上 下
50 / 87
第五章 さけび

(2) ここはTOKYO

しおりを挟む
 二年生の修学旅行は、七月の半ば頃に予定通り行われた。

 初日の朝、島の小さな空港は北平と南山の生徒で溢れかえる。
 やがて、教員も含め全員を乗せた飛行機が東京に向け出発した。

 実を言うと、島と東京を繋ぐ直行便があることを出発当日まで知らなかった。
 てっきり途中鹿児島空港とかで乗り換えるとばかり思い込んでいたから、こうやって直接行けることに思わず子供みたいにテンションが上がってしまう。

 まだ一度も訪れたことのない、日本最大の都会。
 飛行機から降りた瞬間、そこにはこの間の本土旅行以上にもの凄い景色が広がっている。

 そう思って美樹とずっとはしゃいでいると、寝ぼけ眼の野薔薇から一喝された。


 この興奮は、スケジュールが進んでも一向に冷めることなく、旅程中は朝も昼も夜もわたしは全力で都会の時間を楽しんだ。
 通りの向こうまでずっと建ち並ぶビル群にさえ、驚いて一々叫び声をあげてしまうほどだ。

 手を合わせながら騒ぐわたしと美樹に堪え切れず、野薔薇と紅葉ちゃんは、頭を抱えながらそっと距離をとった。

 そして、早くも最終日になった。
 夕方までの間、わたしたちには都内での自由時間が与えられる。

 こうしちゃいられない。
 急いで早百合を探し出し、そわそわしている彼女を含めた四人(紅葉ちゃんは部活の人たちとどこかに行ってしまった)で近場を中心に回った。

 憧れの渋谷の坂を上りながら、しばらく買い物や食べ歩きを楽しんでいると、やがて公共放送局の奥に大きな公園が見えてきた。

 島の公園とは比べ物にならない程の人で溢れかえったその場所に、つい足を引き寄せられる。
 入口の立て看板を見ると、なんと今日アカペラの野外フェスティバルがあるみたいだ。

 もちろん四人全員が興味を示し、会場の野外ステージの方に向かった。

 入口スタッフの人からチラシをもらって、会場へと入る。
 既にそこには観客がたくさんいて、奥のステージでは、今まさに一組のアカペラグループが演奏していた。

 時計を確認すると、彼らを含め、あと二、三組程観られそうだ。
 なるべく良い場所まで近づいて、そこでじっと彼らのハーモニーに耳を傾ける。

 ……やっぱり、ここは『東京』だった。

 最初に聴いたグループも、後から出てきたグループも、みんなとてもレベルが高かった。
 それぞれが持ち味を出して、互いに調和しながらも、自分らしさを巧みに表現している。

 前に動画で観たことのある人たちも出ていたけど、生で聴くのは全然違った。
 これが、大都市・東京なのだろうか。

 ふと隣を見ると、早百合たち三人も、ただ一心にステージの一点だけを見つめていた。



 帰りの電車の中でも、わたしたちはしばらく黙っていた。
 きっとみんな、さっきの演奏に未だ圧倒されているに違いない。

 確かに、わたし自身彼らの演奏はかなり凄いなと感じたし、実力の違いをこれでもかと痛感した。
 でも、仮にその中に自分たちが交じったとして、絶対にダメだとはあまり思わなかった。

 だからわたしは、今の率直な思いを明るいテンションで伝える。

「わたしたちも、いつか立とうね。あんな舞台に!」

 三人とも、わたしのことをまるでおかしなものを見るように見てきた。
 それでも、気にしちゃいられない。

「……だって、始めた時期とか、経験の量とかは全然違うかもしんないけどさ。
 あの人たちも、そしてわたしたちも、同じアカペラバンドじゃん。だから、きっといつかは立てるはずなんだよ!」

「なんだそれ」

 野薔薇が思わず突っ込む。
 その横で、美樹が堪え切れず笑い出した。

「いや、桜良の言う通りだよ。やる前から諦めてどうするのさ。うちたちには、うちたちの音楽があるじゃん。
 だから、周りと比べずに、自分たちの音楽をやればいいんだよ。きっと、こずちゃんやつばちゃんも、そう言うはずだよ」

 みんなそれに頷いて、小さく笑いだす。
 わたしもつい笑みが零れてしまい、口元をふさごうと右手を上げた。

 すると、今までずっと手に持っていたフライヤーに目がいった。
 公園で貰ったカラフルなその紙をボーっと眺めながら裏返した時、思わず声が出てしまった。

「これだ!」

 三人だけでなく、他の乗客もみんな訝しげにわたしの方を見る。
 しまった、と軽く周りに頭を下げると、声のトーンをかなり落として言った。

「ほら、ここ見て」

 三人の視線が、広告の一部に注がれる。

「……コンテスト?」

「そう。年末に鎌倉でやる、アカペラのコンテスト。参加締め切りが、来月末までじゃん。
 みんなで出ようよ、これ!」

「おいおい、正気か?」

 野薔薇が聞いてくる。
 早百合もその後に続いた。

「これって、全国レベルのコンテストだよね。名前、聞いたことあるもん。大丈夫かな?」

 そして、再び誰も喋らなくなる。
 やがて、車内アナウンスが目的地の名前を告げた。

 そろそろ、生まれて初めての東京旅行が幕を閉じる。
 鞄のひもをぎゅっと握りながら、わたしは自分でも驚くくらい、ハッキリとした口調で言った。

「ハードルはもの凄く高いかもしれない。プレッシャーと緊張に押し潰されるかも。
 でも、このコンテストを乗り越えたら、きっと成長できる。そう思うんだ。
 だから、やっぱり出ようよ!」

「うちも、賛成! 桜良の言う通りにしたら、きっとまた大きく変われる気がするんだ。
 ……だって、そうやってうちは、音楽がまたできたから!」

 美樹がニコッと笑う。
 残りの二人もじっと黙った後で覚悟を決めたように呟いた。

「ああ。どうせだったら派手にやってやるか。でっかい目標があった方が練習も気合が入るだろ」

「うん。まだ後輩二人の意見を聞いてないけど、私もいいと思う。頑張ってみよっか!」

 少しして電車は駅に停まり、ドアが音を立てて開く。
 それはまるで、これから先に進もうとするわたしたちに、道を示してくれる扉みたいに感じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

にほいち47

多摩みそ八
ライト文芸
フィクション旅行ライトノベル 女子大生4人がバイクで日本一周するお話です

処理中です...