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第三章 君の声を、取り戻したい
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「……そうですか。いきなり押しかけ、失礼しました」
ジュダが、男に向かってうやうやしく礼をする。そして何と、踵を返そうとするではないか。真純は、慌てて彼を引き留めた。
「帰るんですか!? フィリッポさんご自身に魔術が使えなくても、呪文がわかればいいじゃないですか。それが、ここへ来た目的でしょう?」
「魔術師として活動していない以上、魔術書だって処分してる可能性が高いさ」
ジュダは、面倒くさそうに答えた。
「それは、単なる憶測でしょう? 遠路はるばる来て、本人に会いもせず帰るんですか? 呪いを解くには正当な回復呪文でないと、ってずっと言っていたのは、ジュダさんじゃないですか」
言い募れば、ジュダはぐっと詰まった。微かに、目が泳ぐ。彼の変化に、真純は内心首をひねった。呪文でないとダメだと言ったり、呪文を突き止めるのを諦めようとしたり、ジュダは一体、何を考えているのだろう。
「魔術師として活動されていないとすると、フィリッポさんは、今何をされているのですか?」
この際ジュダのことは無視して、真純は男に直接問いかけた。すでに家の中に引っ込みかけていた男が、渋々といった様子で戻って来る。
「あちこちの家庭に出向いて、筆談で読み書きの指導なんぞしてるさ。俺たち平民は、ほぼ字が読めないが、商人たちの中には、商売上習いたいって人間が多くてね。その点フィリッポは、ベゲット様に付いて魔術書を読んでいたから、文字が読めるからな。今朝も、早くから出かけた」
「知識を活かして活躍されているんですね」
そういえばエレナも字が読めないと言っていたな、と真純は思い出した。声を失っても前向きに新たな道を歩んでいるのかと感心した真純だが、男はせせら笑った。
「そんな立派なもんかね。居候する以上、てめえの食いぶちくらい稼げって、俺が尻を叩いたのさ。俺は、フィリッポの母親のいとこなんだがよ。正直、あいつが転がり込んできた時は、厄介なことになったと思ったもんさ。年頃になっても、嫁の来手もねえしな。そりゃそうだろ。口がきけない男に嫁ぎたい女なんて、いるもんかね」
「ちょっと、そんな仰り様は……」
さすがに男をたしなめたくなった真純だったが、その時、背後で足音が聞こえた。男が、おやという顔をする。
「フィリッポ、もう帰ったのかい?」
(フィリッポさん……!?)
真純とジュダは、同時に振り向いた。そこには、ステッキを手にした一人の男が立っていた。ダークブラウンの髪に、同じ色の瞳をしている。身長は、ルチアーノよりやや低く、百八十センチを少し越えたくらいか。薄い唇と、何より鋭い眼光が、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
「フィリッポ。このお二人は、王都から来られた方々だ。お前の『魔術』を学びたいんだと。だから、断ったとこだ。それより、さっさと次の家で稼いできな!」
男が怒鳴る。対面した以上仕方ないと思ったのか、ジュダはフィリッポに向かって、うやうやしく礼をした。
「フィリッポ様でいらっしゃいますか。今、ご親戚の方からお話を伺っていたところです。こちらの情報不足で、もう魔術には関わられていないとは、存じていませんでした。ですので、失礼するところ……」
「ちょっと、ジュダさん!」
せっかく本人に出会えたというのに、やはり帰ろうというのか。真純は、ジュダに食ってかかろうとした。
その時だった。フィリッポが、まるでジュダを引き留めるかのように、スッと片手を挙げた。その瞳は、まじまじとジュダを見つめている。そして、手にしたステッキで、地面に何やら文字を書き始めた。
ジュダが、男に向かってうやうやしく礼をする。そして何と、踵を返そうとするではないか。真純は、慌てて彼を引き留めた。
「帰るんですか!? フィリッポさんご自身に魔術が使えなくても、呪文がわかればいいじゃないですか。それが、ここへ来た目的でしょう?」
「魔術師として活動していない以上、魔術書だって処分してる可能性が高いさ」
ジュダは、面倒くさそうに答えた。
「それは、単なる憶測でしょう? 遠路はるばる来て、本人に会いもせず帰るんですか? 呪いを解くには正当な回復呪文でないと、ってずっと言っていたのは、ジュダさんじゃないですか」
言い募れば、ジュダはぐっと詰まった。微かに、目が泳ぐ。彼の変化に、真純は内心首をひねった。呪文でないとダメだと言ったり、呪文を突き止めるのを諦めようとしたり、ジュダは一体、何を考えているのだろう。
「魔術師として活動されていないとすると、フィリッポさんは、今何をされているのですか?」
この際ジュダのことは無視して、真純は男に直接問いかけた。すでに家の中に引っ込みかけていた男が、渋々といった様子で戻って来る。
「あちこちの家庭に出向いて、筆談で読み書きの指導なんぞしてるさ。俺たち平民は、ほぼ字が読めないが、商人たちの中には、商売上習いたいって人間が多くてね。その点フィリッポは、ベゲット様に付いて魔術書を読んでいたから、文字が読めるからな。今朝も、早くから出かけた」
「知識を活かして活躍されているんですね」
そういえばエレナも字が読めないと言っていたな、と真純は思い出した。声を失っても前向きに新たな道を歩んでいるのかと感心した真純だが、男はせせら笑った。
「そんな立派なもんかね。居候する以上、てめえの食いぶちくらい稼げって、俺が尻を叩いたのさ。俺は、フィリッポの母親のいとこなんだがよ。正直、あいつが転がり込んできた時は、厄介なことになったと思ったもんさ。年頃になっても、嫁の来手もねえしな。そりゃそうだろ。口がきけない男に嫁ぎたい女なんて、いるもんかね」
「ちょっと、そんな仰り様は……」
さすがに男をたしなめたくなった真純だったが、その時、背後で足音が聞こえた。男が、おやという顔をする。
「フィリッポ、もう帰ったのかい?」
(フィリッポさん……!?)
真純とジュダは、同時に振り向いた。そこには、ステッキを手にした一人の男が立っていた。ダークブラウンの髪に、同じ色の瞳をしている。身長は、ルチアーノよりやや低く、百八十センチを少し越えたくらいか。薄い唇と、何より鋭い眼光が、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
「フィリッポ。このお二人は、王都から来られた方々だ。お前の『魔術』を学びたいんだと。だから、断ったとこだ。それより、さっさと次の家で稼いできな!」
男が怒鳴る。対面した以上仕方ないと思ったのか、ジュダはフィリッポに向かって、うやうやしく礼をした。
「フィリッポ様でいらっしゃいますか。今、ご親戚の方からお話を伺っていたところです。こちらの情報不足で、もう魔術には関わられていないとは、存じていませんでした。ですので、失礼するところ……」
「ちょっと、ジュダさん!」
せっかく本人に出会えたというのに、やはり帰ろうというのか。真純は、ジュダに食ってかかろうとした。
その時だった。フィリッポが、まるでジュダを引き留めるかのように、スッと片手を挙げた。その瞳は、まじまじとジュダを見つめている。そして、手にしたステッキで、地面に何やら文字を書き始めた。
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