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第一章 さかな

(終) ユラの子

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「貴女はこんな風に、悩んでいる人に手を差し伸べ、そして救えるだけのチカラを持っているの。
 時には厳しく諌めつつ、それでも最後には優しく抱きしめてあげる。それって、実は並大抵の人にできることじゃないのよ。
 そんなことができるのは、貴女がある素質を持っているからなの。それが〝ユラ〟よ」

「ユラ?」

 思わずキョトンとする。今まで十数年生きてきたけど、一度も聞いたことのない単語だ。

「ええ、説明してあげるわね。音美大島には、ある天命を授かって生まれてくる子が十年に一人の割合で存在するの。
 その天命とは、自身が『生き神』となって人々を悩みや不安から救い出す、ということよ。貴女はいわば、天から選ばれた子なの」

「は、はぁ」

 突拍子もない言葉にただ頷くことしかできないわたしに、『神様』は構わず話し続ける。

「私は島に根付く神として、貴女に助言をしたり、力を授けたりする。だから貴女は、それを元に人々を悩みから救い出してほしいの。それこそ、この前の早百合ちゃんの時みたいにね。
 大丈夫、貴女にはちゃんとそれができたのだから」

 『神様』はそう言って、わたしの手を上からそっと優しく握った。

 自分のことを神だなんていうそのお姉さんは、やっぱり少しうさん臭さを感じる。
 でも、その一方で握られた手から伝わる温かさは、徐々に不思議な力となり、わたしの心をしっかりと鼓舞してきた。

 まさに言うなれば、神秘的なチカラ。

 そんなものをじんわりと感じながらゆっくり目を閉じると、瞼の裏にいくつかのシーンが映画のように流れ始めた。

 夢で出会った優しいお姉さん。
 まるで友達のような、彼女との会話。
 海辺で早百合を抱き締める。
 一緒に海に飛び込み、水を掛け合ってはしゃいだ。
 部長や副部長たちとの和解。
 合唱という、新たな夢の始まり。

 そして早百合が何度も伝えてくれた、「ありがとう」の言葉。

 やがてゆっくりと瞼を開き、隣にいる『女神様』の全身を一通り見つめてから、確かに感じたことをそのまま伝える。

「わたし、そのユラになればいいんだよね?」

 『女神様』はなぜか驚いたように両手を口元にあてると、疑心暗鬼といった感じで聞いてきた。

「……いいの、本当に??」

「いいも何も、神様が言い出したことでしょ? まあ、もちろん最初は驚いたし、変な状況に全然ついていけなかったけどさ!
 でも、早百合を悩み事から救えたのは、そのユラっていうののチカラのおかげなんでしょ? だったらわたし、これからもっと色んな人を助けてみたい! 自分の持ってる可能性を、信じてみたくなったの。それに……」

 さっきから何度も驚かされてきた分、お返しとばかりに悪戯っぽく笑みを浮かべてから、なおも疑うその人の耳元で囁く。

「わたしたち、もう友達だもんね」

 『女神』のお姉さんの頬が、わずかに紅色に染まった。


 お姉さんが言うには、元々音楽の神様の系譜だそうで、わたしたちの合唱活動を陰ながら見守って、そっとサポートしてくれると約束してくれた。
 神様のご加護があるならきっと心強い。

 とはいえ、逆にこう支えてもらってばかりというのも何となく気が引けたから、代わりに一つ提案してみる。

「そういえば、女神様って名前がないんだよね? だったら、わたしが名付けてあげるよ!」

 こう見えて、色んなものに名前を付けるのは得意だ。
 女神様の特徴から、いい呼び方を考えてみる。

 神様、音楽、裏山、洞穴、お茶目、名前がない、無名、名無し……。名無し!

「ナナ様だ! 名無しの女神様の略で、ナナ様とかどう?」

 お姉さんは、視線を落としぶつぶつと呟いている。

 あれ、お気に召さなかったかな?
 一瞬だけ不安に思ったけど、すぐに満面の笑みで、
 「凄くいいわ! よろしくね、桜良ちゃん」と、返ってきた。

「桜良でいいよ。友達でしょ?」

「……うん、桜良!」


 こうしてわたしとナナ様の奇妙な契約関係が始まった。
 島の女神様との出会いをきっかけに、これから先嬉しいことや辛いこと、様々な出来事が次々と目の前に立ちはだかることになる。

 でも、今のわたしはそんな先のことなど知るよしもなく、平凡な毎日に突然訪れたワクワク過ぎる体験を、せっかくなら存分に楽もう、と呑気に考えているのだった。


第一章 さかな   終

第二章につづく…



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Shooterです。
第一章までお読みいただきありがとうございました!
いよいよ早百合と一緒に一から合唱を始めるという夢を見つけた桜良。
また、島の女神様との出会いによって、物語が果たしてどのように進んでいくのか。
是非これからの展開にご期待ください!
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