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第三章 ささえ
(6) アカペラバンド
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「遅いぞ。一体どこまで行ってたんだ」
少しだけイライラしながら野薔薇が聞いてくる。
先に一言謝ってから、精一杯の気持ちを込めみんなに頼み込んだ。
「お願い。今から言うことを、とにかく信じてほしい。
梢ちゃんは、さっき電車通りを渡ったところで、今はクレープ屋さんのそばのどこかに向かってるみたい。その辺を重点的に探そう」
みんな釈然としない顔でわたしの言葉を聞いていたけれど、やがて早百合がいの一番に応じた。
「わかった。どうせ他に手がかりもないし、よくわからないけど桜良の直感を信じてみようよ」
後の二人も、続いて無言で頷いた。
まずは、電車通りから程近いクレープ屋の前まで急いで向かう。
しかし、そこから辺りを見渡しても、梢ちゃんの姿は確認できなかった。
ひょっとしたら、既にもうどこかの店に入ってしまっているのかも……。
再度手分けして探そうとしていた三人に、自分だけここで待たせてほしい、とお願いする。
何かわかったらすぐ呼ぶから。
そう強く伝えると、みんなは黙って頷いて方々へと走り去っていった。
やがて一人になると、大通りの隅っこに移動し、目を閉じてもう一度梢ちゃんの声に耳を傾ける。
すると、心地よいジャズの音楽に混じって、先程の女性らしき人と会話する声が聞こえた。
「ーーーゴメンね、こんな所まで連れて来ちゃって。
一人で不安そうに、同じ場所を何度も歩き回っていたから、ほっとけなくてさ」
「……い、いえ、わたしも一人で怖くて。先輩方とはぐれちゃって、どうしようもなくて」
よかった。
ひとまず、梢ちゃんは酷い目に遭ってはいなさそうだ。
ちょっとだけ安心し、再び意識をそちらに集中させる。
「紹介するね。あたしは、シオリ。そしてそこにいる人たちは、バンド仲間。
今日この店でこれからライブさせてもらうから、その前に少しだけ集まって、だらだらすることにしてたの」
「……バンド、ですか? でも、みなさん、楽器は?」
「ああ、ゴメン。バンドっていっても、楽器はないんだ。あたしたちは、アカペラバンドだから。
『ハミングバード』って、聞いた事ない?」
梢ちゃんが申し訳なさそうに、いいえ、と呟くと、シオリという女性はとっさに小さく笑った。
「だよね~。だってまだまだあたしたち、デビューしたてのヒヨっ子だもん。もっと世間に浸透するよう頑張んなきゃなぁ。
そういえば、君の名前を聞いてなかったね。よければ教えてくれる?」
「……こずえ。稲森梢です」
「こずえちゃんは、歌は好き?」
「は、はい。好きです。合唱や、もちろんアカペラも、大好きなんです!」
「お、おう、そっかそっか。じゃあ、学校で何かやったりとかは……」
「……いえ。まだ高校には入ったばかりで。でも、実は先輩たちのグループに誘われていて、今日もその方たちと遊びに来たんです」
「ふーん。じゃあ、君は、その先輩たちにとっては、可愛い後輩ちゃんなんだ」
「……で、でも」
ここで、急に梢ちゃんが言い淀む。
どうしたの、とシオリさんが心配そうに尋ねた。
やがて、梢ちゃんは弱弱しい口調で話し始める。
「わたし、入るの、やっぱり断ろうと思ってるんです。
こんなに迷惑かけてしまって、さらに申し訳ないと思うんですけど……」
「ほう、それまたどうして?」
「それは、その……」
しばらく、会話がストップする。
彼女がどんな風に考えているのか、知ることができたらどんなにいいだろう。
そう思っても、今のわたしにはどうすることもできない。
すると、シオリさんが穏やかに語り始めた。
少しだけイライラしながら野薔薇が聞いてくる。
先に一言謝ってから、精一杯の気持ちを込めみんなに頼み込んだ。
「お願い。今から言うことを、とにかく信じてほしい。
梢ちゃんは、さっき電車通りを渡ったところで、今はクレープ屋さんのそばのどこかに向かってるみたい。その辺を重点的に探そう」
みんな釈然としない顔でわたしの言葉を聞いていたけれど、やがて早百合がいの一番に応じた。
「わかった。どうせ他に手がかりもないし、よくわからないけど桜良の直感を信じてみようよ」
後の二人も、続いて無言で頷いた。
まずは、電車通りから程近いクレープ屋の前まで急いで向かう。
しかし、そこから辺りを見渡しても、梢ちゃんの姿は確認できなかった。
ひょっとしたら、既にもうどこかの店に入ってしまっているのかも……。
再度手分けして探そうとしていた三人に、自分だけここで待たせてほしい、とお願いする。
何かわかったらすぐ呼ぶから。
そう強く伝えると、みんなは黙って頷いて方々へと走り去っていった。
やがて一人になると、大通りの隅っこに移動し、目を閉じてもう一度梢ちゃんの声に耳を傾ける。
すると、心地よいジャズの音楽に混じって、先程の女性らしき人と会話する声が聞こえた。
「ーーーゴメンね、こんな所まで連れて来ちゃって。
一人で不安そうに、同じ場所を何度も歩き回っていたから、ほっとけなくてさ」
「……い、いえ、わたしも一人で怖くて。先輩方とはぐれちゃって、どうしようもなくて」
よかった。
ひとまず、梢ちゃんは酷い目に遭ってはいなさそうだ。
ちょっとだけ安心し、再び意識をそちらに集中させる。
「紹介するね。あたしは、シオリ。そしてそこにいる人たちは、バンド仲間。
今日この店でこれからライブさせてもらうから、その前に少しだけ集まって、だらだらすることにしてたの」
「……バンド、ですか? でも、みなさん、楽器は?」
「ああ、ゴメン。バンドっていっても、楽器はないんだ。あたしたちは、アカペラバンドだから。
『ハミングバード』って、聞いた事ない?」
梢ちゃんが申し訳なさそうに、いいえ、と呟くと、シオリという女性はとっさに小さく笑った。
「だよね~。だってまだまだあたしたち、デビューしたてのヒヨっ子だもん。もっと世間に浸透するよう頑張んなきゃなぁ。
そういえば、君の名前を聞いてなかったね。よければ教えてくれる?」
「……こずえ。稲森梢です」
「こずえちゃんは、歌は好き?」
「は、はい。好きです。合唱や、もちろんアカペラも、大好きなんです!」
「お、おう、そっかそっか。じゃあ、学校で何かやったりとかは……」
「……いえ。まだ高校には入ったばかりで。でも、実は先輩たちのグループに誘われていて、今日もその方たちと遊びに来たんです」
「ふーん。じゃあ、君は、その先輩たちにとっては、可愛い後輩ちゃんなんだ」
「……で、でも」
ここで、急に梢ちゃんが言い淀む。
どうしたの、とシオリさんが心配そうに尋ねた。
やがて、梢ちゃんは弱弱しい口調で話し始める。
「わたし、入るの、やっぱり断ろうと思ってるんです。
こんなに迷惑かけてしまって、さらに申し訳ないと思うんですけど……」
「ほう、それまたどうして?」
「それは、その……」
しばらく、会話がストップする。
彼女がどんな風に考えているのか、知ることができたらどんなにいいだろう。
そう思っても、今のわたしにはどうすることもできない。
すると、シオリさんが穏やかに語り始めた。
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