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第五章 誰が宰相を殺したの?

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「おお、パッソーニ殿。お目にかかれて、光栄です」

 ルチアーノは、パッソーニの言葉に動揺することも無く、にこやかに微笑んだ。

「ですが、ご案じなさいますな。実は、私の生来の症状は、ほぼ治癒しております。この度モーラントに付き添った使用人と騎士たちに素顔を見せたところ、ほとんどが無事でございました。人により、一瞬めまいを起こす者がいる程度。ですが念のため、片目を覆った次第です。説明が遅れ、ご不安にさせましたね。失礼いたしました」

 これは本当のことだ。ルチアーノの言葉に安堵したのか、広間の王族たちは、ようやく姿勢を正した。国王ミケーレ二世も、扇を顔から外し、咳払いをする。

「それは何より。……して、その者たちは? ロッシ殿以外の、二人の若者のことだ」

 国王が、真純とフィリッポを見比べる。再び緊張し始めた真純だったが、ルチアーノは爽やかに答えた。

「聞いて驚かれますな。彼らは何と、魔術師にございます。こちらはフィリッポと申しまして、かのベゲット殿に直接手ほどきを受けた、土属性の魔術師。そしてもう一人は、水属性の魔術師・マスミでございます。異世界より参りました」

 一同は、またもやざわめき始めた。パッソーニは、ぽかんと口を開けている。ルチアーノは、そんな彼に向かって告げた。

「宮廷魔術師殿がいらっしゃるのに出過ぎた真似かとも思いましたが、良きサポート役になれるのではと考えたのでございます。疫病の後処理で、宮廷は今ご多忙でしょう。クラウディオ殿下もおられなくなった今、人手は多いに越したことは無いかと」

 うんうんと、頷く者も現れ始めた。

「これで、風、水、土がそろったわけですな!」
「後は、『火』が現れればよいのですが。ルチアーノ殿下、感謝いたします」

 魔術師を自称する手前、パッソーニは、自身を風属性と言い張っているのだそうだ。皆が盛り上がり始めた中、突如バンという音がした。当のパッソーニだった。真っ赤な顔をして、テーブルを殴りつけている。

「サポート役だと!? 勝手な真似を……。特に、そのマスミとかいう男! ベゲット殿のお弟子はともかく、異世界から来た人間など、信用できるものか!」

 焦りと怒りのせいか、パッソーニの声は震えている。こんな状況なのに、声質もルチアーノとは違う、と真純は考えていた。ルチアーノの声は低音だが、パッソーニの声はかなり高音だったのだ。中性的というか、どちらかと言えば女性的な声であった。

(無理やりにでも、殿下と違う点を探したいだけかもしれないけど……)

「おや、パッソーニ殿。そんなに興奮なさいますな。このマスミ殿は、実に有能な男なのですよ?」

 ルチアーノは、扇を取り出すと、優雅に笑った。

「ご存じの通り、私は長年、『病』に苦しめられて参りました。国中の聖女を持ってしても、『病』は治せなかった。ところが」

 ルチアーノは、真純の肩を抱くと、前に押し出した。

「マスミ殿が、私を治してくれたのです。聞けば彼は、元の世界で薬学を学ばれていたとのこと。私がここまで回復できたのは、ひとえにマスミ殿のおかげなのです。おまけに彼は、元の世界の知識を活かし、薬草でモーラントの人々の病気も治したのです。寒い地方ゆえ、咳に悩まされる者も多かったのですが、マスミ殿の調合した薬で、今や皆健康体です」

 キキョウで作った薬を、最後にモーラントの人々に配ったところ、それは大好評だったのだ。離宮でもっと採集し、送ってあげようと真純は考えている。

「いかがでございましょう? 信用いただけましたでしょうか?」

 ルチアーノは、広間内を見回すと、にっこり笑った。感心したように頷き合う王族らを一瞥した後、ルチアーノはパッソーニを見すえた。

「パッソーニ殿。あなたはやはり、偉大な魔術師にて占星術師であらせられます。私のこの症状、一部では呪いではという説も浮上しました。ですが、薬学の知識を持って治せたということは、やはり病だったのでしょう。パッソーニ殿、まことにあなたのお見立て通りでございました」

 パッソーニの目が泳ぐ。真純は不思議に思った。ルチアーノに禁呪がかけられているというのは、国王とボネーラだけが知る話だ。皆の前で公にしないのはわかるとしても、パッソーニが正しかったと、わざわざ宣言する必要があるのだろうか。とはいえ、今日はルチアーノに話を合わせる約束だ。真純は、彼に同調するように、こくこくと頷いた。

「……なるほど。全て順調な様子で、何よりではないか? パッソーニ殿、せっかくなので、ルチアーノの連れて来た方々に協力を頼むとよい」

 しばしの沈黙の後、国王はそう締めくくった。パッソーニはと見れば、微妙な表情はしていたものの、それ以上反論はしなかった。ルチアーノが病ではなく呪いだと判明するよりは、マシと判断したのだろう。ルチアーノはパッソーニの面子を立てたのだろうか、と真純は想像した。

「そして、そういうことなら、どうぞかけたまえ。はるばる、ご苦労だった」

 ミケーレ二世は、微笑みながら真純たちの席を示した。ルチアーノとボネーラは、国王に近い位置に、真純とジュダ、フィリッポは、末席に座る。すると国王は、せかせかと話し始めた。

「さて、本題に入るが。次期王位継承者の件だ」

 真純は、我が事のように緊張するのを感じた。ミケーレ二世が、やおら立ち上がる。

「皆の者、よく聞いて欲しい。王太子クラウディオは、不幸にもこの世を去った。本来の王位継承順位を考えれば、新王太子となる資格を持つのは、その息子・ファビオ。だが、知っての通り、ファビオはまだ三歳。そこで」

 ミケーレ二世は、広間内を見回した。

「私としては、第二王子であるルチアーノを新王太子とするのが、妥当と思うのが……、いかがであろうか」

 王族らは、顔を見合わせ始めた。国王はと見れば、彼らの反応をうかがっているようで、真純は首をかしげた。

(王様って言ったら、何だかこう、ビシッと上から指示するイメージだったけど。この国王陛下は、違うっていうか……)

 もちろん、一口に王と言っても千差万別だろうが。ミケーレ二世の瞳は泳ぎ、声音も自信無さげだ。決断力に優れ、きびきびと命令を下すルチアーノを普段から見ているだけに、真純は落差を感じた。

(だから、パッソーニの言いなりになったのかな……)

 無意識にパッソーニの方を見れば、彼は突然立ち上がった。

「恐れながら、国王陛下に申し上げます。アルマンティリア王国の王位継承順位は、やはり遵守すべき。ファビオ殿下を新王太子となさるのが、正道です」

 真純は、隣に座るジュダと、思わず顔を見合わせていた。ベゲットの手紙によれば、パッソーニは、息子であるルチアーノを世継ぎにしたいのではなかったのか。それとも、これは演技だろうか。

「そ、それは、そなたの占いが示すものか?」

 国王は、さっと青ざめた。

「ルチアーノを選ぶことに、問題は無いと思うのだが。唯一の懸念は例の症状であったが、それもほぼ治癒したとのことであるし……」
   
 パッソーニが、何事か答えかける。だがその時、ルチアーノが素早く立ち上がった。彼が言葉を発する前に、ピシリと言い放つ。

「私に、王太子となるつもりはございません」
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