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第二章 さなぎ
(8) 気まずい空気
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美樹ちゃんが、わたしたちの顔を交互に見回す。
突然の状況にどうしようか考えあぐねていると、早百合が困惑した様子で言った。
「……え、だって、今日わざわざここまで来てくれたのは、私たちの活動に興味を持ってくれたからなんだよね? 違うの、桜良?」
「あ、ええと、その……」
返そうにも言い淀んでしまって、上手く口が開かない。
そうしているうちに、野薔薇ちゃんが低い声で美樹ちゃんをなじりだした。
「おい、どういうことだよ。私はただ暇潰しで喋ったりするってことで、雨の中ついてきたんだぞ。なのになんでいきなり訳わかんないのに勧誘させられてんだよ」
「い、いや、うちもそのつもりだったんだけどな。桜良ちゃんたちがそういうのをやってるっていうのは聞いてたけど、まさかうちたちまでなんて、そんな……」
束の間、重い沈黙が部屋中を支配する。
わたしは何とかして、この状況を打破する方法を考えていた。
元はと言えば、全て自分で撒いた種だ。だから、自分で何とかしなきゃ。
でも、いくら考えたところでもう既に遅かった。
野薔薇ちゃんは勢いよく立ち上がると、ドアの方へ向かっていく。
そして少しだけ後ろを振り返ってから、最後に短く言葉を吐き捨てた。
「私は合唱なんて興味ないし、やりたきゃそっちで勝手にやってな」
直後、部屋のドアが大きな音を立てて閉まる。
取り残されたわたしたちは、ただ黙ってそれを眺めているしかなかった。
密閉された空間の中で、壁時計の秒針だけがリズム良く鳴っている。
そうして何分か過ぎた時、早百合がゆっくりと口を開いた。
「きっと、私が早とちりしてしまったんだよね。ごめん」
「早百合のせいじゃないよ! 元はといえば、わたしがしっかり考えてなかったからだもん。わたしがちゃんとしていればこんなことにならなかった。だから本当にゴメンね、美樹ちゃん」
それから、ずっと俯き続ける美樹ちゃんの方へと目を向ける。
初めの頃の明るさは消え、しばらくの間しおらしくしていた美樹ちゃんだったけど、やがて顔を上げ小さく呟いた。
「いいよ、大丈夫」
その言葉には、美樹ちゃんなりの精一杯の強がりと優しさが込められていた。
なのに、当のわたしはその上辺の部分だけを読み取って、呑気にほっとしてしまっていた。
「うーん、と。とりあえずさ、いつまでも暗い顔しててもしょうがないし、もしよければなんだけど、気分転換に何か一曲歌ってみない? 何かすぐ歌えそうなの、ある?」
早百合は少しだけ首をひねると、鞄から一枚の楽譜を取り出し、目の前に広げた。
「この曲なんてどうかな。有名な童謡がベースだし、パートも一つだけだから、オルガンを弾きながら一緒に歌えるよ」
「いいね! ほら、美樹ちゃんもよかったら一緒に、どう?」
美樹ちゃんはまだわずかに動揺していたけど、やがて静かに頷いた。
オルガンの椅子に早百合が座り、その周りにわたしと美樹ちゃんが並ぶ。
早百合はまず、お手本でメロディーを弾いてくれた。
なるほど、聞いたことがある上に覚えやすいメロディーで、これなら確かにすぐ歌えそうだ。
そして、いよいよオルガンに合わせて、一緒に声を出すことになった。
軽く息を吐いて準備する。
その後、早百合の合図に合わせ最初の音を出した。
部屋中には、しばしオルガンの音と、わたしと早百合の歌声が響く。……あれ?
「美樹ちゃん?」
美樹ちゃんはじっと楽譜を見つめながら、俯いて固く口をつぐんでいる。
どこか具合が悪いのかと思いそっと肩に触れようとすると、突然わたしの手を強く払いのけた。
「……ごめん、桜良ちゃん。うち、やっぱり無理だ。もう帰るね。今日は、ありがと」
まるで機械のような口調でそう告げると、美樹ちゃんは鞄を手に取り急いで部屋を後にする。
ドアが閉まる直前、辺りにはあの漆黒のもやが渦巻いていた。
突然の状況にどうしようか考えあぐねていると、早百合が困惑した様子で言った。
「……え、だって、今日わざわざここまで来てくれたのは、私たちの活動に興味を持ってくれたからなんだよね? 違うの、桜良?」
「あ、ええと、その……」
返そうにも言い淀んでしまって、上手く口が開かない。
そうしているうちに、野薔薇ちゃんが低い声で美樹ちゃんをなじりだした。
「おい、どういうことだよ。私はただ暇潰しで喋ったりするってことで、雨の中ついてきたんだぞ。なのになんでいきなり訳わかんないのに勧誘させられてんだよ」
「い、いや、うちもそのつもりだったんだけどな。桜良ちゃんたちがそういうのをやってるっていうのは聞いてたけど、まさかうちたちまでなんて、そんな……」
束の間、重い沈黙が部屋中を支配する。
わたしは何とかして、この状況を打破する方法を考えていた。
元はと言えば、全て自分で撒いた種だ。だから、自分で何とかしなきゃ。
でも、いくら考えたところでもう既に遅かった。
野薔薇ちゃんは勢いよく立ち上がると、ドアの方へ向かっていく。
そして少しだけ後ろを振り返ってから、最後に短く言葉を吐き捨てた。
「私は合唱なんて興味ないし、やりたきゃそっちで勝手にやってな」
直後、部屋のドアが大きな音を立てて閉まる。
取り残されたわたしたちは、ただ黙ってそれを眺めているしかなかった。
密閉された空間の中で、壁時計の秒針だけがリズム良く鳴っている。
そうして何分か過ぎた時、早百合がゆっくりと口を開いた。
「きっと、私が早とちりしてしまったんだよね。ごめん」
「早百合のせいじゃないよ! 元はといえば、わたしがしっかり考えてなかったからだもん。わたしがちゃんとしていればこんなことにならなかった。だから本当にゴメンね、美樹ちゃん」
それから、ずっと俯き続ける美樹ちゃんの方へと目を向ける。
初めの頃の明るさは消え、しばらくの間しおらしくしていた美樹ちゃんだったけど、やがて顔を上げ小さく呟いた。
「いいよ、大丈夫」
その言葉には、美樹ちゃんなりの精一杯の強がりと優しさが込められていた。
なのに、当のわたしはその上辺の部分だけを読み取って、呑気にほっとしてしまっていた。
「うーん、と。とりあえずさ、いつまでも暗い顔しててもしょうがないし、もしよければなんだけど、気分転換に何か一曲歌ってみない? 何かすぐ歌えそうなの、ある?」
早百合は少しだけ首をひねると、鞄から一枚の楽譜を取り出し、目の前に広げた。
「この曲なんてどうかな。有名な童謡がベースだし、パートも一つだけだから、オルガンを弾きながら一緒に歌えるよ」
「いいね! ほら、美樹ちゃんもよかったら一緒に、どう?」
美樹ちゃんはまだわずかに動揺していたけど、やがて静かに頷いた。
オルガンの椅子に早百合が座り、その周りにわたしと美樹ちゃんが並ぶ。
早百合はまず、お手本でメロディーを弾いてくれた。
なるほど、聞いたことがある上に覚えやすいメロディーで、これなら確かにすぐ歌えそうだ。
そして、いよいよオルガンに合わせて、一緒に声を出すことになった。
軽く息を吐いて準備する。
その後、早百合の合図に合わせ最初の音を出した。
部屋中には、しばしオルガンの音と、わたしと早百合の歌声が響く。……あれ?
「美樹ちゃん?」
美樹ちゃんはじっと楽譜を見つめながら、俯いて固く口をつぐんでいる。
どこか具合が悪いのかと思いそっと肩に触れようとすると、突然わたしの手を強く払いのけた。
「……ごめん、桜良ちゃん。うち、やっぱり無理だ。もう帰るね。今日は、ありがと」
まるで機械のような口調でそう告げると、美樹ちゃんは鞄を手に取り急いで部屋を後にする。
ドアが閉まる直前、辺りにはあの漆黒のもやが渦巻いていた。
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