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第三章 君の声を、取り戻したい

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「連れて来い」

 ルチアーノが、短く指示する。やがて、騎士たちがぞろぞろと入って来た。縄で拘束した一人の男を連れている。服装は地味な黒ずくめで、年齢は三十くらいか、容姿にもとりたてて特徴が無い。だが真純は、あの時自分を狙った男だと直感した。
  
「逃げ足の速い男でしたので、手間取りまして申し訳ありません。弓矢と剣を所持していましたので、取り上げました。さしあたり、単独犯かと思われます」

 騎士の一人が報告する。ルチアーノは、男の元へつかつかと歩み寄った。

「名前と職業を答えよ」

 言いながらルチアーノは、スッと仮面に手をかけた。男が、慌てたように喋り始める。

「チロ・ペサレージです。職業は……」

 ペサレージは、仕事の内容をもごもごと説明した。具体的なことは真純にはわからなかったが、騎士らが「下級官吏だな」と囁き合ったので、何となく察する。

「彼を狙った動機は? 雇った者の名を申せ。そなた一人の犯行か?」

 ルチアーノが、真純を指して尋ねる。ペサレージは、しばらくおどおどと周囲を見回していたが、ルチアーノがもう一度仮面に手をかけると、びくりと体を震わせた。

「申し上げます! パ……、パッソーニ様の、ご命令です。ルチアーノ殿下と共に旅をしている、黒目黒髪の十代の少年を抹殺しろと。異世界から来た人間で、アルマンティリア王国に悪い影響を及ぼすのだと仰っていました。それ以上詳しいことは、聞いていません。そして、仲間はおりません。私一人です」
 
 真純は、がっくりと肩を落とした。

(十代? 少年?)

 確かに小柄で貧相だが、まさかそう思われていたとは。殺されかけたのと同じくらいショックだ。ジュダが、隣でにやりとする。

「本当に泳ぎなんてやってたのかよ」
「失礼な! 本当ですよ」

 言い合っていると、ルチアーノがこちらをじろりと見た。

「静かにせよ」

 一言そう言ってたしなめると、ルチアーノはペサレージにずいと近付いた。

「パッソーニとは、以前から通じておったのか?」
「いえ。宮廷魔術師様にお目にかかる機会など、私にあろうはずもありません」

 ペサレージは、ふるふるとかぶりを振った。

「いきなり依頼され、しかもそれだけの理由しか聞いておらぬのに、そなたは人を殺そうと?」
「我々下級官吏は、薄給なのでございます!」

 ペサレージが、悲痛な声を上げる。

「本当は、近衛騎士団への入団を希望していました。武芸の能力にも、自信がありました。ですが、私の家柄では、入団試験すら受けられないのです。ようやく今の職に就くも、生活は苦しく……。パッソーニ様は、そんな私の事情をご承知の上で、褒美を弾むと言ってくださいました。それだけではありません。異世界人を見事仕留めれば、私の武芸の腕前も認められるだろうと。近衛騎士団は、近々改革が予定されている。ここで手柄を披露しておけば、きっと入団が認められるだろうと……」

 騎士たちは、顔を見合わせてひそひそと囁き合い始めた。ルチアーノは、「静粛に」と彼らに声をかけると、そのうちの一人を呼んだ。

「この者は、王都へ連行し、ボネーラ殿に引き渡すように。途中で自害など妙な動きを見せぬよう、くれぐれも警戒せよ」

 そう言うとルチアーノは、不意にペサレージの手を取った。ペサレージはひっと悲鳴を上げたが、ルチアーノの目的は、彼が着けている指輪のようだった。しげしげと眺める。

「良い品だ。パッソーニから与えられた物か?」

 ペサレージが、こくこくと頷く。何か追及するのかと思ったが、ルチアーノは黙って彼の手を放した。騎士団に、目で合図する。彼らは、心得たとばかりに、ペサレージを連れて出て行った。

「あの者を、どうするのです? パッソーニを糾弾するための証人とするのですか?」

 三人だけになると、ジュダは興奮した面持ちで尋ねた。だがルチアーノはかぶりを振った。

「時期尚早だ。パッソーニを本格的に攻撃するためには、まず私にかかった呪いを、完全に解かねばならぬ。それまで、身柄はボネーラに預けるつもりだ」

 今ひとつ不満なのか、ジュダは複雑そうな表情を浮かべたが、気を取り直したようにまた質問した。

「近衛騎士団は、本当に改革されると?」
「いや。あれはペサレージを取り込むための嘘だろう。騎士たちも、妙な顔をしていた」

 ルチアーノが、端的に答える。はあ、とジュダはため息をついた。

「ペサレージが、武芸に秀でているのにもかかわらず、その能力を発揮できていないという不満につけ込んだんですね。金と役職の両方で釣るとは……。パッソーニは、本当に人心を掌握するのが得意だ」

 だがルチアーノは、なぜかそれには答えなかった。「それより」と話題を変える。

「まずは、宿の手配を。それから、コッサートの動向に注意せよ。少しでも気付いたことがあれば、すぐに私に報告するように」

 コッサートといえば、旅の初日に、ルチアーノの部屋に侵入した騎士だ。なぜ唐突にその名前を出すのだろう、と真純は訝ったが、ジュダは心得たという様子で頷いた。

「承知しました」
「うむ、頼むぞ」

 ジュダが、パタパタと出て行く。真純は、あ、と小さく声を上げていた。

「帰ったら、また剣のご指導を受けようと思っていたんですが。ジュダさんもお忙しそうですし、今日は無理でしょうね」
「今日はもう休め。マスミ殿は、本当に真面目だな」

 ルチアーノは、苦笑した。

「今朝、一度練習したのだろう? その後は、フィリッポから大きな収穫を得た。今日のマスミ殿の働きは、十分すぎるくらいだぞ? おまけに、襲撃までされたのだ。早めに湯浴みをして寝るとよい。私も、今宵は部屋を訪れないから」

 軽くウィンクされて、真純はこくりと頷いた。

「ひとまずは、フィリッポが本を持ち帰るのを期待するとしよう」

 ルチアーノが微笑む。真純も、つられて顔をほころばせたのだった。
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