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幕間 ~Sayuri Side~
(四) 神障り
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翌朝。
大勢で病室に押し掛けるわけにもいかないので、私と椿が面会して、後の四人は待合室の方で待機することになった。
ノックすると、おじさまは無言ながらも、前よりだいぶ穏やかな様子で迎えて下さった。
「調子はどう?」
娘の問い掛けに、おじさまは頷くことで返答する。
しばらく言葉を交わした後、椿はもどかしそうに話を切り出した。
「それで、今日は一つ、相談があって来たんだけど……」
おじさまは訝しげに私たちを睨んでくる。
しかし、やがて部屋のカーテンの方を見ながら、言ってみろ、とボソッと呟いた。
椿は、桜良が鎌倉で倒れたこと、最近よく体調を崩しがちだったこと、言動にも少しだけ不自然さを感じたことなどを、掻い摘んで説明する。
おじさまは目をつぶって聞きながらしばらく黙って聞いていたけれど、やがてゆっくり瞼を開けると尋ねた。
「桜良、とはあの、よくお前と一緒に見舞いに来た、元気なお嬢さんか」
椿が頷くと、おじさまは顎に手をやって考え込み、それからおもむろに語り始めた。
「そうか、やはりか。実はな、椿。初めてあの娘を見た時から、何か、他の娘とは違う気配を感じとったんだ。それも、ただならぬ気配だ。あくまでこれは仮定の話だが、恐らく彼女は、『ユラ』なのではなかろうか。ユラの神障りが、きっと彼女に影響を与えているのやもしれん」
ゆ、ゆら……?
神障り?
全く馴染みのない単語が急に登場して、頭が混乱しそうになる。
この気持ちは同じようで、隣で椿が説明を求めた。
「ちょっと、意味がわからないんだけど。 ユラって、何? 神障り、って一体何なの?」
しかし、いくら尋ねてもおじさまは、良くは知らん、の一点張りで答えてもらえなかった。
そのかわり、とある知人を紹介する、と言ってメモ紙にペンでさらさらと、ある人物の名前と住所を書き始めた。
その人は、下の名前から女性のようで、住所も割とこの辺だった。
私たちが深々と礼をすると、おじさまは、早く行ってこい、と言わんばかりに手を激しく振った。
病室のドアをそっと閉めると、横で椿が、ああ見えて実は照れてるんですよ、と苦笑いをしながら囁いた。
前もってスマホのマップで調べておいた地点に、私たち六人の現在地を示す点が重なる。
そのまま画面から目を離すと、そこには小さな一軒家があった。
平屋の木造住宅で、庭には雑草が膝の高さまで生い茂っている。
玄関までは少しだけ距離があって、失礼ながら、家全体の雰囲気からどうも入りにくさを感じてしまう。
そうやって躊躇っていると、見かねた野薔薇がずかずかと門の中に入っていく。
その後ろにみんなも続き、取り残された私は慌てて走った。
古い木戸の真横に取り付けられている、そこだけ妙に新しいチャイムを椿が押す。
奥の方から微かに音が聞こえ、しばらくして小さく戸が開いた。
家の中から覗き込むようにして睨んできたのは、恐らくかなりお年を召されているであろう、白髪交じりのおばあさんだった。
顔に深く皺を寄せつつ、その人は不審そうに尋ねた。
「何か、用か」
おばあさんが一言声を発するだけで、なぜだかわからないけど恐ろしいほどのプレッシャーに押し潰されそうになる。
きっとみんなも同じなのだろう。
その問いに、すぐに返答できる人はいなかった。
それでも、少ししてから椿がかなり緊張した様子で言った。
「……あの。私の父から、貴女がユラについて何かご存じである、って聞いて。それで、相談したいことがあって参りました」
おばあさんは、じろりと彼女を見定める。
その鋭い眼差しに思わずビクビクしながら後ろの方で見ていると、やがてしゃがれた声で尋ねてきた。
「うちは、事前予約制なのじゃが。入れているのかい」
椿が首を横に振ると、おばあさんは黙って、しっしっ、と手を振り、そして戸を閉めようとする。
そうはさせまいとするあまり、私は思わず大声で叫んでしまった。
「あの! 事前に何も言わずに来たのは謝ります。でも、友達が今ピンチなんです。よく体調崩したり、この間は突然倒れたり。そして、今彼女は何かにとても悩んでいます。
もし、私たちにできることがあるのなら、彼女の力になりたいんです。だから、お願いします。どうか話だけでも聞いてください!」
ここまでハキハキと喋ったのは、今までの人生の中でもそうはなかった。
最後に深く頭を下げると、みんなもそれに合わせる。
そのまま、十秒くらいはそうしていた。
やがて、おばあさんは、顔を上げな、と呟くと、再度全員を見回す。
その後、何かを感じ取ってくれたのか、畳敷きの部屋の方を親指で指した。
その指示に従い、私たちは家の中にお邪魔することになった。
大勢で病室に押し掛けるわけにもいかないので、私と椿が面会して、後の四人は待合室の方で待機することになった。
ノックすると、おじさまは無言ながらも、前よりだいぶ穏やかな様子で迎えて下さった。
「調子はどう?」
娘の問い掛けに、おじさまは頷くことで返答する。
しばらく言葉を交わした後、椿はもどかしそうに話を切り出した。
「それで、今日は一つ、相談があって来たんだけど……」
おじさまは訝しげに私たちを睨んでくる。
しかし、やがて部屋のカーテンの方を見ながら、言ってみろ、とボソッと呟いた。
椿は、桜良が鎌倉で倒れたこと、最近よく体調を崩しがちだったこと、言動にも少しだけ不自然さを感じたことなどを、掻い摘んで説明する。
おじさまは目をつぶって聞きながらしばらく黙って聞いていたけれど、やがてゆっくり瞼を開けると尋ねた。
「桜良、とはあの、よくお前と一緒に見舞いに来た、元気なお嬢さんか」
椿が頷くと、おじさまは顎に手をやって考え込み、それからおもむろに語り始めた。
「そうか、やはりか。実はな、椿。初めてあの娘を見た時から、何か、他の娘とは違う気配を感じとったんだ。それも、ただならぬ気配だ。あくまでこれは仮定の話だが、恐らく彼女は、『ユラ』なのではなかろうか。ユラの神障りが、きっと彼女に影響を与えているのやもしれん」
ゆ、ゆら……?
神障り?
全く馴染みのない単語が急に登場して、頭が混乱しそうになる。
この気持ちは同じようで、隣で椿が説明を求めた。
「ちょっと、意味がわからないんだけど。 ユラって、何? 神障り、って一体何なの?」
しかし、いくら尋ねてもおじさまは、良くは知らん、の一点張りで答えてもらえなかった。
そのかわり、とある知人を紹介する、と言ってメモ紙にペンでさらさらと、ある人物の名前と住所を書き始めた。
その人は、下の名前から女性のようで、住所も割とこの辺だった。
私たちが深々と礼をすると、おじさまは、早く行ってこい、と言わんばかりに手を激しく振った。
病室のドアをそっと閉めると、横で椿が、ああ見えて実は照れてるんですよ、と苦笑いをしながら囁いた。
前もってスマホのマップで調べておいた地点に、私たち六人の現在地を示す点が重なる。
そのまま画面から目を離すと、そこには小さな一軒家があった。
平屋の木造住宅で、庭には雑草が膝の高さまで生い茂っている。
玄関までは少しだけ距離があって、失礼ながら、家全体の雰囲気からどうも入りにくさを感じてしまう。
そうやって躊躇っていると、見かねた野薔薇がずかずかと門の中に入っていく。
その後ろにみんなも続き、取り残された私は慌てて走った。
古い木戸の真横に取り付けられている、そこだけ妙に新しいチャイムを椿が押す。
奥の方から微かに音が聞こえ、しばらくして小さく戸が開いた。
家の中から覗き込むようにして睨んできたのは、恐らくかなりお年を召されているであろう、白髪交じりのおばあさんだった。
顔に深く皺を寄せつつ、その人は不審そうに尋ねた。
「何か、用か」
おばあさんが一言声を発するだけで、なぜだかわからないけど恐ろしいほどのプレッシャーに押し潰されそうになる。
きっとみんなも同じなのだろう。
その問いに、すぐに返答できる人はいなかった。
それでも、少ししてから椿がかなり緊張した様子で言った。
「……あの。私の父から、貴女がユラについて何かご存じである、って聞いて。それで、相談したいことがあって参りました」
おばあさんは、じろりと彼女を見定める。
その鋭い眼差しに思わずビクビクしながら後ろの方で見ていると、やがてしゃがれた声で尋ねてきた。
「うちは、事前予約制なのじゃが。入れているのかい」
椿が首を横に振ると、おばあさんは黙って、しっしっ、と手を振り、そして戸を閉めようとする。
そうはさせまいとするあまり、私は思わず大声で叫んでしまった。
「あの! 事前に何も言わずに来たのは謝ります。でも、友達が今ピンチなんです。よく体調崩したり、この間は突然倒れたり。そして、今彼女は何かにとても悩んでいます。
もし、私たちにできることがあるのなら、彼女の力になりたいんです。だから、お願いします。どうか話だけでも聞いてください!」
ここまでハキハキと喋ったのは、今までの人生の中でもそうはなかった。
最後に深く頭を下げると、みんなもそれに合わせる。
そのまま、十秒くらいはそうしていた。
やがて、おばあさんは、顔を上げな、と呟くと、再度全員を見回す。
その後、何かを感じ取ってくれたのか、畳敷きの部屋の方を親指で指した。
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