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第四章 さだめ
(2) 人気生主
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その配信者のプロフィール欄は、一番上に英語で大きく「Backy」と書かれていて、下の方に好きな音楽が「ラップ」、特技が「ヒューマンビートボックスを少しだけ」、という風に続いている。
ページの一番下には、何個かバックナンバーへのリンクが貼られていて、そのうちの一つを紅葉ちゃんがクリックした。
しばらくすると動画が始まって、どこかの和室が映し出された。
直後、横の方からマスクをつけた一人の女の子が現れ、カメラを見ながら軽快にお喋りを始める。
どうやら、視聴者とリアルタイムでやり取りしているようだ。
そのまま五分くらい観ていると、画面上に突然、『初めて来た ボイパ見せてよ』というコメントが出てくる。
それに気づくと、女の子はヤレヤレといった調子で、しょうがないなぁ、と呟いた。
そしてマスクを少しだけずらし、口元に配信用の小型マイクを近づけるとおもむろにリズムを取り始める。
やがてスピーカーからは小気味のいいビートが流れ始めた。
彼女の出す音は寸分の狂いもなく一定のリズムを刻んでいて、思わずつられてノッてしまうような、そのくらいレベルが高いものだった。
次第に、画面上にも称賛のコメントが並び始める。
それに気を良くしたのか、女の子はそれからも上機嫌でお喋りを続けた。
動画はやがて終わりの方に近づき、画面上で女の子は手を振りながらお別れの言葉を言っている。
そして、カメラを切ろうと手を伸ばした瞬間、低い机に膝をぶつけたのか、きゃっ、と言って軽くよろけた。
そのはずみで、カメラが若干傾き横を向いてしまう。
その後、慌てて女の子が電源を切り、動画はそこで終了した。
最後の場面が何となく気になって、もう一度見たいと紅葉ちゃんにお願いする。
再び画面上に女の子の顔が映し出され、問題の時間の辺りで止めてもらった。
配信のカメラが傾いたことで、部屋の見えなかった部分の壁が一瞬だけちらっと映し出される。
そこにはハンガー掛けが取り付けてあって、何着か服が掛けられていた。
その中の一つを見るなり、思わずあっ、と声が漏れる。
どうしたの、と未だ腑に落ちていない紅葉ちゃんに、画面の一か所を指さし示した。
「ねえ、ここに掛けてある制服、よく見たら北平高校のじゃない?」
改めて画面を凝視すると、彼女はやがて納得したように頷いた。
「確かに、そう言われればそうかも。……にしても、よく気づいたね!」
それから『緊急事態』と称し、急いでみんなにラインを回すと、呆れ顔の紅葉ちゃんと一緒に部屋で待つ。
ありがたいことに、大体一時間くらいで全員が集まってくれた。
北平に住む早百合と梢、そして偶然そっちの方に出掛けていた野薔薇は、息を切らせながら家まで駆けつけてくれた。
しかし、急かした張本人が部屋でのんびりくつろいでいたため、それぞれががくりと項垂れたり、怒り狂ったりした。
さすがに申し訳なく思えてきて、せめてものお詫びにと(台所の)高級スイーツを全員に献上する。
忙しなく口を動かしながら、野薔薇がなおも不機嫌そうに言った。
「んで、緊急と言って、いきなり私たちを呼び出した、その魂胆は何だ」
それを聞いて、待ってました、とばかりにパソコンをみんなの方に見せる。
そして、例の動画を再生すると、幾つもの視線が画面の方に注がれた。
やがて例のシーンで動画を止め、どや顔をしてみせるわたしに、美樹が素っ気なく聞いてきた。
「……これが、一体どうしたの?」
あれれ。
思わぬ反応に、慌てて画面の一か所を指差す。
やがて早百合がいち早く声を上げた。
「あ。これ、うちの制服だ」
「……ほう。ヒューマンビートボックスができる人間が、実は一人北平にいるというわけか」
野薔薇の言葉に、部屋にいる全員が唸る。
ここで、黙って画面を見ていた梢が、おもむろに口を開いた。
「あのぅ。この人、どこかで見たような気がするな、って思っていたんですけど……。なんか、あとちょっとで思い出せそうなんです」
「頑張って、こずちゃん!」
美樹に励まされながら、頭を抱え唸る梢。
しばらくしてから、勢いよくその顔が上がった。
「……あ、思い出しました! うちのクラスの、酒瀬川椿さんです」
その答えに、野薔薇が思わず呆れ気味にツッコミを入れる。
「えぇ、同じクラスって……。もう学校始まってから、二か月くらい経つけどなあ」
「……だって、しょうがないじゃないですか。あまりクラスでは喋るほうじゃないので」
後ろから美樹がそっと梢を抱きしめる。
きまり悪そうに、野薔薇は明後日の方を向いた。
「ま、まあとにかく。その酒瀬川椿さん、って子が、新メンバーの最有力候補ってことね」
早百合が今までの話をまとめる。
紅葉ちゃんも、プロフィールページを眺めながら呟いた。
「なるほど。つばき、だから、『バッキー』なのか」
不意に誰かが小さく吹き出し、つられて他のみんなも笑い始める。
わざとらしくゴホンと咳をしてから、わたしはみんなに提案した。
「よし、この椿ちゃんって子を誘ってみようよ! まずは、同じ学校の梢と早百合にお願いできるかな?
場合によっては、週末にみんなで会いに行こう」
その後は、何事もなかったようにみんなそれぞれのペースで帰っていく。
玄関先で靴を履いている紅葉ちゃんに、そのうちパソコンとか教えてね、と声を掛けると、無言で手を振り返した。
ページの一番下には、何個かバックナンバーへのリンクが貼られていて、そのうちの一つを紅葉ちゃんがクリックした。
しばらくすると動画が始まって、どこかの和室が映し出された。
直後、横の方からマスクをつけた一人の女の子が現れ、カメラを見ながら軽快にお喋りを始める。
どうやら、視聴者とリアルタイムでやり取りしているようだ。
そのまま五分くらい観ていると、画面上に突然、『初めて来た ボイパ見せてよ』というコメントが出てくる。
それに気づくと、女の子はヤレヤレといった調子で、しょうがないなぁ、と呟いた。
そしてマスクを少しだけずらし、口元に配信用の小型マイクを近づけるとおもむろにリズムを取り始める。
やがてスピーカーからは小気味のいいビートが流れ始めた。
彼女の出す音は寸分の狂いもなく一定のリズムを刻んでいて、思わずつられてノッてしまうような、そのくらいレベルが高いものだった。
次第に、画面上にも称賛のコメントが並び始める。
それに気を良くしたのか、女の子はそれからも上機嫌でお喋りを続けた。
動画はやがて終わりの方に近づき、画面上で女の子は手を振りながらお別れの言葉を言っている。
そして、カメラを切ろうと手を伸ばした瞬間、低い机に膝をぶつけたのか、きゃっ、と言って軽くよろけた。
そのはずみで、カメラが若干傾き横を向いてしまう。
その後、慌てて女の子が電源を切り、動画はそこで終了した。
最後の場面が何となく気になって、もう一度見たいと紅葉ちゃんにお願いする。
再び画面上に女の子の顔が映し出され、問題の時間の辺りで止めてもらった。
配信のカメラが傾いたことで、部屋の見えなかった部分の壁が一瞬だけちらっと映し出される。
そこにはハンガー掛けが取り付けてあって、何着か服が掛けられていた。
その中の一つを見るなり、思わずあっ、と声が漏れる。
どうしたの、と未だ腑に落ちていない紅葉ちゃんに、画面の一か所を指さし示した。
「ねえ、ここに掛けてある制服、よく見たら北平高校のじゃない?」
改めて画面を凝視すると、彼女はやがて納得したように頷いた。
「確かに、そう言われればそうかも。……にしても、よく気づいたね!」
それから『緊急事態』と称し、急いでみんなにラインを回すと、呆れ顔の紅葉ちゃんと一緒に部屋で待つ。
ありがたいことに、大体一時間くらいで全員が集まってくれた。
北平に住む早百合と梢、そして偶然そっちの方に出掛けていた野薔薇は、息を切らせながら家まで駆けつけてくれた。
しかし、急かした張本人が部屋でのんびりくつろいでいたため、それぞれががくりと項垂れたり、怒り狂ったりした。
さすがに申し訳なく思えてきて、せめてものお詫びにと(台所の)高級スイーツを全員に献上する。
忙しなく口を動かしながら、野薔薇がなおも不機嫌そうに言った。
「んで、緊急と言って、いきなり私たちを呼び出した、その魂胆は何だ」
それを聞いて、待ってました、とばかりにパソコンをみんなの方に見せる。
そして、例の動画を再生すると、幾つもの視線が画面の方に注がれた。
やがて例のシーンで動画を止め、どや顔をしてみせるわたしに、美樹が素っ気なく聞いてきた。
「……これが、一体どうしたの?」
あれれ。
思わぬ反応に、慌てて画面の一か所を指差す。
やがて早百合がいち早く声を上げた。
「あ。これ、うちの制服だ」
「……ほう。ヒューマンビートボックスができる人間が、実は一人北平にいるというわけか」
野薔薇の言葉に、部屋にいる全員が唸る。
ここで、黙って画面を見ていた梢が、おもむろに口を開いた。
「あのぅ。この人、どこかで見たような気がするな、って思っていたんですけど……。なんか、あとちょっとで思い出せそうなんです」
「頑張って、こずちゃん!」
美樹に励まされながら、頭を抱え唸る梢。
しばらくしてから、勢いよくその顔が上がった。
「……あ、思い出しました! うちのクラスの、酒瀬川椿さんです」
その答えに、野薔薇が思わず呆れ気味にツッコミを入れる。
「えぇ、同じクラスって……。もう学校始まってから、二か月くらい経つけどなあ」
「……だって、しょうがないじゃないですか。あまりクラスでは喋るほうじゃないので」
後ろから美樹がそっと梢を抱きしめる。
きまり悪そうに、野薔薇は明後日の方を向いた。
「ま、まあとにかく。その酒瀬川椿さん、って子が、新メンバーの最有力候補ってことね」
早百合が今までの話をまとめる。
紅葉ちゃんも、プロフィールページを眺めながら呟いた。
「なるほど。つばき、だから、『バッキー』なのか」
不意に誰かが小さく吹き出し、つられて他のみんなも笑い始める。
わざとらしくゴホンと咳をしてから、わたしはみんなに提案した。
「よし、この椿ちゃんって子を誘ってみようよ! まずは、同じ学校の梢と早百合にお願いできるかな?
場合によっては、週末にみんなで会いに行こう」
その後は、何事もなかったようにみんなそれぞれのペースで帰っていく。
玄関先で靴を履いている紅葉ちゃんに、そのうちパソコンとか教えてね、と声を掛けると、無言で手を振り返した。
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