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第四章 時に愛は、表現を間違えがち
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フィリッポも、しばらくの間目を見開いていたが、やがてこう綴った。
『ルチアーノ殿下は尊敬できるお方だと思いますが、ミケーレ二世陛下のことを、私はやはり許していません。ベゲット様の婚約者を奪おうとなさったり、あげくには冤罪で宮廷を追放するなど……。そんなアルマンティリア王室に関わろうとは思いません。第一、パッソーニが脅威だと仰ったばかりでは?』
まったくだ、と真純は頷いた。フィリッポが王室を恨んでいるのは、よく知っているはずなのに。だがルチアーノは、けろりとしていた。
「パッソーニが恐ろしいのは、よくわかる。私自身も、恨み骨髄だ」
フィリッポが、怪訝そうに首をかしげる。ルチアーノは、説明し始めた。
「私のこの呪いだが、呪いと判明したのは、ごく最近。パッソーニは、自分にそれを解く能力が無いことがバレないよう、私を病だと言い張ったのだ。当然、聖女たちには治せない。すると今度は、私を忌み子だと主張し、離宮への幽閉を主導した。パッソーニのことは、恨んでも恨みきれない……。だから、フィリッポ殿」
ルチアーノは、訴えかけるようにフィリッポの顔をのぞき込んだ。
「私は、何としてもパッソーニを宮廷から追放しようと考えている。私的な恨みだけでなく、それがアルマンティリア王国のためだからだ。だが、パッソーニがいなくなった後、宮廷魔術師が不在というわけにもいくまい。それゆえ、貴殿を採用しようと思ったのだが。いかがかな? パッソーニに恨みを持つ者同士、共闘するというのは?」
真純は、しみじみ思った。
(ルチアーノ殿下は、交渉上手な方だ……)
親近感を持たせることで心を開かせる、とジュダが言っていたのを思い出す。ルチアーノも今、同じ手法を採っている気がした。
フィリッポはと見れば、突然の話に即答できないのか、硬直している。するとルチアーノは、パチンと扇を閉じた。ゆったりと、椅子に座り直す。
「いや、失敬。急にこんな話をして、戸惑われるのも無理は無い。もちろん、フィリッポ殿のお気持ちが最優先ゆえ、モーラントに留まりたいと仰るなら無理強いはしない」
フィリッポは、再び顔を曇らせた。パッソーニが怖いのと、今の親戚の家が居心地が悪いせいの、両方だろう。
「ただ、失声症を治せるのは、マスミ殿だけであろう? しかも、長い期間がかかると聞く。我々も、延々とモーラントに滞在し続けるわけにもいかないのでな。もちろんマスミ殿は私の回復魔術師であるゆえ、私と共に王都へ戻らねばならぬ。そうなった際に、貴殿の病を治せる者がいなくなるわけだが」
やけに『私の』を強調した気もしたが、ルチアーノの意図は真純にもわかった。
(『押してダメなら引いてみな』作戦だな。しかも、軽く脅しが入ってるし……)
フィリッポは、しばらく考えた後、頷いた。
『失声症は治したいですし、パッソーニを滅ぼし、ベゲット様の敵を討ちたい思いもあります。……わかりました。ルチアーノ殿下を信じて、王都へ参ります』
真純は、小躍りしたくなった。
「フィリッポさん、ありがとうございます。僕、頑張るので、一緒に治しましょうね!」
思わず、フィリッポに向かって手を差し出す。固く握手を交わしていると、ルチアーノはチラとこちらを見た。
「フィリッポ殿、感謝する。……では早速なのだが、この宿に移ってこられてはどうだ? 我々も、今すぐここを離れるわけではない。出発までの間も、マスミ殿の治療を受けられれば、時間の節約になるであろう」
ジュダの帰りを待たなければいけないものな、と真純は納得した。よほど親戚の家に居たくないのか、フィリッポも即座に頷く。
「では、決まりだな。貴殿の部屋を手配させよう」
ルチアーノは、そう言って席を立ちかけたが、フィリッポは引き留めるような仕草をした。巻物に書き付ける。
『私に対するご配慮は、とてもありがたいのですが。結局、回復呪文が判明しなかったことが、心苦しく……。参考までに、お教えいただけませんでしょうか。誰が何の目的で、殿下に呪いをかけたのかを』
真純は、思わずルチアーノの顔を見ていた。正直、それはずっと気になっていたが、聞くのがためらわれたのだ。
「呪文の件は、気にせずともよい。呪いを解く方法は、他にもあるのでな」
ルチアーノは、意味深な笑みを浮かべて真澄を一瞥した後、真剣な表情になった。
「実のところ、私にもまだわからないのだ。呪いの効果は、私の出生時より始まっていた。となると、その者は、母が私を身ごもっている最中に呪いをかけたことになる。そこで私は今、当時活動していた魔術師を調べている。呪いをかけた魔術師がわかれば、命じた者もたどれるだろうと。先ほど言ったように、当時の魔術師は皆、国外追放されてしまったため、調査には時間を要するが……」
ああそれから、とルチアーノは補足するように言った。
「パッソーニでないことは確かだ。あやつに、禁呪などかける能力は無い」
すると、フィリッポはなぜか目を見張った。すごい速さで、巻物に書き付ける。
『禁呪ですと? 普通の呪いではなく、禁呪がかけられていたのですか?』
「そうだが。いかがした?」
ルチアーノが、訝しげに尋ねる。するとフィリッポは、ぶんぶんと首を横に振った。
『殿下、その調査方法は、見直された方がよろしいかと。なぜなら、禁呪を用いた魔術師は、生存しているはずが無いからです』
「何だと!?」
ルチアーノは、まなじりを吊り上げた。真純も、身を乗り出す。
「そうなのですか、フィリッポさん?」
フィリッポは、こくこくと頷いた。
『ベゲット様から教わりました。禁呪は、効果が強い分、呪いをかけた者にも跳ね返ってくる。そんな術を用いたら、数日後には命を落とすだろうと。その意味でも、決して使ってはいけないと……』
ルチアーノは、呆然とした様子で、再び扇を開いた。心を静めるかのように、パタパタと扇ぐ。
「それは初耳だ。ならば、生きている魔術師を調べても無意味だな。逆に、亡くなった者を探らねば……」
そこまで喋って、ルチアーノはふと口をつぐんだ。真純も、ハッとした。
(まさか。でもベゲットさんは、パッソーニに殺されたのだし……)
『ルチアーノ殿下は尊敬できるお方だと思いますが、ミケーレ二世陛下のことを、私はやはり許していません。ベゲット様の婚約者を奪おうとなさったり、あげくには冤罪で宮廷を追放するなど……。そんなアルマンティリア王室に関わろうとは思いません。第一、パッソーニが脅威だと仰ったばかりでは?』
まったくだ、と真純は頷いた。フィリッポが王室を恨んでいるのは、よく知っているはずなのに。だがルチアーノは、けろりとしていた。
「パッソーニが恐ろしいのは、よくわかる。私自身も、恨み骨髄だ」
フィリッポが、怪訝そうに首をかしげる。ルチアーノは、説明し始めた。
「私のこの呪いだが、呪いと判明したのは、ごく最近。パッソーニは、自分にそれを解く能力が無いことがバレないよう、私を病だと言い張ったのだ。当然、聖女たちには治せない。すると今度は、私を忌み子だと主張し、離宮への幽閉を主導した。パッソーニのことは、恨んでも恨みきれない……。だから、フィリッポ殿」
ルチアーノは、訴えかけるようにフィリッポの顔をのぞき込んだ。
「私は、何としてもパッソーニを宮廷から追放しようと考えている。私的な恨みだけでなく、それがアルマンティリア王国のためだからだ。だが、パッソーニがいなくなった後、宮廷魔術師が不在というわけにもいくまい。それゆえ、貴殿を採用しようと思ったのだが。いかがかな? パッソーニに恨みを持つ者同士、共闘するというのは?」
真純は、しみじみ思った。
(ルチアーノ殿下は、交渉上手な方だ……)
親近感を持たせることで心を開かせる、とジュダが言っていたのを思い出す。ルチアーノも今、同じ手法を採っている気がした。
フィリッポはと見れば、突然の話に即答できないのか、硬直している。するとルチアーノは、パチンと扇を閉じた。ゆったりと、椅子に座り直す。
「いや、失敬。急にこんな話をして、戸惑われるのも無理は無い。もちろん、フィリッポ殿のお気持ちが最優先ゆえ、モーラントに留まりたいと仰るなら無理強いはしない」
フィリッポは、再び顔を曇らせた。パッソーニが怖いのと、今の親戚の家が居心地が悪いせいの、両方だろう。
「ただ、失声症を治せるのは、マスミ殿だけであろう? しかも、長い期間がかかると聞く。我々も、延々とモーラントに滞在し続けるわけにもいかないのでな。もちろんマスミ殿は私の回復魔術師であるゆえ、私と共に王都へ戻らねばならぬ。そうなった際に、貴殿の病を治せる者がいなくなるわけだが」
やけに『私の』を強調した気もしたが、ルチアーノの意図は真純にもわかった。
(『押してダメなら引いてみな』作戦だな。しかも、軽く脅しが入ってるし……)
フィリッポは、しばらく考えた後、頷いた。
『失声症は治したいですし、パッソーニを滅ぼし、ベゲット様の敵を討ちたい思いもあります。……わかりました。ルチアーノ殿下を信じて、王都へ参ります』
真純は、小躍りしたくなった。
「フィリッポさん、ありがとうございます。僕、頑張るので、一緒に治しましょうね!」
思わず、フィリッポに向かって手を差し出す。固く握手を交わしていると、ルチアーノはチラとこちらを見た。
「フィリッポ殿、感謝する。……では早速なのだが、この宿に移ってこられてはどうだ? 我々も、今すぐここを離れるわけではない。出発までの間も、マスミ殿の治療を受けられれば、時間の節約になるであろう」
ジュダの帰りを待たなければいけないものな、と真純は納得した。よほど親戚の家に居たくないのか、フィリッポも即座に頷く。
「では、決まりだな。貴殿の部屋を手配させよう」
ルチアーノは、そう言って席を立ちかけたが、フィリッポは引き留めるような仕草をした。巻物に書き付ける。
『私に対するご配慮は、とてもありがたいのですが。結局、回復呪文が判明しなかったことが、心苦しく……。参考までに、お教えいただけませんでしょうか。誰が何の目的で、殿下に呪いをかけたのかを』
真純は、思わずルチアーノの顔を見ていた。正直、それはずっと気になっていたが、聞くのがためらわれたのだ。
「呪文の件は、気にせずともよい。呪いを解く方法は、他にもあるのでな」
ルチアーノは、意味深な笑みを浮かべて真澄を一瞥した後、真剣な表情になった。
「実のところ、私にもまだわからないのだ。呪いの効果は、私の出生時より始まっていた。となると、その者は、母が私を身ごもっている最中に呪いをかけたことになる。そこで私は今、当時活動していた魔術師を調べている。呪いをかけた魔術師がわかれば、命じた者もたどれるだろうと。先ほど言ったように、当時の魔術師は皆、国外追放されてしまったため、調査には時間を要するが……」
ああそれから、とルチアーノは補足するように言った。
「パッソーニでないことは確かだ。あやつに、禁呪などかける能力は無い」
すると、フィリッポはなぜか目を見張った。すごい速さで、巻物に書き付ける。
『禁呪ですと? 普通の呪いではなく、禁呪がかけられていたのですか?』
「そうだが。いかがした?」
ルチアーノが、訝しげに尋ねる。するとフィリッポは、ぶんぶんと首を横に振った。
『殿下、その調査方法は、見直された方がよろしいかと。なぜなら、禁呪を用いた魔術師は、生存しているはずが無いからです』
「何だと!?」
ルチアーノは、まなじりを吊り上げた。真純も、身を乗り出す。
「そうなのですか、フィリッポさん?」
フィリッポは、こくこくと頷いた。
『ベゲット様から教わりました。禁呪は、効果が強い分、呪いをかけた者にも跳ね返ってくる。そんな術を用いたら、数日後には命を落とすだろうと。その意味でも、決して使ってはいけないと……』
ルチアーノは、呆然とした様子で、再び扇を開いた。心を静めるかのように、パタパタと扇ぐ。
「それは初耳だ。ならば、生きている魔術師を調べても無意味だな。逆に、亡くなった者を探らねば……」
そこまで喋って、ルチアーノはふと口をつぐんだ。真純も、ハッとした。
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