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第六章 さわり

(7) 「ユラ」の真実と破壊衝動

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「貴女は一年前、わたしの“ユラ”になってくれた。ユラになると神と対話でき、人を助けるための力を得るわ。でも、決していいことばかりではないの。むしろ、そうでないことの方が多いのよ。
 『十人十色』って言葉があるじゃない。この世の中には、様々な人間が生きているわ。その誰もが異なる考え方をしていて、それぞれ別々の人生を歩んでいる。その帰結として、人間が抱える悩みや苦しみも多種多様なのよ。それこそ百人の人がいたら、百通りの悩み事があると考えていい。そんな人たちを一人でも多く助け、そして導くためには、その者自身が百の悩みや苦しみを経験し、理解しなければならない。
 そこでこれから先、貴女には数多もの試練が訪れる。苦しいと思うけど、それを経て、晴れて一人前のユラになれるのよ。今までに起きた辛いことは、全て貴女を試しているの。きっとそれを乗り越えて、真のユラになってくれる。そう天が信じてね」

 ナナ様は、やがて逸らした視線をわたしの方へと戻す。
 きっと大丈夫よ、とさぞ言いたげに、そっと優しく微笑みを浮かべている。

 どうしてだろう。今までに沢山わたしを助け、そして心を癒してくれた彼女のその微笑みが、今は凄く憎たらしく感じる。
 熱が心臓から次第に上っていって、頭のてっぺんまで到達する。

 やがて行き場を失くしたその熱は、とうとう激しい怒りへと変わって、ナナ様の方へと向けられた。

「……そんな、勝手なこと言わないでよ。全然聞いてないし、ふざけるのもいい加減にして! ユラになったせいで、自分で辛い思いをするだけだったらまだ許せる。体調が悪くなっても、不幸ばっかり訪れても、それだけならまだいい。
 でも、大事な友達や、家族まで巻き込まないでよ。椿は、お父さんの入院が長引いてる。梢は、また学校で一人ぼっちになった。美樹も、お母さんの仕事が長引いて、大変な思いをしている。そして、早百合がいなくなったら、ブレスはもうバラバラになっちゃうよ。でも、やっぱり一番辛いのはお母さん。今、生きるか死ぬかの瀬戸際なんだよ? お父さんも、桃萌も、わたしだって悲しいし、今だって凄く怖いんだ。
 ……これらのことが、みんな試練? きっと、わたしなら乗り越えてくれる、って? できる訳ないじゃん。そんなに強くはなれないよ。色んな人の悩みや苦しみを、一人で抱え込むなんて、絶対無理に決まってる!
 それでもまだこんなことがずっと続くのなら、わたし、ユラなんか辞める。わたしのせいで、これ以上周りの人を苦しめたくないから!」

 ナナ様は、途中何か言いたそうにしていたけれど、やがて俯いてじっと黙り込んだ。
 わたしは走って洞穴から立ち去った。

 途中何度か転びそうになりながら、ただひたすら山を駆け下りる。
 とにかく、ただ我武者羅だった。



 それからというもの、わたしはナナ様に対し心を閉ざし始めた。
 とにかく、彼女のことを考えないようにし、綺麗さっぱり忘れ去るよう努めた。

 当初、それはとても困難なことのように思えたけれど、意外と半月程で完全にナナ様との関係や記憶の線を断つことに成功した。

 『人間と神様との繋がりなんて、所詮その程度のものなのかもしれない』

 ある日、古典の授業中にふとそう思って、どうしてそのように感じたのかがとても不思議だった。
 やがて、先生の話が進むにつれ、わたしは全く別のことを考え始めた。

 その一方で、音楽活動はやめなかった。
 というよりも、やめられなかった、と言った方が正しいのかもしれない。

 お母さんのことはもちろん心配でしょうがなかったし、お見舞いにも毎日のように行った。
 でも、酸素マスクをつけて固く目を閉じ、全く動かないでいるお母さんを見ていると、こうなってしまったのは自分のせいだと何度となく思えてしまって落ち着かなくなる。

 自分は何も覚えていないのに、どうしてもそう感じてしまうのだ。

 その理由がわからず、かといって頭の中のモヤモヤを拭い去ることもできずに、結局わたしが取った行動は『音楽に逃げる』ことだった。

 丁度コンテスト前だし、目標に向かって全力を出し続けていれば、いくらか気も紛れるはず。
 そう信じ、一心不乱に練習を頑張った。

 みんなは後から事情を知ってあれこれ気に掛けてくれたものの、わたしはそれに対しわざと明るく振る舞って、絶対に本当の気持ちだけは知られないようにした。
 でも、そんな風にして過ごす日々は、そう長くは続けられなかった。


 日付は十二月二十二日、鎌倉に向けて島を発つ日の前日。
 終業式を終えると、わたしは制服のままで福祉館に向かった。

 管理人さんに小さく挨拶してから、鍵を取って二階への階段を上り部室の中に入る。
 そしてジグソーパズルの置いてあるそばまで歩いて、残すところあと僅かになったピースを、袋から畳の上に静かに出した。

 そのピースの数を数えた瞬間、わたしの心は大きく揺れ動いた。

 頭の中を、今までの練習風景や最近続く不運な出来事の記憶が、目まぐるしいスピードで駆け巡っていく。
 こうした幾つもの情景と目の前のパズルがピタッとリンクした時、生まれたのは『失意』の予感だった。

 その予感は次第に累積していき、一種の破壊願望となって脳内を支配していく。
 理性では到底それを抑えきれなくなり、足下にある未完の力作に対して、わたしはただひたすらに負の感情をぶつけていった。

 やがて素晴らしい風景は跡形もなくなり、昂った感情がおさまると、無言で部屋から出る。
 家に帰りついてからは、一歩も外に出ることなくその日を終えた。
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