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第三章 ささえ

(2) 期待の後輩

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「……ええっと。わたし、合唱とかアカペラの曲が好きなんですけど、今日聴いてて、なんか凄く、楽しい気持ちになれました。
 練習の余地はまだあると思いますけど、でもそれを感じさせないような、なんだかわくわくするような、そんなものを強く感じました」

 そして数秒後、急に慌て出したかと思うと、膝に顔が付くくらい深く頭を下げた。

「……あ、ご、ごめんなさい。練習の余地がある、とか、とても生意気なこと言ってしまって。そんなつもりじゃなかったんです。
 でも、それだけ応援したくなったというか、なんというか……。あ、また、ごめんなさい!」

 何度も謝り過ぎて目に涙を浮かべているその子に再び顔を上げさせると、震えている頭をそっと優しく撫でてみる。
 驚いたように、二つの瞳がじっと見つめてきた。

「ありがとね、そんな風に言ってくれて。応援してくれるって、とてもありがたいことだし、わたしたちも始めたばっかりだから、これからまだまだ頑張らなきゃいけないもん。だから、全然気にしなくていいよ」

「そうそう。今日も桜良は、ちょっと音を間違ったもんね。まだまだ頑張らないと」

 横から早百合が珍しく茶々を入れてくる。
 周りの視線に堪えられなくなってきて、思わず言い返した。

「だってさ、主旋律ならともかく、ハモりの部分が難しいんだもん。どうしてもそこの出だしが他のパートと混ざってずれちゃうんだよ」

 すると、女の子がおずおずと口を開いた。

「あの、その音って、もしかして『アー』じゃないですか? 和音の構成から考えてみて」

 その瞬間、わたしたちは再度お互いの顔を見合わる。
 早百合が驚きを隠さず言った。

「え、よくわかったね。しかも、音も正確に合ってるし」

 その子は、またもやってしまったとばかりに俯くと、頬を赤らめながらぼそぼそ呟いた。

「え、ええと。わたし、実は音感を持ってるんです。何ていうか、音のずれとか、ピッチの高さとか、全部わかってしまうんです」

 早百合は急いでカバンからスマホを取り出し、ピアノのアプリを開くと試しに一つの音を出してみた。
 その子は間髪入れずに答える。

「ソの、フラットですか?」

 続いて二つの音を同時に出す。
 彼女はまたしても即答した。

 早百合が、参りましたと言わんばかりに無言で頷く。

「……すごい、すごいよ!」

 美樹が女の子の手を取る。
 わたしも思わず羨望の眼差しで尋ねた。

「ねえ、きみの名前、教えてもらってもいい? 何年生なのかな?」

 その子は少しだけ黙ってから、小さな声で名乗る。

稲森いなもりこずえです。三月に中学を卒業して、四月から、北平高校に通います」

「早百合! 後輩だよ、良かったね」

 まるで自分のことのように嬉しくなってきて、早百合の方を見る。
 わたしみたいにわかりやすく顔には出さないけど、やはりどこか喜んでいるようにみえた。

「ねえねえ、梢ちゃん。良かったら、わたしたちと一緒に歌おうよ。梢ちゃんがいたらすごく心強いなあ」

「賛成! よろしくね、こずちゃん!」

 勝手にハイタッチして盛り上がるわたしと美樹。
 その横で、早百合と野薔薇はヤレヤレと呆れたような顔をしている。

 しばらくして梢ちゃんは、わたしたちに深々と頭を下げた。
 次にくる言葉は、よろしくお願いします、だと勝手に確信していた。

 でも。

「ごめんなさい」

 ピタッと動きを止めるわたしたち。
 一瞬にして、沈黙が辺り一面に広がる。

「……わたし、これからも先輩たちのこと、応援してます。でも、一緒に歌うことはできません。本当にごめんなさい」

 梢ちゃんは申し訳なさそうにそう伝えると、そのまま走って店の外に出て行く。
 彼女が去った後、わたしたちも含め、店中のみんながしばらく動けずにいた。
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