上 下
43 / 87
第四章 さだめ

(2) 人気生主

しおりを挟む
 その配信者のプロフィール欄は、一番上に英語で大きく「Backy」と書かれていて、下の方に好きな音楽が「ラップ」、特技が「ヒューマンビートボックスを少しだけ」、という風に続いている。

 ページの一番下には、何個かバックナンバーへのリンクが貼られていて、そのうちの一つを紅葉ちゃんがクリックした。

 しばらくすると動画が始まって、どこかの和室が映し出された。

 直後、横の方からマスクをつけた一人の女の子が現れ、カメラを見ながら軽快にお喋りを始める。
 どうやら、視聴者とリアルタイムでやり取りしているようだ。

 そのまま五分くらい観ていると、画面上に突然、『初めて来た ボイパ見せてよ』というコメントが出てくる。
 それに気づくと、女の子はヤレヤレといった調子で、しょうがないなぁ、と呟いた。

 そしてマスクを少しだけずらし、口元に配信用の小型マイクを近づけるとおもむろにリズムを取り始める。
 やがてスピーカーからは小気味のいいビートが流れ始めた。

 彼女の出す音は寸分の狂いもなく一定のリズムを刻んでいて、思わずつられてノッてしまうような、そのくらいレベルが高いものだった。

 次第に、画面上にも称賛のコメントが並び始める。
 それに気を良くしたのか、女の子はそれからも上機嫌でお喋りを続けた。

 動画はやがて終わりの方に近づき、画面上で女の子は手を振りながらお別れの言葉を言っている。
 そして、カメラを切ろうと手を伸ばした瞬間、低い机に膝をぶつけたのか、きゃっ、と言って軽くよろけた。

 そのはずみで、カメラが若干傾き横を向いてしまう。
 その後、慌てて女の子が電源を切り、動画はそこで終了した。


 最後の場面が何となく気になって、もう一度見たいと紅葉ちゃんにお願いする。
 再び画面上に女の子の顔が映し出され、問題の時間の辺りで止めてもらった。

 配信のカメラが傾いたことで、部屋の見えなかった部分の壁が一瞬だけちらっと映し出される。
 そこにはハンガー掛けが取り付けてあって、何着か服が掛けられていた。

 その中の一つを見るなり、思わずあっ、と声が漏れる。
 どうしたの、と未だ腑に落ちていない紅葉ちゃんに、画面の一か所を指さし示した。

「ねえ、ここに掛けてある制服、よく見たら北平高校のじゃない?」

 改めて画面を凝視すると、彼女はやがて納得したように頷いた。

「確かに、そう言われればそうかも。……にしても、よく気づいたね!」

 それから『緊急事態』と称し、急いでみんなにラインを回すと、呆れ顔の紅葉ちゃんと一緒に部屋で待つ。
 ありがたいことに、大体一時間くらいで全員が集まってくれた。

 北平に住む早百合と梢、そして偶然そっちの方に出掛けていた野薔薇は、息を切らせながら家まで駆けつけてくれた。
 しかし、急かした張本人が部屋でのんびりくつろいでいたため、それぞれががくりと項垂れたり、怒り狂ったりした。

 さすがに申し訳なく思えてきて、せめてものお詫びにと(台所の)高級スイーツを全員に献上する。
 忙しなく口を動かしながら、野薔薇がなおも不機嫌そうに言った。

「んで、緊急と言って、いきなり私たちを呼び出した、その魂胆は何だ」

 それを聞いて、待ってました、とばかりにパソコンをみんなの方に見せる。
 そして、例の動画を再生すると、幾つもの視線が画面の方に注がれた。

 やがて例のシーンで動画を止め、どや顔をしてみせるわたしに、美樹が素っ気なく聞いてきた。

「……これが、一体どうしたの?」

 あれれ。
 思わぬ反応に、慌てて画面の一か所を指差す。

 やがて早百合がいち早く声を上げた。

「あ。これ、うちの制服だ」

「……ほう。ヒューマンビートボックスができる人間が、実は一人北平にいるというわけか」

 野薔薇の言葉に、部屋にいる全員が唸る。
 ここで、黙って画面を見ていた梢が、おもむろに口を開いた。

「あのぅ。この人、どこかで見たような気がするな、って思っていたんですけど……。なんか、あとちょっとで思い出せそうなんです」

「頑張って、こずちゃん!」

 美樹に励まされながら、頭を抱え唸る梢。
 しばらくしてから、勢いよくその顔が上がった。

「……あ、思い出しました! うちのクラスの、酒瀬川さかせがわ椿つばきさんです」

 その答えに、野薔薇が思わず呆れ気味にツッコミを入れる。

「えぇ、同じクラスって……。もう学校始まってから、二か月くらい経つけどなあ」

「……だって、しょうがないじゃないですか。あまりクラスでは喋るほうじゃないので」

 後ろから美樹がそっと梢を抱きしめる。
 きまり悪そうに、野薔薇は明後日の方を向いた。

「ま、まあとにかく。その酒瀬川椿さん、って子が、新メンバーの最有力候補ってことね」

 早百合が今までの話をまとめる。
 紅葉ちゃんも、プロフィールページを眺めながら呟いた。

「なるほど。つばき、だから、『バッキー』なのか」

 不意に誰かが小さく吹き出し、つられて他のみんなも笑い始める。
 わざとらしくゴホンと咳をしてから、わたしはみんなに提案した。

「よし、この椿ちゃんって子を誘ってみようよ! まずは、同じ学校の梢と早百合にお願いできるかな?
 場合によっては、週末にみんなで会いに行こう」

 その後は、何事もなかったようにみんなそれぞれのペースで帰っていく。
 玄関先で靴を履いている紅葉ちゃんに、そのうちパソコンとか教えてね、と声を掛けると、無言で手を振り返した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ろくさよ短編集

sayoko
ライト文芸
ろくさよの短編集でーす。百合だったり、ラブコメだったり色々ごちゃ混ぜ。お暇な時にでもどうぞ。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

雌犬、女子高生になる

フルーツパフェ
大衆娯楽
最近は犬が人間になるアニメが流行りの様子。 流行に乗って元は犬だった女子高生美少女達の日常を描く

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話

赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)

処理中です...