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第二章 呪文探しの旅に出よう!

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 ぼんやり目を開けると、見慣れない風景が目に飛び込んできた。いつもの、一人暮らしのアパートではない。古びた壁に、全体的に薄暗い室内……。

(そうだ。異世界へ連れて来られたんだった)

 真純は、ハッと思い出した。いきなり回復魔術師だ、などと言われ、有無を言わせず入浴させられて……。

 その後のことを思い出して、真純はカッと赤くなった。キスすら未経験だったというのに、まさか同性の王子に抱かれてしまうとは。しかも、その後は気を失ってしまった気がする……。

「目が覚めたか」

 耳に飛び込んで来たやわらかい声に、真純はドキリとした。おそるおそる隣を見れば、華やかな美貌の主が微笑んでいて、ぎゃっと声を上げそうになる。

「体の調子はどうだ?」
「あ、はい。もうすっかり元気です」

 ルチアーノの精を注がれたことで全身を襲った、焼けるような熱さは、もう消えていた。魔力を中和した、ということなのだろう。少しでもルチアーノの役に立てたのならよかったな、と真純は思った。

「魔力のことだけではないのだが?」

 ルチアーノは意味深に笑うと、真純の腰付近を撫でた。さすがの真純も、その意味はわかる。確かに、下半身には辛いものがあるが、泣き言を言うのはみっともない気がした。

「ご心配ありがとうございます。でも、平気ですから」

 これ以上恥ずかしい会話を続けさせないよう、真純は慌てて飛び起きた。そこで、はたと気付く。もしや自分は、ルチアーノの寝室に泊まったということか。しかも体は綺麗に清められ、寝間着も着せられている。ルチアーノがやってくれたのだろうか。

「ルチアーノ殿下! あの、僕は今夜、ずっとここで?」

 尋ねれば、ルチアーノはあっさりうなずくではないか。真純は、思わずベッドの上で正座をすると、深くお辞儀をしていた。

「失礼しました!」
「なぜ、謝る。それから、その奇妙なポーズは何だ」

 異世界に正座の概念は無いらしく、ルチアーノは怪訝そうに首をかしげた。

「これは、改まった場面で取る姿勢です。……だって、殿下の寝室に泊まらせていただくなんて、恐れ多くて。僕の部屋、別にあったんですよね?」

 確か、用意させている、と言っていなかったか。だがルチアーノは、気に留める風でもなかった。さっさと起き上がり、ガウンを羽織っている。

「そなたが、私の手を握って放さぬものだから。それに、かなり体力を消耗しているようだったから、無理に移動させるのもためらわれたのだ。まあよい。気にするな」

 そういえば、ルチアーノと手を握り合ったまま、眠りに落ちた気がする。改めて無礼だったのではと思うが、ルチアーノの平然とした様子を見ると、しつこく謝罪するのもためらわれた。

「ありがとうございます……。あの、殿下の方は、ご気分は?」
「そうだな」

 ルチアーノは、軽く顎に手を当てた。

「やや、体が軽くなったような? 強いて言えば、であるが」

 二十年も呪われていたのだから、一回の中和くらいでは効果が出ないのだろう。それとも、やはり呪文でないとダメなのだろうか。

(呪文、どうやったらわかるんだろう……)

 ルチアーノは、壁に備え付けられた鏡に向かって、髪を整えている。自分も身なりを整えて退室しようとした真純だったが、ふと気付いた。起きた瞬間から、ずいぶん暗い部屋だと思っていたが、カーテンのせいだ。どうやら枕元には窓があるらしいのだが、重くぶ厚いカーテンで、全面的に覆われている。

(こんな部屋にいたら、呪いが無くたって気が滅入っちゃうよ)

 真純は、カーテンに手をかけた。少し開けて見れば、思った通り、大きな窓がある。外には、庭が広がっていた。

「開けますね。朝日を浴びた方がいいですよ」

 そのとたん、ルチアーノはパッとこちらを振り向いた。

「待て、マスミ殿。ならぬ……」

 そのとたん、窓の外で、きゃあっという悲鳴が聞こえた。若い女性の声だ。見れば、庭のはるか向こうで、使用人らしき女性が倒れているではないか。

「早く閉めろ! もう死者を出すのはごめんだ!」

 ルチアーノの鋭い声音に気圧され、真純は慌ててカーテンを閉めた。ルチアーノは、険しい表情を浮かべている。

「ジュダから聞いたであろう? 仮面を着けるまでは、私を決して人の目にさらしてはならぬ!」
 
  そうだった、と真純はハッとした。ジュダの言葉が蘇る。

 ――殿下のお顔を一目見た者は、失神したり、熱に浮かされたような状態になる……。

 ――衰弱し、最後には死に至ってしまう……。

「じゃあ、あの女性……」
「ああ。距離は離れていたが、目が合ってしまった。早く手当てをせねば」
 
  ルチアーノは、手早く仮面を装着している。庭の方では、人が集まってきたらしく、騒いでいるのが聞こえた。呪いの恐ろしさに、真純は改めて体を震わせたのだった。
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