19 / 87
第二章 さなぎ
(1) 白昼の泥棒
しおりを挟む
第二章 さなぎ
「合唱始めようなんて、気軽に言ったけどさぁ」
「うん」
「歌える場所なんて、そんな簡単にはないよね」
「……そうだよねぇ~」
白い息と共に二人の口から零れ出たのは、今後に対する弱音と素っ気ない相槌だけだった。
島の真ん中らへんに、高校の敷地よりも広い公園がある。
西の方から入ってすぐの辺りに屋根付きのベンチがあって、そこにわたしたちは向かい合って座っていた。
公園では、週末になると年中何かしらのイベントが行われていて、遠くの方からマイク越しに司会者のひょうきんな声が聞こえてくる。
そうした賑わいに加えて、鬼ごっこをしている子供たちの笑い声や、ジョギングする人たちの軽快な足音、地べたに座り込んだお兄さんが奏でるギターのしらべなど、あちらこちらから色んな音が耳に入ってきた。
こんな華やかな空気の中にいると、こうして何も喋らずただじっと見つめ合っているわたしたちって、実はもの凄く浮いているんじゃ? と思えてきて、だんだん居心地が悪くなる。
とりあえず、思い付きで何か言ってみるか。
「学校の空き教室か、それか、屋上を使わせてもらうとか。どう?」
「私たち、高校違うじゃん」
「ですよねぇ」
まあわかっていたことだけれど、改めてはっきり論破されると、がっくりする。
合唱を始めよう、と早百合に提案してからはや一週間。
今日は、初めてそのことについて具体的に考えてみる日だ。
言い出しっぺにもかかわらずたいして真剣に考えていなかったわたしに、真面目な顔で早百合が持ち出した議題は、「活動場所をどうするのか」ということだった。
普通に考えて、活動拠点なんてものは真っ先に決めなきゃならない、とても重要なことだ。
なのに、今まで「どうやって仲間を集めようか」ばかり悩んでいたわたしは、そんなことくらいなんとかなるさ、とはじめはたかをくくっていた。
しかし、いざこうしてじっくり考えると、この問題はなかなか難しい。
島にはカラオケボックスみたいな場所がないし、お互いの家とか、海辺などの屋外で行うのも果たしてどうなんだろう。
一応そこまではちゃんと考えて学校を提案してみたけれど、早百合の言う通りそもそも別々の高校だし、仮に一緒だったとしても正式な部でない以上、校内施設の使用はすんなりとは認められないだろう。
再び嫌な沈黙が流れる。
何となく考えるのに飽きてきて、ボーっと遠くの遊具を眺めてみた。
子供は風の子元気の子、とはいうけど、長袖をまくりあげ、滑り台を勢いよく駆け上る小学生くらいの男の子たちを見ていると、もう自分は子供じゃないのかな、と感じてきて、少しだけ寂しい気分になってしまう。
やがて子供たちも帰っていき、そろそろちゃんと考えようかと思ったその時、早百合が咄嗟に声を上げた。
驚いて視線の先を見ると、赤い首輪をつけた茶色い犬が、そばに置いていたはずのわたしのポーチをいつの間にかくわえていた。
「あっ」
犬は人間の声を聞くなり、入口の方に向かって走り出す。
呆気にとられてしまっているわたしをよそに、早百合が立ち上がった。
「待て、ドロボー!」
そしてそのまま犬の後をを追いかけていく。
わたしも気を取り直し、「ワンちゃんは、泥棒じゃないよ!」とさりげなく訂正しながら、さらに後を追った。
追いかけっこを始めてから、どのくらい経ったのだろう。
細い道を走りながらそろそろ疲れを感じてきた時、ワンちゃんが突然右に大回りして空き地を横切った。
そしてそのまま向こうに見える白い建物の方へと、全速力で走っていく。
やがて片隅にある大きな犬小屋に飛び込むと、そこで安心したのかワンちゃんは何事もなかったかのようにのんびりくつろぎ始める。
ポーチはその途中で離してしまったようで、近くの草むらにぽつんと放置されていた。
「よかったぁ、何とか取り戻せて。もう、本当にわんぱくなんだから」
呑気に大あくびをしているワンちゃんを横目に見ながらポーチを回収する。
奇跡的に目立った傷はないようだ。
一方、早百合はそのこでもわたしのポーチでもなく、建物の看板をじっと眺めていた。
「ねえ、桜良。見てよ、これ」
その建物は住居というよりは、どこかの施設みたいだった。
壁の塗装は少し剥げていて、所々ツタが絡まっている。
しかし、遠くから見るとさほど古さは感じない。
きっとそれは、玄関前に車椅子のスロープが伸びていたり、自動ドアから見える内装が明るかったりしたせいだろう。
外壁に取り付けられた看板には、黒い文字で
『音美ふるさと福祉館 会合、趣味活動御自由にどうぞ』
と書いてあった。
「ここさ、使わせてもらえないかな?」
早百合の提案に、段々と身体が高揚していくのを感じた。
「でかしたぞ、きみ! 大手柄だよ」
思わず犬小屋に向かって叫ぶ。
ワンちゃんは相変わらずあくびをしながら、へらへらと笑っていた。
「……メロちゃん! 帰って来てたのね」
突然後ろで声が聞こえ、原っぱの向こうから四十代くらいの女性が駆け寄ってきた。
その呼び掛けに反応しワンちゃんも小屋から駆け出すと、彼女の周りをくるくると回り始める。
しゃがみこんで頭を優しくなでながら、女性はわたしたちに気づくと声を掛けてきた。
「あら、可愛いお嬢さんたちじゃない。何か、福祉館にご用かしら」
「合唱始めようなんて、気軽に言ったけどさぁ」
「うん」
「歌える場所なんて、そんな簡単にはないよね」
「……そうだよねぇ~」
白い息と共に二人の口から零れ出たのは、今後に対する弱音と素っ気ない相槌だけだった。
島の真ん中らへんに、高校の敷地よりも広い公園がある。
西の方から入ってすぐの辺りに屋根付きのベンチがあって、そこにわたしたちは向かい合って座っていた。
公園では、週末になると年中何かしらのイベントが行われていて、遠くの方からマイク越しに司会者のひょうきんな声が聞こえてくる。
そうした賑わいに加えて、鬼ごっこをしている子供たちの笑い声や、ジョギングする人たちの軽快な足音、地べたに座り込んだお兄さんが奏でるギターのしらべなど、あちらこちらから色んな音が耳に入ってきた。
こんな華やかな空気の中にいると、こうして何も喋らずただじっと見つめ合っているわたしたちって、実はもの凄く浮いているんじゃ? と思えてきて、だんだん居心地が悪くなる。
とりあえず、思い付きで何か言ってみるか。
「学校の空き教室か、それか、屋上を使わせてもらうとか。どう?」
「私たち、高校違うじゃん」
「ですよねぇ」
まあわかっていたことだけれど、改めてはっきり論破されると、がっくりする。
合唱を始めよう、と早百合に提案してからはや一週間。
今日は、初めてそのことについて具体的に考えてみる日だ。
言い出しっぺにもかかわらずたいして真剣に考えていなかったわたしに、真面目な顔で早百合が持ち出した議題は、「活動場所をどうするのか」ということだった。
普通に考えて、活動拠点なんてものは真っ先に決めなきゃならない、とても重要なことだ。
なのに、今まで「どうやって仲間を集めようか」ばかり悩んでいたわたしは、そんなことくらいなんとかなるさ、とはじめはたかをくくっていた。
しかし、いざこうしてじっくり考えると、この問題はなかなか難しい。
島にはカラオケボックスみたいな場所がないし、お互いの家とか、海辺などの屋外で行うのも果たしてどうなんだろう。
一応そこまではちゃんと考えて学校を提案してみたけれど、早百合の言う通りそもそも別々の高校だし、仮に一緒だったとしても正式な部でない以上、校内施設の使用はすんなりとは認められないだろう。
再び嫌な沈黙が流れる。
何となく考えるのに飽きてきて、ボーっと遠くの遊具を眺めてみた。
子供は風の子元気の子、とはいうけど、長袖をまくりあげ、滑り台を勢いよく駆け上る小学生くらいの男の子たちを見ていると、もう自分は子供じゃないのかな、と感じてきて、少しだけ寂しい気分になってしまう。
やがて子供たちも帰っていき、そろそろちゃんと考えようかと思ったその時、早百合が咄嗟に声を上げた。
驚いて視線の先を見ると、赤い首輪をつけた茶色い犬が、そばに置いていたはずのわたしのポーチをいつの間にかくわえていた。
「あっ」
犬は人間の声を聞くなり、入口の方に向かって走り出す。
呆気にとられてしまっているわたしをよそに、早百合が立ち上がった。
「待て、ドロボー!」
そしてそのまま犬の後をを追いかけていく。
わたしも気を取り直し、「ワンちゃんは、泥棒じゃないよ!」とさりげなく訂正しながら、さらに後を追った。
追いかけっこを始めてから、どのくらい経ったのだろう。
細い道を走りながらそろそろ疲れを感じてきた時、ワンちゃんが突然右に大回りして空き地を横切った。
そしてそのまま向こうに見える白い建物の方へと、全速力で走っていく。
やがて片隅にある大きな犬小屋に飛び込むと、そこで安心したのかワンちゃんは何事もなかったかのようにのんびりくつろぎ始める。
ポーチはその途中で離してしまったようで、近くの草むらにぽつんと放置されていた。
「よかったぁ、何とか取り戻せて。もう、本当にわんぱくなんだから」
呑気に大あくびをしているワンちゃんを横目に見ながらポーチを回収する。
奇跡的に目立った傷はないようだ。
一方、早百合はそのこでもわたしのポーチでもなく、建物の看板をじっと眺めていた。
「ねえ、桜良。見てよ、これ」
その建物は住居というよりは、どこかの施設みたいだった。
壁の塗装は少し剥げていて、所々ツタが絡まっている。
しかし、遠くから見るとさほど古さは感じない。
きっとそれは、玄関前に車椅子のスロープが伸びていたり、自動ドアから見える内装が明るかったりしたせいだろう。
外壁に取り付けられた看板には、黒い文字で
『音美ふるさと福祉館 会合、趣味活動御自由にどうぞ』
と書いてあった。
「ここさ、使わせてもらえないかな?」
早百合の提案に、段々と身体が高揚していくのを感じた。
「でかしたぞ、きみ! 大手柄だよ」
思わず犬小屋に向かって叫ぶ。
ワンちゃんは相変わらずあくびをしながら、へらへらと笑っていた。
「……メロちゃん! 帰って来てたのね」
突然後ろで声が聞こえ、原っぱの向こうから四十代くらいの女性が駆け寄ってきた。
その呼び掛けに反応しワンちゃんも小屋から駆け出すと、彼女の周りをくるくると回り始める。
しゃがみこんで頭を優しくなでながら、女性はわたしたちに気づくと声を掛けてきた。
「あら、可愛いお嬢さんたちじゃない。何か、福祉館にご用かしら」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
透明の「扉」を開けて
美黎
ライト文芸
先祖が作った家の人形神が改築によりうっかり放置されたままで、気付いた時には家は没落寸前。
ピンチを救うべく普通の中学2年生、依る(ヨル)が不思議な扉の中へ人形神の相方、姫様を探しに旅立つ。
自分の家を救う為に旅立った筈なのに、古の予言に巻き込まれ翻弄されていく依る。旅の相方、家猫の朝(アサ)と不思議な喋る石の付いた腕輪と共に扉を巡り旅をするうちに沢山の人と出会っていく。
知ったからには許せない、しかし価値観が違う世界で、正解などあるのだろうか。
特別な能力なんて、持ってない。持っているのは「強い想い」と「想像力」のみ。
悩みながらも「本当のこと」を探し前に進む、ヨルの恋と冒険、目醒めの成長物語。
この物語を見つけ、読んでくれる全ての人に、愛と感謝を。
ありがとう
今日も矛盾の中で生きる
全ての人々に。
光を。
石達と、自然界に 最大限の感謝を。
せやさかい
武者走走九郎or大橋むつお
ライト文芸
父の失踪から七年、失踪宣告がなされて、田中さくらは母とともに母の旧姓になって母の実家のある堺の街にやってきた。母は戻ってきただが、さくらは「やってきた」だ。年に一度来るか来ないかのお祖父ちゃんの家は、今日から自分の家だ。
そして、まもなく中学一年生。
自慢のポニーテールを地味なヒッツメにし、口癖の「せやさかい」も封印して新しい生活が始まてしまった。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
君と奏でるトロイメライ
あさの紅茶
ライト文芸
山名春花 ヤマナハルカ(25)
×
桐谷静 キリタニセイ(25)
ピアニストを目指していた高校時代
お互いの恋心を隠したまま別々の進路へ
それは別れを意味するものだと思っていたのに
七年後の再会は全然キラキラしたものではなく何だかぎこちない……
だけどそれは一筋の光にも見えた
「あのときの続きを言わせて」
「うん?」
**********
このお話は他のサイトにも掲載しています
終わりのはじまり
momiwa
ライト文芸
20代の普通のOL、サキ。
恋をしたのは居酒屋経営者、ユウジ。
10歳の年の差カップルの日常は穏やかで、サキはいつまでも続いて欲しいと願っていた。
ただ、幸せな日々を求めていただけなのに……どこで道を間違えてしまったのだろう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる