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 初めて訪れた王国騎士団の本部棟。
 その最上階に連れて行かれたコニーは、緊張した面持ちでそこに立っていた……
 広い執務室。石造りの重々しい部屋の奥には頑丈そうな大きめの執務机。
 室内の空気が息がつまりそうに重いのは……その向こうでこの部屋の主人が重苦しい顔で座っているせいだった。
 主人の名は……スタンレー・ブラックウッド。
 この部屋の主人であり、この騎士団の長。
 大柄で堂々とした肉体と凛々しい狼の顔を持つ、獣人族の騎士。現在、町で皆が称賛しまくっている話題の人。剣術大会を三連覇した──その人だった。

(ひぇっ……)

 まさかの人物の登場に、コニーの額に汗がにじむ。
 コニーはこれまで、彼を遠くから見たことはあったが、高名な騎士団長を、こんなに間近に見たことなど一度としてなかった。
 そんな彼──スタンレー・ブラックウッドは、ただそこに座っているだけだというのに……その身からにじみ出る威圧感は凄まじかった。
 大きな革張りの椅子に腰を下ろした彼の毛並みは燃えるような赤銅色。その豊かな毛並みの上に、銀糸で美しい刺繍の施された黒い団服をまとっている。格式高い上質の衣に包まれた身体は、服の上からでも分かるほどに屈強で。
 それに狼の顔にも特有の迫力がある。研ぎ澄まされたような瞳の色は黄金色で。不機嫌そうなあの口の中の牙も、きっとさぞ鋭利で立派なことだろう。

「………………」

 彼がパックリ口を開いた姿を想像したコニーは、思った。

 ──……、……、…………怖い……!

 彼の威圧感にあてられたのか、さー……と血の気が引く音が聞こえるような気がした。 
 一応、おそらく依頼人だろう彼の手前、一端の社会人として頑張って背筋を伸ばして毅然と立ってみたのだが……
 心の中は正直だった。
 青ざめて、若干緊張で気が遠くなる。住む世界が違う──コニーは思わずそう感じた。
 さすがは猛者の集まる大会の覇者。しかも三連覇。堂々たる風格だった。
 そんな彼の前に立たされたコニーは青ざめたまま思った。

(……この方の前でいったい私にどうしろと……)

 おそらくここに呼ばれたからには何か依頼されるのだろうが……今のコニーはまさに大蛇に睨まれたチビガエル。緊張できっと何事もうまく出来ないだろうという気がした。

(粗相をしたら、あの目に睨まれるのかな……)

 それはとても怖かった。想像するとさらに血の気が引く。
 騎士団長スタンレーは、連れて来られたコニーを見てもなぜかムッとしたまま無言である。
 無音の室内に漂う緊張感に、コニーは心臓がドキドキしてたまらない。この威圧感と緊張感を前にしては、身動きすることすらも躊躇うというものだが……コニーはなんとかこの現状を打開せねばと思った。こうしてブルブルしていたって何もはじまらない。黙っていては、恐怖が膨らむばかりである。
 活路は……きっと一つ。それは、内容はまだ不明だが──彼の依頼を見事に達成するということだ。

(よ──よ、し……だ……大丈夫、大丈夫……私なら、できる、…………よし!)

 コニーは勇気を振り絞った。
 プルプルしながら顔を上げ、決意のこもった目でスタンレーに、

「ご依頼はいったいなんでしょうか!? なんであれ精一杯やらせていただきます!」

 ──と……宣言する──

 つもり──だった……、のだが……

 コニーが口を開く直前に、彼女の視線の先で狼顔の騎士団長の口がわずかに動く。
 その気配にビクッとたじろぐコニー。……に……

 かけられたスタンレー・ブラックウッドの第一声。それが──





『……ワン』

 ……だったのである……





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