3 / 49
2
しおりを挟む
初めて訪れた王国騎士団の本部棟。
その最上階に連れて行かれたコニーは、緊張した面持ちでそこに立っていた……
広い執務室。石造りの重々しい部屋の奥には頑丈そうな大きめの執務机。
室内の空気が息がつまりそうに重いのは……その向こうでこの部屋の主人が重苦しい顔で座っているせいだった。
主人の名は……スタンレー・ブラックウッド。
この部屋の主人であり、この騎士団の長。
大柄で堂々とした肉体と凛々しい狼の顔を持つ、獣人族の騎士。現在、町で皆が称賛しまくっている話題の人。剣術大会を三連覇した──その人だった。
(ひぇっ……)
まさかの人物の登場に、コニーの額に汗がにじむ。
コニーはこれまで、彼を遠くから見たことはあったが、高名な騎士団長を、こんなに間近に見たことなど一度としてなかった。
そんな彼──スタンレー・ブラックウッドは、ただそこに座っているだけだというのに……その身からにじみ出る威圧感は凄まじかった。
大きな革張りの椅子に腰を下ろした彼の毛並みは燃えるような赤銅色。その豊かな毛並みの上に、銀糸で美しい刺繍の施された黒い団服をまとっている。格式高い上質の衣に包まれた身体は、服の上からでも分かるほどに屈強で。
それに狼の顔にも特有の迫力がある。研ぎ澄まされたような瞳の色は黄金色で。不機嫌そうなあの口の中の牙も、きっとさぞ鋭利で立派なことだろう。
「………………」
彼がパックリ口を開いた姿を想像したコニーは、思った。
──……、……、…………怖い……!
彼の威圧感にあてられたのか、さー……と血の気が引く音が聞こえるような気がした。
一応、おそらく依頼人だろう彼の手前、一端の社会人として頑張って背筋を伸ばして毅然と立ってみたのだが……
心の中は正直だった。
青ざめて、若干緊張で気が遠くなる。住む世界が違う──コニーは思わずそう感じた。
さすがは猛者の集まる大会の覇者。しかも三連覇。堂々たる風格だった。
そんな彼の前に立たされたコニーは青ざめたまま思った。
(……この方の前でいったい私にどうしろと……)
おそらくここに呼ばれたからには何か依頼されるのだろうが……今のコニーはまさに大蛇に睨まれたチビガエル。緊張できっと何事もうまく出来ないだろうという気がした。
(粗相をしたら、あの目に睨まれるのかな……)
それはとても怖かった。想像するとさらに血の気が引く。
騎士団長スタンレーは、連れて来られたコニーを見てもなぜかムッとしたまま無言である。
無音の室内に漂う緊張感に、コニーは心臓がドキドキしてたまらない。この威圧感と緊張感を前にしては、身動きすることすらも躊躇うというものだが……コニーはなんとかこの現状を打開せねばと思った。こうしてブルブルしていたって何もはじまらない。黙っていては、恐怖が膨らむばかりである。
活路は……きっと一つ。それは、内容はまだ不明だが──彼の依頼を見事に達成するということだ。
(よ──よ、し……だ……大丈夫、大丈夫……私なら、できる、…………よし!)
コニーは勇気を振り絞った。
プルプルしながら顔を上げ、決意のこもった目でスタンレーに、
「ご依頼はいったいなんでしょうか!? なんであれ精一杯やらせていただきます!」
──と……宣言する──
つもり──だった……、のだが……
コニーが口を開く直前に、彼女の視線の先で狼顔の騎士団長の口がわずかに動く。
その気配にビクッとたじろぐコニー。……に……
かけられたスタンレー・ブラックウッドの第一声。それが──
『……ワン』
……だったのである……
その最上階に連れて行かれたコニーは、緊張した面持ちでそこに立っていた……
広い執務室。石造りの重々しい部屋の奥には頑丈そうな大きめの執務机。
室内の空気が息がつまりそうに重いのは……その向こうでこの部屋の主人が重苦しい顔で座っているせいだった。
主人の名は……スタンレー・ブラックウッド。
この部屋の主人であり、この騎士団の長。
大柄で堂々とした肉体と凛々しい狼の顔を持つ、獣人族の騎士。現在、町で皆が称賛しまくっている話題の人。剣術大会を三連覇した──その人だった。
(ひぇっ……)
まさかの人物の登場に、コニーの額に汗がにじむ。
コニーはこれまで、彼を遠くから見たことはあったが、高名な騎士団長を、こんなに間近に見たことなど一度としてなかった。
そんな彼──スタンレー・ブラックウッドは、ただそこに座っているだけだというのに……その身からにじみ出る威圧感は凄まじかった。
大きな革張りの椅子に腰を下ろした彼の毛並みは燃えるような赤銅色。その豊かな毛並みの上に、銀糸で美しい刺繍の施された黒い団服をまとっている。格式高い上質の衣に包まれた身体は、服の上からでも分かるほどに屈強で。
それに狼の顔にも特有の迫力がある。研ぎ澄まされたような瞳の色は黄金色で。不機嫌そうなあの口の中の牙も、きっとさぞ鋭利で立派なことだろう。
「………………」
彼がパックリ口を開いた姿を想像したコニーは、思った。
──……、……、…………怖い……!
彼の威圧感にあてられたのか、さー……と血の気が引く音が聞こえるような気がした。
一応、おそらく依頼人だろう彼の手前、一端の社会人として頑張って背筋を伸ばして毅然と立ってみたのだが……
心の中は正直だった。
青ざめて、若干緊張で気が遠くなる。住む世界が違う──コニーは思わずそう感じた。
さすがは猛者の集まる大会の覇者。しかも三連覇。堂々たる風格だった。
そんな彼の前に立たされたコニーは青ざめたまま思った。
(……この方の前でいったい私にどうしろと……)
おそらくここに呼ばれたからには何か依頼されるのだろうが……今のコニーはまさに大蛇に睨まれたチビガエル。緊張できっと何事もうまく出来ないだろうという気がした。
(粗相をしたら、あの目に睨まれるのかな……)
それはとても怖かった。想像するとさらに血の気が引く。
騎士団長スタンレーは、連れて来られたコニーを見てもなぜかムッとしたまま無言である。
無音の室内に漂う緊張感に、コニーは心臓がドキドキしてたまらない。この威圧感と緊張感を前にしては、身動きすることすらも躊躇うというものだが……コニーはなんとかこの現状を打開せねばと思った。こうしてブルブルしていたって何もはじまらない。黙っていては、恐怖が膨らむばかりである。
活路は……きっと一つ。それは、内容はまだ不明だが──彼の依頼を見事に達成するということだ。
(よ──よ、し……だ……大丈夫、大丈夫……私なら、できる、…………よし!)
コニーは勇気を振り絞った。
プルプルしながら顔を上げ、決意のこもった目でスタンレーに、
「ご依頼はいったいなんでしょうか!? なんであれ精一杯やらせていただきます!」
──と……宣言する──
つもり──だった……、のだが……
コニーが口を開く直前に、彼女の視線の先で狼顔の騎士団長の口がわずかに動く。
その気配にビクッとたじろぐコニー。……に……
かけられたスタンレー・ブラックウッドの第一声。それが──
『……ワン』
……だったのである……
0
お気に入りに追加
290
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします
天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。
側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。
それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
王子妃だった記憶はもう消えました。
cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。
元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。
実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。
記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。
記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。
記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。
★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日)
●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので)
●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。
敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。
●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる