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第五章 誰が宰相を殺したの?
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その夜真純は、ベッドで寝返りを打っていた。
(寝付けないっ)
真純とフィリッポは、王宮内に部屋を用意してもらったのだ。今夜から早速使わせてもらうことになったのだが、何だか落ち着かなかった。理由は、その豪華さだ。一人で使うというのに、室内はどう見ても、畳十畳以上はある。調度品もきらびやかで、ベッドはなぜかダブルサイズだった。
(外の空気でも吸おうかな)
真純は起き上がると、バルコニーに出てみた。すると何と、隣室のバルコニーにも、人影が見えるではないか。フィリッポだった。
「フィリッポさん! 眠れませんか? 僕もなんです」
話しかけると、フィリッポは疲れたような笑みを浮かべた。
「色々ありすぎて、頭がぐちゃぐちゃですよ。殿下の出生問題に、王妃陛下の企み……。おまけにボネーラ様は、まだベゲット様を疑われている」
「きっと、ルチアーノ殿下が解決してくださいますよ。これまでだって、多くの事実を解明されたじゃないですか」
フィリッポを元気づけようとした真純だったが、彼は苦笑した。
「本当に、ルチアーノ殿下を慕われているのですね。水の魔術師として勝手に公表されたわけですが、それでいいのですか? 確定したわけでもないのに?」
「あ、それなら大丈夫かと。実は、もう水魔法を成功させたんです」
真純は、宿で水を発生させた件を話した。慌ただしく王都へ帰る羽目になったため、まだ誰にも話していなかったのだ。
「初回で成功させたと? それはすごい」
フィリッポは、心底感心したように目を見張っている。真純は、さらに勢い込んだ。
「それでですね。僕、練習して、水の浄化魔法を使えるようになりたいな、と。この国の川は汚染がひどいんでしょう? 綺麗にしたら、きっとショウガの栽培もできますよ。ほら、貴重品だと仰ってたじゃないですか。ショウガがたくさん採れるようになったら、風邪の人を大勢救えるかも」
だがフィリッポは、何だか気乗りしない様子だった。
「本気で、仰ってます?」
「ハイ。フィリッポさんは宮廷魔術師を目指されるわけですし、ボネーラさんもジュダさんも、自分の任務を頑張っておられます。だから僕も、自分にできることを、と」
「宮廷魔術師を目指す、ねえ」
フィリッポは、皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「あくまで成り行き上、ですが。はるばる王都まで連れて来られて、今さら断りますとは言えませんよ。モーラントにいる時なら、恥を忍んででも、親戚の家に戻ったかもしれませんが。ここへ来てから手紙を見せられるなど、ルチアーノ殿下もお人が悪い」
そう言うとフィリッポは、真純をじっと見つめた。
「まあ、私のことは結構。問題はマスミさんです。この国のことに一生懸命になっておられるようですが、そもそもあなたは、元の世界へ帰らなくていいのですか?」
ドキリとした。来た当初は、早く帰ることばかり考えていたのに。いつの間にか、ルチアーノとアルマンティリア王国のことばかり考えている自分に気付く。
「殿下を好いておられるのですか」
不意に、フィリッポが言う。ダークブラウンの瞳は、じっと真純を見つめていた。
「……! それは……」
「回復魔術師としての『お務め』、嫌々果たしているようには聞こえませんでしたが」
カッと、顔が熱くなるのがわかった。宿でのことを言っているのだ。あれだけ毎晩、隣室で情事の際の声を聞かされていたら、そう思って当然だろう。とはいえ、なぜ突然その話題を持ち出すのだろうか。これまで、素知らぬふりをしてくれていたというのに。
「フィリッポさ……」
「あなたが苦しむだけですよ」
フィリッポは、びしりと言い放った。
「もしルチアーノ殿下がパッソーニの子だと判明したら、離宮幽閉くらいの処遇では済まされますまい。国外追放は確実でしょう。あなたの恋は、実らない。……そして、国王陛下のお子であった場合でもです。その場合、殿下はしかるべきお妃をお迎えになるはず」
ハッとした。そういえば、ルチアーノ本人もそう言っていたではないか。ジュダから告白された時、彼はこう告げた。
――晴れて呪いが解け、王位継承が決定すれば、私は妃を迎えねばならない。その女性を裏切るような真似はできぬ……。
「先の話ではないでしょうね。現に今日だって、殿下に熱い眼差しを送っている女性は、一人や二人ではありませんでした」
真純は気付かなかったが、フィリッポは王族たちの反応を注視していたようだった。確かに、今日のルチアーノは、片目を隠しただけの状態だった。素顔は、ほぼ露出していたも同然。美貌に見とれる女性がいても、何ら不思議ではなかった。
(僕は、一体どうすれば……)
フィリッポは、黙り込む真純をじっと見つめていたが、不意にこう言った。
「マスミさん。私を選んでいただけませんか」
(寝付けないっ)
真純とフィリッポは、王宮内に部屋を用意してもらったのだ。今夜から早速使わせてもらうことになったのだが、何だか落ち着かなかった。理由は、その豪華さだ。一人で使うというのに、室内はどう見ても、畳十畳以上はある。調度品もきらびやかで、ベッドはなぜかダブルサイズだった。
(外の空気でも吸おうかな)
真純は起き上がると、バルコニーに出てみた。すると何と、隣室のバルコニーにも、人影が見えるではないか。フィリッポだった。
「フィリッポさん! 眠れませんか? 僕もなんです」
話しかけると、フィリッポは疲れたような笑みを浮かべた。
「色々ありすぎて、頭がぐちゃぐちゃですよ。殿下の出生問題に、王妃陛下の企み……。おまけにボネーラ様は、まだベゲット様を疑われている」
「きっと、ルチアーノ殿下が解決してくださいますよ。これまでだって、多くの事実を解明されたじゃないですか」
フィリッポを元気づけようとした真純だったが、彼は苦笑した。
「本当に、ルチアーノ殿下を慕われているのですね。水の魔術師として勝手に公表されたわけですが、それでいいのですか? 確定したわけでもないのに?」
「あ、それなら大丈夫かと。実は、もう水魔法を成功させたんです」
真純は、宿で水を発生させた件を話した。慌ただしく王都へ帰る羽目になったため、まだ誰にも話していなかったのだ。
「初回で成功させたと? それはすごい」
フィリッポは、心底感心したように目を見張っている。真純は、さらに勢い込んだ。
「それでですね。僕、練習して、水の浄化魔法を使えるようになりたいな、と。この国の川は汚染がひどいんでしょう? 綺麗にしたら、きっとショウガの栽培もできますよ。ほら、貴重品だと仰ってたじゃないですか。ショウガがたくさん採れるようになったら、風邪の人を大勢救えるかも」
だがフィリッポは、何だか気乗りしない様子だった。
「本気で、仰ってます?」
「ハイ。フィリッポさんは宮廷魔術師を目指されるわけですし、ボネーラさんもジュダさんも、自分の任務を頑張っておられます。だから僕も、自分にできることを、と」
「宮廷魔術師を目指す、ねえ」
フィリッポは、皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「あくまで成り行き上、ですが。はるばる王都まで連れて来られて、今さら断りますとは言えませんよ。モーラントにいる時なら、恥を忍んででも、親戚の家に戻ったかもしれませんが。ここへ来てから手紙を見せられるなど、ルチアーノ殿下もお人が悪い」
そう言うとフィリッポは、真純をじっと見つめた。
「まあ、私のことは結構。問題はマスミさんです。この国のことに一生懸命になっておられるようですが、そもそもあなたは、元の世界へ帰らなくていいのですか?」
ドキリとした。来た当初は、早く帰ることばかり考えていたのに。いつの間にか、ルチアーノとアルマンティリア王国のことばかり考えている自分に気付く。
「殿下を好いておられるのですか」
不意に、フィリッポが言う。ダークブラウンの瞳は、じっと真純を見つめていた。
「……! それは……」
「回復魔術師としての『お務め』、嫌々果たしているようには聞こえませんでしたが」
カッと、顔が熱くなるのがわかった。宿でのことを言っているのだ。あれだけ毎晩、隣室で情事の際の声を聞かされていたら、そう思って当然だろう。とはいえ、なぜ突然その話題を持ち出すのだろうか。これまで、素知らぬふりをしてくれていたというのに。
「フィリッポさ……」
「あなたが苦しむだけですよ」
フィリッポは、びしりと言い放った。
「もしルチアーノ殿下がパッソーニの子だと判明したら、離宮幽閉くらいの処遇では済まされますまい。国外追放は確実でしょう。あなたの恋は、実らない。……そして、国王陛下のお子であった場合でもです。その場合、殿下はしかるべきお妃をお迎えになるはず」
ハッとした。そういえば、ルチアーノ本人もそう言っていたではないか。ジュダから告白された時、彼はこう告げた。
――晴れて呪いが解け、王位継承が決定すれば、私は妃を迎えねばならない。その女性を裏切るような真似はできぬ……。
「先の話ではないでしょうね。現に今日だって、殿下に熱い眼差しを送っている女性は、一人や二人ではありませんでした」
真純は気付かなかったが、フィリッポは王族たちの反応を注視していたようだった。確かに、今日のルチアーノは、片目を隠しただけの状態だった。素顔は、ほぼ露出していたも同然。美貌に見とれる女性がいても、何ら不思議ではなかった。
(僕は、一体どうすれば……)
フィリッポは、黙り込む真純をじっと見つめていたが、不意にこう言った。
「マスミさん。私を選んでいただけませんか」
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