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第一章 さかな

(14) 飛び魚のバタフライ

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 ひとしきり泣き終えてから、早百合ちゃんのぐちゃぐちゃな顔を眺めつつ、自分の頬をそっと拭う。
 涙と潮風のせいで、気持ち悪いほどにべたついていた。

 なんだか無性におかしくなってきて、思わず自嘲気味に呟く。

「ひどい顔だね、わたしたち」

 早百合ちゃんも小さく吹き出すと、涙混じりの笑顔で応じた。

「ほんと、だね」

 それから、二人ともに身体を水平線の彼方へ向ける。
 夕陽は今日一日の役目を終えて家に帰ろうか、と海の底に潜り始め、紅い光が水面に反射し、ノスタルジックな雰囲気を醸し出していた。

 それを見ていると、だんだん不思議な感情が沸き起こってくる。
 そのまま水平線をめがけ、わたしは桟橋を勢いよく駆け出した。

 さっきまでいた先端が段々と近づく。
 それでも足の勢いは全く落ちることなく、そのまま飛び魚みたいな体勢で、揺れる海面に思いっきりジャンプした。

 大きな水音が、静謐な海辺の中で大げさに響く。

「桜良ちゃん!?」

 海面から、ぷはっ、と顔を出すと、早百合ちゃんが慌てて近くまで駆け寄ってきた。
 あたふたするその顔に向け、精一杯力を込めて叫ぶ。

「ねえ、こうしたら泣き顔が消えると思わない? ほら、早百合ちゃんも!」

 はじめは困惑した様子の早百合ちゃんも、やがて決意したように、わかった! とうなずくと、恐る恐る海に入る。
 水飛沫が再び大きく跳ね上がた。

「……桜良ちゃん、楽しいね!」

 気づかないうちに背後から思い切り沢山の水を掛けられた。

「やったな。えい!」

 負けじと、力を込めてやり返す。

 しばらくの間、二匹の魚は互いに水を掛け合ってはしゃいでいた。
 いつの間にか、辺りのもやは完全に消えていた。


「ううっ、寒い」

 身体をぶるぶると震わせながら砂浜の上を歩くわたしたち。

 そりゃあ、無理もない。
 いくら南の島とはいえ、もうとっくに十一月なんだから。

 思えばなんて危険で、馬鹿な真似をしてしまったんだろう。
 服のまま勢いよく冷たい海に飛び込むだなんて。

 しかもさらに間抜けなことに、ポケットになんとスマホを入れっぱなしにしていたから、もう完全に壊れてしまった。
 びしょ濡れの件も含め、どんな風にお母さんに言い訳すればいいんだろう。

 ……ああ、お姉さん。もう一度だけわたしを助けて。

 これから待ち受けるであろう修羅場にうち震えていると、少し後ろの方で早百合ちゃんが鼻をすすりながら、ふふっ、と笑った。

「なんかずぶ濡れになっちゃったけど、久しぶりにすごく楽しかった! 
 何度も言うけど、ありがとね、桜良ちゃん。こんな私を、暗闇から救ってくれて」

 そして、さっきまでの大人っぽいものではなく、まるで昔の時のようなあどけない表情で、満面の笑みを浮かべてみせる。
 それを見て、さっきまでの憂いは全て吹き飛び、思わずピースサインを作って叫んだ。

「どういたしまして。てか、当たり前じゃん。だってわたしたち、友達だもんね!」


 あれから何日か経った後。
 とある下校時刻の北平高校裏門には、数人の女子高生たちが制服姿で集まっていた。

 一人だけ他校生のわたしと、もう一人早百合ちゃんは柵の前に立って、その周りを合唱部員の生徒たちが取り囲んでいる。
 みんなわたしたちを蛇のように睨みつけ、集団の奥の方では二人の生徒が腕組みしたままじっと黙っている。

 きっとその人たちが、部長と副部長だろう。と何となく思ったけど、確認している暇はなさそうだ。
 部室がまだ使えない関係で、しかたなくこの場所にみんなを集めたものの、正直ほかの生徒たちの目が痛いしやめとけばよかった……。

 そして、当の早百合ちゃんは、毅然とした態度で辛うじて踏ん張っている様子だったけど、唇はぐっと閉まり、膝が小刻みに震えているのは、端から見てもわかった。
 緊張でこわばったその肩をそっと掴むと、こっそりと耳元で囁く。

「大丈夫、もしもの時はわたしがいるから」

 それを聞いてちょっとでも安心したのか、早百合ちゃんは一度唾を飲むと、立ちはだかる部員たちを前に勢いよく叫んだ。

「バトンを盗んだのは私なの。本当にごめんなさい!」

 そしてそのまま深々と頭を下げる。
 周りの部員たちは、突然の告白にとても驚いた様子だった。
 しばらくして真正面の短髪の子が睨みながら早百合ちゃんの肘を思い切りどつく。

「おい、一体どういうことだよ!」

「……私、合唱部をはめようとした。自分の思い通りにならないからって、部に罪をなすりつけようとしたの。
 許されないことをしたと思ってる。本当にごめんなさい!」 

 早百合ちゃんはよろめきながら、なおも頭を下げ続ける。
 部員たちの怒りはやがてピークに達し、別の子が怒鳴り散らした。

「お前、マジふざけんなよ! よくも、こんな時にのこのこ出てこれたよね。一体あたしたちがどんな目にあったのか、わかって言ってんの?」

「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」

 傍らの幼馴染は、その後周りからどんな罵声を浴びてもひたすら堪えながら謝り続ける。
 それでもなお怒りが収まらず、ある生徒が彼女に手を上げようとした、その時。


「……いい加減にしなよ!!」

 思わずかなりの大きな声が出てしまった。
 部員たちはもちろん、門を通り過ぎる北平生もその声にびくっとしていた。

 はっと我に返り、少しだけ顔が熱くなってくる。
 ゆっくりとはやる心を鎮めながら少し冷静に状況を確認すると、周りでは少しだけ不思議な現象が起きていた。
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