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第三章 君の声を、取り戻したい

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 宿に戻った真純とジュダは、早速ルチアーノの部屋に報告に上がった。

「……そのようなわけで、似た境遇の私に、フィリッポはかなり心を開いてくれました。親戚の男が少々厄介でしたが、金を握らせて懐柔しました」

  ジュダは、ルチアーノに一連の流れを説明した。

「いきなり魔術を呪文を、と迫ると警戒されそうなので、親交を深めてから聞き出そうと思います。殿下、しばらくは私にお任せくださいませ」
「なるほど。よくやってくれた」

 ルチアーノは、満足そうにうなずいた。ジュダが、深々と礼をする。

「とんでもありません。殿下の御為でございますから」

 隣で話を聞きながら、真純はややほっとしていた。最初は、呪文解明をあっさり諦めたように見えたジュダだが、今はがぜんやる気になってくれているようだ。顔をほころばせていると、ルチアーノはチラとこちらを見た。

「とはいえ、魔術に話が及んだ際は、マスミ殿が居た方が良いだろう。引き続き、二人で交渉に励むように」
「かしこまりました」

 真純は、勢い良く返事をした。ジュダはと見れば、一瞬頬を引き攣らせたように見えたが、一拍遅れて「御意」と答えた。

「それから、マスミ殿。長旅で疲れたであろうし、もうすぐ呪文がわかるやもしれぬ。それゆえ、ここモーラントに滞在中は、体を休めるがよい」

 ルチアーノが微笑む。その意味を瞬時に理解して、真純は頬を赤くした。ルチアーノの、国への思いを聞いて以来、真純は毎夜、回復魔術師としての『務め』を果たしてきた。同性を受け入れるのは未だに慣れないし、行為の後は体の熱さに悩まされる。正直辛かったが、ルチアーノの呪いを解くためと言い聞かせて、頑張ってきたのである。

「とはいえ、滞在はどれほど続くかわからぬ。もし暇を持て余すようであれば……」

 ルチアーノは、少し思案してから、こんなことを言い出した。

「剣術を学んではどうか」
「剣!? 僕が、ですか?」

 真純は、目をパチクリさせた。

「さよう。己の身を守れるに、越したことは無かろう? この前コッサートが侵入したように、危険はいつ襲ってくるかわからないからな。ジュダ、稽古を付けてやってくれるか?」

 ルチアーノは、ジュダを見やった。

「ジュダの腕前は、私が保証する。そなたには、交渉事に加えてあれこれ頼んでしまい、すまないが……」
「いえ。私でお役に立てるのなら、何なりと」

 ジュダは、あっさりと答えた。

「では、頼むぞ。二人とも、下がってよい」

 合図され、二人は退室した。真純は、ジュダに向かってぺこりと頭を下げた。

「色々、お世話になります。……それにしてもジュダさん、すごいですね! あっという間に、フィリッポさんと打ち解けたじゃないですか。尊敬します」

 ジュダは、一瞬面食らったような顔をした。

「お前なあ。ちょっとくらいは、自分の手柄をアピールしようとか……」
「はい?」
「いや、何でもない」

 ジュダは、かぶりを振った。

「まあ、人の心を開かせるのは、親近感からだからな。似た境遇だと思わせれば、簡単かなって」

 その言葉に、真純は眉をひそめた。

「あの、さっきの話って、まさか……」
「さすがに、作り話じゃないぞ?」

 ジュダの答に、真純は安堵した。

「嘘なんか付いて、もしバレたら、ルチアーノ殿下の信用にも関わるからな。だから、フィリッポに喋ったのは、全部事実だ。ちなみに、貴族の間で慈善事業を流行らせたのは、パッソーニ。そうすれば国に良いことが起きる、なんて適当な予言をして、国王陛下に信じ込ませたんだ。その名前を出すとややこしいから、フィリッポにはあえて言わなかったが」

 パッソーニといえばベゲットのライバルだものな、と真純は納得した。

「というわけで、俺の養父・ロッシ伯爵も、国王陛下のご機嫌を取るために、孤児院から赤子だった俺を引き取ったってわけだ。けど愛情なんか無いから、次第に邪魔になってきた。そこで伯爵は、俺を追い出す良い口実を見つけたのさ」

 ジュダはそこで、なぜか薄く笑った。

「俺が九歳の年、当時八歳だったルチアーノ殿下の、剣術のお相手募集、というお触れが出された。幽閉した忌み子とはいえ、国王陛下は殿下に家庭教師を付けて、学問は学ばせていた。けれど、剣を学ぶには、やはり同世代の相手が必要だろう? そこで陛下は募集をかけられたんだが、名だたる貴族の子弟らは、皆殿下を気味悪がって拒んだんだ」

「それで、ジュダさんが立候補を?」

「正確には、養父が、な。追い出す口実って、さっき言ったろ? 俺は、剣が得意だったしな。それに、決定的な決め手があった。実際、殿下と何人かの少年が手合わせをしたんだが、たまたま俺と当たった時、殿下の仮面が外れるという事故が起きた。俺は、殿下のお顔を見ても変化が無かった……。というわけで、即決さ」

 ジュダは、晴れやかな微笑を浮かべていた。

「伯爵家が居づらい環境だったのは、本当さ。だから、家を出て離宮へ行けるって決まったあの時は、心底嬉しかった。それに、殿下には運命を感じたからな。でなければ、俺だけが平気な説明がつかないだろう?」

 クスリと笑うと、ジュダは「じゃあな」と踵を返し、立ち去って行った。真純は、彼の言葉を反芻した。

(――運命、か)

 ルチアーノは、現在二十歳だ。八歳の頃からということは、二人は十二年もの付き合いになるのか。それも、あのひっそりした離宮で。

(何というか……、誰も入り込めない絆って感じ?)

 他の者は近付けさせない雰囲気、というエレナの言葉も蘇る。一瞬よぎった寂しさを、真純は慌てて振り払った。

(関係無いじゃないか。殿下の呪いが解けたら、僕は元の世界へ帰るんだし……)
 
  そういえば、久々に薬学の勉強をしようか、と真純は思い立った。本は、旅にも持参している。今夜はルチアーノの寝室に呼ばれないのだから、その時間を勉強に充てればいい。

 真純は、自室へ戻ると、早速本を出した。様々な薬草の写真を眺めていると、ふとフィリッポのことが思い出された。

(火事で喉を火傷、か。現代日本だったら、医療でどうにかできたかもしれないのになあ……)

 まったく声を出せないわけではない、と彼は言っていた。今からでも、改善できる方法は無いだろうか。

(せっかく専門書を持参したことだし、調べてみよう……)

 真純は、がぜん姿勢を正すと、ページをめくり始めたのだった。
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