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33 第一声

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「強いといいますか……」

 団長室の長椅子のかたわら。
 スタンレーの目覚めを待ちながらコニーがつぶやいた。
 横たわる男の頭のほうにはマリウスもいる。
 その問いかけを彼女に投げかけた半獣人の青年は、口を切りはじめた娘の顔を見上げて黒髪の中に埋れている三角の耳をスッと彼女に向ける。
 コニーの顔は、スタンレーが目覚めないこともあってか苦々しい。

「まあ、さっきのはほんのこけおどし程度の魔法ですけど……一応私も魔法学園で魔法使い科に在籍していたこともありますから……」

 それを聞いたマリウスが、へえと相槌を打つ。

「王立の? すごいじゃない」

 王都にある、王立魔王学園は、国内外から優秀な子供が集められる有名校だ。才能があれば貧しくとも入学できるが、その敷居はなかなかに高い。
 特に中でも攻撃魔法を扱うような学科は、王国の宮廷魔術師や魔法騎士を目指せるとあって人気も高い。つまり、人気に比例して入学の倍率も高く、在籍するだけでも一苦労なのだ。
 孤児院出身のコニーがそこにいたというのならば、確実に授業料の免除を受ける程度には優秀だったということのはず。感心したふうのマリウスに、コニーは苦笑いする。

「お察しの通り、私学は学費が高いですしね……王立の学園だと成績さえ維持すれば寮費もある程度免除されますし。早く孤児院も出たかったので……」

 しかしコニーは、少し頭を傾けて頬を掻く。

「でも性に合わなくて。一年ほどで、魔法使い科から魔法薬学のほうへ移ってしまったんです」
「あれ、そうなんだ?」

 気恥ずかしそうなコニーに、マリウスはもったいないという顔。
 王立の学園では、魔法使い科を卒業できれば、ほとんどの者がそのまま王国に採用される。そうでなくても実力の確かな魔法使いは各所で引く手数多である。きっと町で働くよりももっと安定した収入があっただろう。
 そう言いたげなマリウスに、コニーは「ええ、そうなんです……」と、どこか曖昧に笑い。
 そんな娘の顔にどこか違和感を覚えたらしい青年は「?」と、不思議そうに耳をパタパタさせたが……
 金の髪の娘は「それで」と、話をもとに戻す。

「だから私、魔法は使えるんですけど、免状は魔法薬師のものだけでして……魔法使いのものはないんです。だから……もし先ほどの魔法使いが今回のことで訴えを起こしたらまずいかも」

 免状を焼き払うことについては特に罪となるような法はないが、攻撃魔法だったと言われれば、まあ、言い逃れはできないだろう。あははと軽く笑うコニーに、マリウスは呆れを見せつつ苦笑で応じる。

「まあ……それは大丈夫だよ。あっちもスタンレー様に免状を見せることなくこうして被害を負わせているわけだし。訴え出れば、逆に騎士団長に害なしたと見なされて大ごとになる。なにせ、これでもスタンレー様は国の英雄だしね……怖くてそんなことできないと思うよ。おまけにコニーちゃんはスタンレー様に正式に解呪を依頼されてるんだし」

 解呪中の危険な妨害行為としてこちらが訴えればあちらもただではすむまい。そう言うマリウスに、コニーがなるほど……とつぶやいた時……

 長椅子の上のスタンレーの手が、ピクリと動いた。

「あ……」

 気がついたコニーは、咄嗟に彼の手を取って。不安そうにその名を呼ぶ。

「スタンレー様……?」

 マリウスもハッとしたようにスタンレーに視線を戻す。と、息を殺して見守る二人の前で、黄金の瞳がゆっくりと、薄く開けられた。
 それを見た二人は、同時に安堵の息を吐く。
 スタンレーはぼんやりしているが、大事はなさそうだった。そのまま彼は長椅子の上に半身を起こして。くぁああと大きな口を開けて大あくび。
 気持ちよさそうに伸びをする獣人男に、マリウスがやれやれと、緊張していた肩をホッと落とす。

「……はあ、よかった、なんともなさそうだね……」
「?」

 マリウスが言うと、スタンレーは、なんのことだと言いたげな顔をして。
 しかし、青年に言葉を向けられたコニーの顔はいまだ硬い。

「いえ、まだ……スタンレー様大丈夫ですか? どこか苦しいところはありませんか?」

 かたわらに膝をついたまま、男の様子を見上げていたコニーが問いかける。と、娘の心配そうな白い顔色に気がついたスタンレーが、ぼんやりしたまま不思議そうに瞬く。

「?」

 そして大きな赤い手をコニーの頭の上にぽすっと乗せて。

 何があったと問うように、首を傾げて──……言った。



「────にゃん?」



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