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第六章 さわり

(4) 崩壊の予兆 part 1

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 その日の夜。
 ベッドに腰掛け、腕を組みながら必死でアイデアを練る。

 何とかしてこの状況を打破しなければ、コンテストどころの問題じゃない。

 全員揃ってから初めて訪れたバンドの危機を前に、そもそもの原因のわたしができることはただ一つ。
 それぞれのメンバーとの対話しかなかった。



 翌日。
 音美大社の鳥居を前に、改めて固く心を決める。

 とにかく、今まで通り一人一人と会話して、解決の糸口を見つけてみよう。
 そこで、まずは椿から会ってみることにした。

 前もって約束はしていないけど、果たして彼女と話すことはできるだろうか。
 そわそわしながら境内を通って、家の方へと向かう。

 段々と家の門が近づいてきた時、何やら玄関口から話し声が聞こえてきた。
 そのうち一人は椿で、もう一人は彼女のおばあちゃんみたいだ。

 こっそり気づかれない場所で聞き耳を立てる。
 二人の話し声は、何やらとても深刻そうだった。

「──ねえ、ほんとなの?」

「ああ、さっき病院から電話があってな。アンタの父ちゃんは、検査の結果色々と悪いところが見つかったらしいんよ。
 だから、また入院するらしい。ほんと、あん男は心配ばかりかけて」

「……仕方ないよ。私は平気だから、おばあちゃんも気にしないで」

「アンタは偉いなあ。きっと、母ちゃんに似たんやな」

 思わずちらっと頭を出して、椿の顔を見る。
 おばあちゃんを前に毅然とした態度で振る舞っていたものの、どこか不安げな表情がうっすらと浮かんでいた。

 二人の会話に割って入ることもできず、わたしはそっとその場から立ち去った。


 椿は大丈夫だろうか。
 そう心配しながら、何となく近くのスーパーまで足を向ける。

 ここで少しだけ喉が渇いてきて、何か買って行こうかと店内に向かった。
 飲み物コーナーの辺りをうろちょろしていると、奥の惣菜コーナーに見知った人影を見つけた。

 わたしは不安を一旦喉の奥まで飲み込んでから、明るくその名を呼ぶ。

「こずえ!」

 彼女は呼び掛けに気づくと、軽く会釈してくれた。

 お互いに買い物を済ませ、店前の邪魔にならない場所でお喋りする。
 少しして、わたしは恐る恐る昨日の話を切り出した。

 それを耳にした途端、梢の顔は一瞬で曇り始める。

「ごめんね。暗い話をしてしまって。でもわたし、このままじゃいけないと思ってるから」

 梢はじっと俯きながら、おもむろに呟き始めた。

「わたし、昨日のこと凄く後悔してるんです。なんであんなこと言ってしまったんだろうって」

 わたしが黙っていると、彼女は徐々に声を震わせつつ、話を続けた。

「確かに、今でも早百合先輩の意見の方が正しい、って思っています。でも、言い方があったんじゃないかな、って。
 実は二学期に入ってから、少しずつ馴染めていたクラスのみんなと、段々またよそよそしくなっちゃいまして。でも、わたしには椿ちゃんっていう、音楽仲間で、かけがえのない友達がいてくれたからそれでよかった。特に夏休みに、病院で本気になって怒ってくれたこと。あれ、凄く嬉しかったんです。
 ……でも、昨日そんな椿ちゃんを怒らせてしまった。自分の意見を主張するばかりで、全然椿ちゃんのこと、考えてあげられなかった。その夜、謝ろうとしてラインを開きました。でも、いざメッセージを送信する時、とても怖くなったんです。それで、結局送ることはできなくて、その時初めて絶望を感じました。また一人ぼっちになる。また、誰もわたしを見てくれなくなる。もう、そんなのいやです。また昔みたいに椿ちゃんと仲良くお話ししたいです。
 ねえ、桜良先輩。わたし、どうしたらいいですか? どうか、助けて下さい。お願いします」

 最後に彼女が深く頭を下げるのを、わたしは黙って見下ろしていた。

 本当ならここで、椿なら大丈夫、だとか、きっと仲直りできるよ、みたいな言葉で励ますことができたら良かったのかもしれない。
 でも、どうしてもそのように口が開かなかった。

 それで、結局わたしが取った行動は、何も言わずその場から立ち去ることだった。
 遠くから申し訳ない気持ちで少しだけ振り返った時、後輩は口を開けたままでまだ茫然としていた。
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