44 / 87
第四章 さだめ
(3) 仲良しごっこなら
しおりを挟む
数日後。
夜、早百合からの着信でスマホを手に取った。
彼女によると、昼休みに梢と二人で椿ちゃんに声をかけたけど、当の本人は急に立ち上がって無言でどこかに行ってしまったみたいだ。
仕方なく、少しでもその子のことについて知ろうと隣の席の子に話しかけると、実家が島有数の大神社の神主を代々務めているものの、それ以上のことは知らないようだった。
ごめんね、と呟く早百合をそっと労ってから電話を切った。
週末になり、小雨が降る中わたしたちは音美大社の鳥居の前に立っていた。
北平町の中心地にあるその神社は、年末年始にはCMが流れる程島の中では有名な場所だ。
しかしながら、実を言うとこのタイミングで初めてその場所を訪れたから、お社の予想外の大きさに一瞬圧倒されてしまった。
改めて、こんな大神社の関係者に今から会いに行くことを自覚し、少しだけ身が引き締まる。
とりあえず神社周辺までは来たものの、家がどの辺りにあるかまではわからなかったので、まずは社務所を訪ねてみることにした。
広い玄関に入り、恐る恐る中の人に声を掛ける。
何度か叫んだ頃、目の前の襖がゆっくりと開いた。
「おお。大勢で一体どうされましたか」
畳敷きの広い部屋から出てきたのは、割烹着を着たおばあちゃんだった。
見るからに朗らかそうな人で、少しだけホッとする。
「こんにちは。わたしたち、酒瀬川椿さんに用があって来たんですけど」
すると、おばあちゃんは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「そうかい。椿に用があっていらしたんかね。なかなか友達も来ん子やからね、よかこっ(良い事)じゃ」
玄関を出てお社の向こう側を指さすと、おばあちゃんは最後に深々とお辞儀した。
恐縮しながら全員で揃って礼をし、社務所を後にする。
神社の敷地から少し出たところにその家はあり、「酒瀬川」と彫った木の表札が掲げてある。
木造の平屋で、とても大きく厳かな雰囲気を感じた。
今度は代表して梢が恐る恐る呼び鈴を鳴らす。
しばらくして引き戸から顔を覗かせたのは、あの動画に映っていた女の子だった。
「……誰ですか?」
その子のぶっきらぼうな声に、慌てて梢がおどおどしながら答えた。
「え、ええと、同じクラスの稲森梢です。き、今日はもう一度、アカペラに誘いに来ました」
椿ちゃんはまるで睨みつけてくるようにわたしたちを見回し、思わず眉を顰める野薔薇を美樹が慌てて制した。
やがて、その子はさっと佇まいを直すと、流暢な姿勢でお辞儀をする。
「……今日は、わざわざご足労頂きありがとうございます。ですが、生憎私は全くと言っていいほど興味がありませんので、すみませんがお引き取り願います」
そして勢いよく引き戸を閉めようとしたものの、すんでのところで止めたのは梢だった。
「あの! わたし、あなたの動画観ました。ヒューマンビートボックス、とても素敵でした。わたしたちのグループにあなたがどうしても必要なんです。だから、お願いです。力を貸してください!」
たどたどしくも力強い口調の説得に、わたしは思わず息をのんでしまった。
それは椿ちゃんも同じだったみたいで、やがてゆっくりと引き戸から手を離す。
「椿さん、あなたの動画からは、並々ならぬ音楽愛を感じました。きっとあなたとなら、最高の音楽ができるはずなんです。だから、良かったら──」
「やめて!」
突然話を遮って、椿ちゃんが叫ぶ。
驚きのあまり、梢は身体が完全に固まってしまった。
「……あのさ。音楽愛とか言うけど、私、そんなに大して好きじゃないし、音楽なんて。ヒューマンビートボックスは、単にできるってだけの話。
私はむしろ、イライラしてるの。アンタたちみたいに、みんなで仲良く楽しく音楽しましょうとか言ってる集団にさ。
そんなの全然興味もわかないし、仲良しごっこなら、よそでやってよ。勝手に私を巻き込まないで」
野薔薇が再びカッとなって拳を上げようとするのを、数人がかりで必死に止める。
椿ちゃんは、ふんっ、と鼻を鳴らすと、今度こそ思い切り戸を閉めた。
夜、早百合からの着信でスマホを手に取った。
彼女によると、昼休みに梢と二人で椿ちゃんに声をかけたけど、当の本人は急に立ち上がって無言でどこかに行ってしまったみたいだ。
仕方なく、少しでもその子のことについて知ろうと隣の席の子に話しかけると、実家が島有数の大神社の神主を代々務めているものの、それ以上のことは知らないようだった。
ごめんね、と呟く早百合をそっと労ってから電話を切った。
週末になり、小雨が降る中わたしたちは音美大社の鳥居の前に立っていた。
北平町の中心地にあるその神社は、年末年始にはCMが流れる程島の中では有名な場所だ。
しかしながら、実を言うとこのタイミングで初めてその場所を訪れたから、お社の予想外の大きさに一瞬圧倒されてしまった。
改めて、こんな大神社の関係者に今から会いに行くことを自覚し、少しだけ身が引き締まる。
とりあえず神社周辺までは来たものの、家がどの辺りにあるかまではわからなかったので、まずは社務所を訪ねてみることにした。
広い玄関に入り、恐る恐る中の人に声を掛ける。
何度か叫んだ頃、目の前の襖がゆっくりと開いた。
「おお。大勢で一体どうされましたか」
畳敷きの広い部屋から出てきたのは、割烹着を着たおばあちゃんだった。
見るからに朗らかそうな人で、少しだけホッとする。
「こんにちは。わたしたち、酒瀬川椿さんに用があって来たんですけど」
すると、おばあちゃんは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「そうかい。椿に用があっていらしたんかね。なかなか友達も来ん子やからね、よかこっ(良い事)じゃ」
玄関を出てお社の向こう側を指さすと、おばあちゃんは最後に深々とお辞儀した。
恐縮しながら全員で揃って礼をし、社務所を後にする。
神社の敷地から少し出たところにその家はあり、「酒瀬川」と彫った木の表札が掲げてある。
木造の平屋で、とても大きく厳かな雰囲気を感じた。
今度は代表して梢が恐る恐る呼び鈴を鳴らす。
しばらくして引き戸から顔を覗かせたのは、あの動画に映っていた女の子だった。
「……誰ですか?」
その子のぶっきらぼうな声に、慌てて梢がおどおどしながら答えた。
「え、ええと、同じクラスの稲森梢です。き、今日はもう一度、アカペラに誘いに来ました」
椿ちゃんはまるで睨みつけてくるようにわたしたちを見回し、思わず眉を顰める野薔薇を美樹が慌てて制した。
やがて、その子はさっと佇まいを直すと、流暢な姿勢でお辞儀をする。
「……今日は、わざわざご足労頂きありがとうございます。ですが、生憎私は全くと言っていいほど興味がありませんので、すみませんがお引き取り願います」
そして勢いよく引き戸を閉めようとしたものの、すんでのところで止めたのは梢だった。
「あの! わたし、あなたの動画観ました。ヒューマンビートボックス、とても素敵でした。わたしたちのグループにあなたがどうしても必要なんです。だから、お願いです。力を貸してください!」
たどたどしくも力強い口調の説得に、わたしは思わず息をのんでしまった。
それは椿ちゃんも同じだったみたいで、やがてゆっくりと引き戸から手を離す。
「椿さん、あなたの動画からは、並々ならぬ音楽愛を感じました。きっとあなたとなら、最高の音楽ができるはずなんです。だから、良かったら──」
「やめて!」
突然話を遮って、椿ちゃんが叫ぶ。
驚きのあまり、梢は身体が完全に固まってしまった。
「……あのさ。音楽愛とか言うけど、私、そんなに大して好きじゃないし、音楽なんて。ヒューマンビートボックスは、単にできるってだけの話。
私はむしろ、イライラしてるの。アンタたちみたいに、みんなで仲良く楽しく音楽しましょうとか言ってる集団にさ。
そんなの全然興味もわかないし、仲良しごっこなら、よそでやってよ。勝手に私を巻き込まないで」
野薔薇が再びカッとなって拳を上げようとするのを、数人がかりで必死に止める。
椿ちゃんは、ふんっ、と鼻を鳴らすと、今度こそ思い切り戸を閉めた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
【完結】浄化の花嫁は、お留守番を強いられる~過保護すぎる旦那に家に置いていかれるので、浄化ができません。こっそり、ついていきますか~
うり北 うりこ
ライト文芸
突然、異世界転移した。国を守る花嫁として、神様から選ばれたのだと私の旦那になる白樹さんは言う。
異世界転移なんて中二病!?と思ったのだけど、なんともファンタジーな世界で、私は浄化の力を持っていた。
それなのに、白樹さんは私を家から出したがらない。凶暴化した獣の討伐にも、討伐隊の再編成をするから待つようにと連れていってくれない。 なんなら、浄化の仕事もしなくていいという。
おい!! 呼んだんだから、仕事をさせろ!! 何もせずに優雅な生活なんか、社会人の私には馴染まないのよ。
というか、あなたのことを守らせなさいよ!!!!
超絶美形な過保護旦那と、どこにでもいるOL(27歳)だった浄化の花嫁の、和風ラブファンタジー。
飲兵衛達が歩く月の夜
坂
ライト文芸
春の京都、満月の夜。
大学留年が決まった長谷川トモと、ひとつ下の後輩佐久間コウヘイは『留年祝い』と称して賀茂川で飲み会を開いていた。
そんな二人に、弁天と名乗る不思議な女性が声をかけてくる。
三人はすぐに意気投合するも、用事があるからと弁天は二人の元を去ることに。
彼女が去った後には、忘れ物のぐい呑みが一つ。
トモとコウヘイはぐい呑みを届けるべく、弁天の後を追うが――
彼女を追ってたどり着いたのは、妖怪と神様が酒を飲み交わす、不思議な『宴の街』だった。
トモとコウヘイは宴の街のいたる場所で一夜限りの飲み会を交わすも、途中行き違いになりバラバラに逸れてしまう。
二人はそれぞれが自分だけの飲みの夜を過ごすことに決め、様々な異形の存在と交流を果たしていく。
『宴の街』を生み出した酒の神の存在。
誰も見たことがないという『不思議な店主』の伝説。
どこにあるのかもわからない『光る酒』の記憶。
絶対に酔いつぶれないトモが考える『最高の飲み比べ』の場。
彼らが紡いだ縁が交錯した時。
二人は、宴の街の「深層」の世界を見ることになる。
終わりのはじまり
momiwa
ライト文芸
20代の普通のOL、サキ。
恋をしたのは居酒屋経営者、ユウジ。
10歳の年の差カップルの日常は穏やかで、サキはいつまでも続いて欲しいと願っていた。
ただ、幸せな日々を求めていただけなのに……どこで道を間違えてしまったのだろう。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
僕が踏みだす
黒羽 百色
ライト文芸
元旦に引いた一枚のおみくじに書かれた「大凶」の二文字に出鼻をくじかれた光輝は、生きてきた十七年間で、目立ったり前に出たりせず、賑やかな人達とは真逆で、自分の存在や立ち位置に何も特色無く過ごしてきた自分の生き方に「踏み出す」という革命を起こす事を運気向上の取り組みとして決意する。
それが何事もなく目立つ事もなく過ごしてきた日常に今までには無い変化が現れ‥
全ての日常の中で光輝が踏み出していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる