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1 偏愛のはじまり
しおりを挟むそれはこの日の朝。まだ朝靄も晴れぬ早朝にはじまった。
この頃、王都は最近行われた夏季の剣術大会の話題で持ちきりで。昼間となれば、町は大会を三連覇したスタンレー・ブラックウッドの勇姿を褒め称える声で溢れかえっていた。
けれども彼女が町を歩いていたこの時間は、夜と朝の狭間のような時刻。昼間とはうって変わった静かな光景にどこかホッとしつつ……彼女は家路を急いでいた。
娘の手には大きめのカゴ。中には摘んできたばかりの薬草が沢山入っている。
コニーはこういった素材を使い、魔法で薬を作りながら暮らしている娘だった。
魔法薬の店を兼ねる工房を一人で切り盛りしている彼女は、客が来る昼間はなかなか工房を空けられない。だから薬草の採取はもっぱら早朝。
それに彼女の右の頬には生まれつき大きなアザがあって……コニーはそれを人に見られるのがあまり好きではなかった。
日中は人目が気になってフードを被り、黒い襟巻きを頬あたりまで巻きつけている。
おかげで余計人々から怪しまれているような気もしたが……それでも町で同じ年頃の娘たちのきれいな素肌を見たりすると……素顔で表に出る気にはなれなかった。
けれどもこんな早朝ならば。
人も少なく人目を気にする必要はない。コニーはこういう時間が一番好きだった。
もちろん人目を避け続ける自分がいいとは思っていない。が……朝摘みの薬草は効果が高いものも多いので、今はこれでいいと思っている。
さて、そうして彼女はこの日もまだ暗い時間に外へ出て。薬草摘みを終えた夜明けごろ、うっすら明るくなった町中を一人帰路についていた。
……と、自宅前までたどり着いたコニーは、ふと足を止める。
朝霧の中、己の工房の前に誰かがひっそりと立っているのに気がついた。コニーは咄嗟に素早く襟巻きを鼻の上にまで引き上げる。
(……誰だろう……依頼人?)
彼女の工房は町外れにあって、こんな朝早くに誰かがいるなんてことはほとんどない。
あるとすれば少し後ろ暗いところがあるような依頼人か。
案の定、謎の訪問者は顔を隠すようにフードを目深にかぶっている。
一瞬怪しんだコニーはローブの内側、腰裏につけてある杖のホルダーに手を伸ばす、が……
訪問者は帰って来たコニーに気がつくと、周囲を気にしながら近づいて来て、静かにフードを下ろした。
「失礼お嬢さん、怪しい者ではありません」
「!」
そこから現れた端正な青年の顔と──三角の獣の黒い耳……よりも。
コニーは彼の格好が気になった。
(あら……? この徽章は……)
男はどうやら半分獣、半分人族の半獣人。その顔は知らぬ顔ではあったが、薄い朝日の中、彼の服の襟に王国騎士の徽章がのぞいている。よくよく見ると、フード付きのローブの下には騎士団の制服を着ているようだ。
王国騎士ならば、この王都の外れの町でもよく見かける。コニーはほっと警戒を解く。
しかし不思議には思った。王国騎士がこんな夜明けにいったい何の用だろう?
だが騎士は戸惑うコニーに依頼があるとだけ告げて。彼女を王城の敷地内にある、王国騎士団の本部棟へ招いたのだった……
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