。皆の者、手を貸してくれ。そしてこの五人は、捕獲して連行するように」

 ははっと、うやうやしく返事をすると、クオピボ騎士団はてきぱきと動き始めた。
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