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32 免状
しおりを挟む「……型通り術を完成させても……それは完璧とは言いません」
静かで厳しい声は重く響く。
「完璧な解呪とういうものは……きちんと呪いを受けた方の状況を診て、それに完全に合わせてから言うものです」
コニーは普段の様子からは考えられないほど、冴え冴えと冷たい目で魔法使いを刺していた。
声は冷静だったが、全身からは怒気が溢れている。
怒りで顔色を失った白い顔に、拭って横に走った赤い血の色が鮮明で……彼女の怒りをまざまざと感じた魔法使いは、その壮絶さに怯んだ。
ただ座り込んで身体が固まったように動かない男に、コニーは沸々とした怒りを堪える。
「スタンレー様の呪いには、解呪に対する罠がかけてありました……それをろくに呪式を診もせず……よくもスタンレー様を危険に晒しましたね……」
言いながら彼女が魔法使いのほうへ一歩進み寄ると──彼女の表情の無い顔にぱらりと前髪が落ちた。
「!」
それを見た瞬間、魔法使いの肩が揺れる。
静かな怒りをたたえた娘の瞳に金糸で影ができると、まるで暗がりから何か得体の知れないものにひたりと狙われるような、そんな感覚に囚われた。──なぜなのかは分からない。だが、確実に言えることは、己は、この大人しそうな娘のことを完全に見誤っていた。魔法使いはそれを悟る。
しかしと、男は目を吊り上げる。
娘は身体つきも頼りなく、身なりも質素。そんな娘に己が侮られてなるものかとプライドに障った彼は──
とっさに手にしていた杖を娘に向かって勢いよく突き出した。
が──
「っ!」
途端それは何かに弾かれて、どこかへ飛んで行ってしまう。
「な……っ」
「……」
唖然とする魔法使い。彼が目で杖を探しているうちに、コニーは彼の傍まで歩いて行った。彼女の接近に気がついた魔法使いは息を呑む。
そんな彼に、娘は、つと指先を振る。
──と、魔法使いの懐のうちから何かが飛び出て来て、コニーの白い手に引き寄せられるように収まった。
それは小さな筒状の──魔法使いたちの免状。
男はこれを、解呪を受けるスタンレーに提示することすらなく術を掛けた。
専門家として依頼され、金銭の受領がある場合は、しっかりと術の対象者に資格と経歴を明かすことは必須。
魔法は術者の技量や裁量で様々変化する。回復魔法であったとしても、それは時に毒になることもある危険なもの。
それをあのようにいきなり掛けるなど……たとえ回復魔法であっても緊急事態を除き、王国で魔法を使うものとしてはあるまじき行為である。
コニーは男の免状を、彼自身に見せるように目の前に突きつけた。
この中身にどんな華々しい経歴が記されているのかは知らないが、もはや確かめる必要性も感じない。
コニーは座り込んで己を睨んでいる魔法使いを見下ろして、静かだが、きっぱりと言った。
「……今のあなたにこれを持つ資格はありません」
「!」
冷たい目をした娘がそう言うと、免状の筒の上の端に、ぼっと炎が点る。
「! な、何をするやめ──っ」
青ざめた魔法使いが、慌てて免状に手を伸ばした──瞬間。
そこに激しい音を立てて雷が走った。
雷は魔法使いの鼻を擦り──彼が手を伸ばした免状は跡形もなく焼き尽くされていた。
「な……」
燃えカスがパラパラと宙を舞う。魔法使いは、その黒い塵を呆然と眺めた。
魔法使いたちの免状には、王国の高位な魔法使いの手によって堅固な守りの魔法が掛けられている。容易く燃やせるような代物ではない、はず……なのだが……
あっさりと消し炭にされた免状に、困惑した男は言葉を失くす。
そんな彼に、コニーは言い捨てた。
「……去りなさい。もう一度魔法使いを名乗りたくば、学園で一から学びなおすことね」
冷酷な顔には、カケラの慈悲もなかった。
「………………コ、コニーちゃん……?」
魔法使い男が逃げるように出て行って。ついでに彼を連れて来た令嬢も、侍女に引きずられるようにして団長室を後にしたあと。
一連の様子を見ていたマリウスは……上擦った声でコニーに呼びかける。
つい今し方……彼が目撃したコニーの様子はただ事ではなかった。
厳しく、毅然とした様子もさることながら……身から放たれる威圧感は、それを向けられてもいないマリウスにすら畏れの感情抱かせた。戦場に立ったこともある騎士のマリウスにだ。
まだ経験も浅そうなあの魔法使いや、ましてや温室育ちの令嬢ではとても耐えられるものではなかっただろう。
マリウスはおそるおそる問う。
「もしかして……コニーちゃんって……結構強い……?」
ここに来てからずっとコニーは温和な顔しか見せていない。
てっきり大人しい娘だと思い込んでいたのだが、もしや違うのか……とマリウス。が……
コニーは、ちょっと叱るような顔で彼を見る。
「マリウス様? 今はスタンレー様のご容態のほうが先ですよ」
「あ……うん、まあ、そうなんだけどね……うん」
マリウスは釈然としないながらも、全くもってその通り、と、スタンレーのそばに戻って来るコニーに頷いた。
娘の顔は冷静で、すでにそこに怒りはない。
だがなんとなく……先ほどの、彼女の恐ろしく冷えた表情を思い出すと……
大人しく従っていたほうが身のためだなと思ったマリウスは……達観したような凪いだ顔で、コニーにそっとハンカチを差し出した。
「……鼻血、すごいよ……拭いてね……」
「あ……」
そうだったと慌てる娘は、もうすでに、いつものコニーだった。
──そんな彼らの見守る中で。しかし幸いなことに、長椅子の上のスタンレーは、いつの間にかすやすやと寝息を立てているのであった……
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