62 / 87
第六章 さわり
(4) 崩壊の予兆 part 1
しおりを挟む
その日の夜。
ベッドに腰掛け、腕を組みながら必死でアイデアを練る。
何とかしてこの状況を打破しなければ、コンテストどころの問題じゃない。
全員揃ってから初めて訪れたバンドの危機を前に、そもそもの原因のわたしができることはただ一つ。
それぞれのメンバーとの対話しかなかった。
翌日。
音美大社の鳥居を前に、改めて固く心を決める。
とにかく、今まで通り一人一人と会話して、解決の糸口を見つけてみよう。
そこで、まずは椿から会ってみることにした。
前もって約束はしていないけど、果たして彼女と話すことはできるだろうか。
そわそわしながら境内を通って、家の方へと向かう。
段々と家の門が近づいてきた時、何やら玄関口から話し声が聞こえてきた。
そのうち一人は椿で、もう一人は彼女のおばあちゃんみたいだ。
こっそり気づかれない場所で聞き耳を立てる。
二人の話し声は、何やらとても深刻そうだった。
「──ねえ、ほんとなの?」
「ああ、さっき病院から電話があってな。アンタの父ちゃんは、検査の結果色々と悪いところが見つかったらしいんよ。
だから、また入院するらしい。ほんと、あん男は心配ばかりかけて」
「……仕方ないよ。私は平気だから、おばあちゃんも気にしないで」
「アンタは偉いなあ。きっと、母ちゃんに似たんやな」
思わずちらっと頭を出して、椿の顔を見る。
おばあちゃんを前に毅然とした態度で振る舞っていたものの、どこか不安げな表情がうっすらと浮かんでいた。
二人の会話に割って入ることもできず、わたしはそっとその場から立ち去った。
椿は大丈夫だろうか。
そう心配しながら、何となく近くのスーパーまで足を向ける。
ここで少しだけ喉が渇いてきて、何か買って行こうかと店内に向かった。
飲み物コーナーの辺りをうろちょろしていると、奥の惣菜コーナーに見知った人影を見つけた。
わたしは不安を一旦喉の奥まで飲み込んでから、明るくその名を呼ぶ。
「こずえ!」
彼女は呼び掛けに気づくと、軽く会釈してくれた。
お互いに買い物を済ませ、店前の邪魔にならない場所でお喋りする。
少しして、わたしは恐る恐る昨日の話を切り出した。
それを耳にした途端、梢の顔は一瞬で曇り始める。
「ごめんね。暗い話をしてしまって。でもわたし、このままじゃいけないと思ってるから」
梢はじっと俯きながら、おもむろに呟き始めた。
「わたし、昨日のこと凄く後悔してるんです。なんであんなこと言ってしまったんだろうって」
わたしが黙っていると、彼女は徐々に声を震わせつつ、話を続けた。
「確かに、今でも早百合先輩の意見の方が正しい、って思っています。でも、言い方があったんじゃないかな、って。
実は二学期に入ってから、少しずつ馴染めていたクラスのみんなと、段々またよそよそしくなっちゃいまして。でも、わたしには椿ちゃんっていう、音楽仲間で、かけがえのない友達がいてくれたからそれでよかった。特に夏休みに、病院で本気になって怒ってくれたこと。あれ、凄く嬉しかったんです。
……でも、昨日そんな椿ちゃんを怒らせてしまった。自分の意見を主張するばかりで、全然椿ちゃんのこと、考えてあげられなかった。その夜、謝ろうとしてラインを開きました。でも、いざメッセージを送信する時、とても怖くなったんです。それで、結局送ることはできなくて、その時初めて絶望を感じました。また一人ぼっちになる。また、誰もわたしを見てくれなくなる。もう、そんなのいやです。また昔みたいに椿ちゃんと仲良くお話ししたいです。
ねえ、桜良先輩。わたし、どうしたらいいですか? どうか、助けて下さい。お願いします」
最後に彼女が深く頭を下げるのを、わたしは黙って見下ろしていた。
本当ならここで、椿なら大丈夫、だとか、きっと仲直りできるよ、みたいな言葉で励ますことができたら良かったのかもしれない。
でも、どうしてもそのように口が開かなかった。
それで、結局わたしが取った行動は、何も言わずその場から立ち去ることだった。
遠くから申し訳ない気持ちで少しだけ振り返った時、後輩は口を開けたままでまだ茫然としていた。
ベッドに腰掛け、腕を組みながら必死でアイデアを練る。
何とかしてこの状況を打破しなければ、コンテストどころの問題じゃない。
全員揃ってから初めて訪れたバンドの危機を前に、そもそもの原因のわたしができることはただ一つ。
それぞれのメンバーとの対話しかなかった。
翌日。
音美大社の鳥居を前に、改めて固く心を決める。
とにかく、今まで通り一人一人と会話して、解決の糸口を見つけてみよう。
そこで、まずは椿から会ってみることにした。
前もって約束はしていないけど、果たして彼女と話すことはできるだろうか。
そわそわしながら境内を通って、家の方へと向かう。
段々と家の門が近づいてきた時、何やら玄関口から話し声が聞こえてきた。
そのうち一人は椿で、もう一人は彼女のおばあちゃんみたいだ。
こっそり気づかれない場所で聞き耳を立てる。
二人の話し声は、何やらとても深刻そうだった。
「──ねえ、ほんとなの?」
「ああ、さっき病院から電話があってな。アンタの父ちゃんは、検査の結果色々と悪いところが見つかったらしいんよ。
だから、また入院するらしい。ほんと、あん男は心配ばかりかけて」
「……仕方ないよ。私は平気だから、おばあちゃんも気にしないで」
「アンタは偉いなあ。きっと、母ちゃんに似たんやな」
思わずちらっと頭を出して、椿の顔を見る。
おばあちゃんを前に毅然とした態度で振る舞っていたものの、どこか不安げな表情がうっすらと浮かんでいた。
二人の会話に割って入ることもできず、わたしはそっとその場から立ち去った。
椿は大丈夫だろうか。
そう心配しながら、何となく近くのスーパーまで足を向ける。
ここで少しだけ喉が渇いてきて、何か買って行こうかと店内に向かった。
飲み物コーナーの辺りをうろちょろしていると、奥の惣菜コーナーに見知った人影を見つけた。
わたしは不安を一旦喉の奥まで飲み込んでから、明るくその名を呼ぶ。
「こずえ!」
彼女は呼び掛けに気づくと、軽く会釈してくれた。
お互いに買い物を済ませ、店前の邪魔にならない場所でお喋りする。
少しして、わたしは恐る恐る昨日の話を切り出した。
それを耳にした途端、梢の顔は一瞬で曇り始める。
「ごめんね。暗い話をしてしまって。でもわたし、このままじゃいけないと思ってるから」
梢はじっと俯きながら、おもむろに呟き始めた。
「わたし、昨日のこと凄く後悔してるんです。なんであんなこと言ってしまったんだろうって」
わたしが黙っていると、彼女は徐々に声を震わせつつ、話を続けた。
「確かに、今でも早百合先輩の意見の方が正しい、って思っています。でも、言い方があったんじゃないかな、って。
実は二学期に入ってから、少しずつ馴染めていたクラスのみんなと、段々またよそよそしくなっちゃいまして。でも、わたしには椿ちゃんっていう、音楽仲間で、かけがえのない友達がいてくれたからそれでよかった。特に夏休みに、病院で本気になって怒ってくれたこと。あれ、凄く嬉しかったんです。
……でも、昨日そんな椿ちゃんを怒らせてしまった。自分の意見を主張するばかりで、全然椿ちゃんのこと、考えてあげられなかった。その夜、謝ろうとしてラインを開きました。でも、いざメッセージを送信する時、とても怖くなったんです。それで、結局送ることはできなくて、その時初めて絶望を感じました。また一人ぼっちになる。また、誰もわたしを見てくれなくなる。もう、そんなのいやです。また昔みたいに椿ちゃんと仲良くお話ししたいです。
ねえ、桜良先輩。わたし、どうしたらいいですか? どうか、助けて下さい。お願いします」
最後に彼女が深く頭を下げるのを、わたしは黙って見下ろしていた。
本当ならここで、椿なら大丈夫、だとか、きっと仲直りできるよ、みたいな言葉で励ますことができたら良かったのかもしれない。
でも、どうしてもそのように口が開かなかった。
それで、結局わたしが取った行動は、何も言わずその場から立ち去ることだった。
遠くから申し訳ない気持ちで少しだけ振り返った時、後輩は口を開けたままでまだ茫然としていた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる