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後日談

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「……やっぱり貴方様ですか……」
 城から来たという使いを前にして、ミリヤムはしらっとした表情でその男を見た。
 すると、その応接間の長椅子に座っていた大柄な黒い人狼──その彼女の婚約したてのヴォルデマーにそっくりな彼の兄、ギズルフはじろりとミリヤムを睨む。
「貴様、遅いではないか! お陰で祖母にくそ甘い菓子を押しけられてしまった……!!」
 何故かその目に若干怯えが入っていると思ったら、彼の目の前のテーブルには色とりどり種類も様々な、サラの手作りらしき菓子達が所狭しと並んでいる。
 ギズルフはそれを戦々恐々と横目で睨んでいる。彼は甘いものが物凄く苦手なのだ。
 その体躯の良い人狼の様子にミリヤムがため息をつく。
「はー……暇ですか若様? ですから毎度毎度送迎していただかなくて結構ですと申し上げているのに……」
 と、男は眉間の皺を深くする。
「誰のせいだと思っている!? その枯れ木のように今にも折れそうな手足で貴様が無謀にもクローディアを追い掛け回すから色々とややこしい事態になっているのであろうが!! クローディア周辺のお節介なやつ等が貴様に良い感情を持っていないとどうして分からない!? はー……もしそいつらがお前に何かしたらと思うと……俺はヴォルデマーとクローディアとの間で板ばさみで胃が痛い!! 手元で監視していたほうが幾らかマシだ!!」
 ギズルフは壮絶に疲れた様子で顔を手で覆う。
「はー……なるほどお……」
 しかし、とミリヤム。
「私め、絶対に己が結婚するよりも先に若様とクローディア様にご結婚頂きたいんですよねえ……あのふわふわの純白の乙女様を私めは射止めたい!! あの女神様の虫けらをご覧になるような視線が和らぐ所を是非見たいのでございます!!」
 そう言うミリヤムは先日もクローディア嬢を付回し、ギズルフが言う通り彼女の友人に見つかって領内を散々追い掛け回された。その時は婚約式もまだで、相変わらずメイド服を着ているミリヤムを、クローディアの友人達は誰も彼女がヴォルデマーの婚約者だとは思わなかったようだった。
 そんな事もあってギズルフは怯えているのだ。またこの人狼族より遥かに脆弱な人族の娘が、その辺で転んでぽっきり首の骨を折らないか、と。
「お前は……俺を心労で葬り去るつもりか!?」
「ですから……若様の愛しの君を射止めようと頑張っているんではありませんか!! 癒して頂いたら良いでしょう!? クローディア様に!!」
 ……という、負のスパイラル。
 この二人には、最早ヴォルデマーも、お目付け役のルカスもお手上げ状態であった。

 そうして一頻りミリヤムを怒鳴りつけたギズルフは、埒が明かぬと首を振る。
「もういい! さあ行くぞ、父上がお待ちだ」
 そう言って彼は当然の様に己の背中にミリヤムを放る。ミリヤムは勿論スカート姿だが、その中身が見えようがどうしようが微塵も気にかけては居ない様子であった。そしてそれはミリヤムも同様だった。
 ただ、その背にへばりつきながら、
「……そもそもこのヤモリ、もしくはムササビ状態での移動手段が誤解を招く原因のような……」とは、薄っすら思うミリヤムだった。

 ギズルフの背に乗って、あっという間に城に辿り着くと、周囲はにこやかにミリヤムを迎えた。
 もうこの城内では誰も、その様に違和感を持つ者は居ない。
「あ、ミリー!!」
 ころころした人狼の小姓っ子達が近づいて来て、わらわらと二人に群がった。
 子供達は普段破壊魔のギズルフを遠巻きにしているが、“壊れ物”のミリヤムと一緒にいる時は彼が大人しい事を良く心得ていた。
「ミリミリミリ!! 遊ぼう!!」
 下からぐいぐい足をひっぱられてミリヤムが「あら」という顔をする。ギズルフは「ひっぱるな! 足が抜ける!!」と恐れおののいている。
「駄目ですよ小姓の坊ちゃん達、お仕事とお勉強がおありでしょう?」
「えーやだー、また刺繍して見せてよお、カマキリカマキリ!」
「だめだめ! 今度はバッタの約束じゃないか! こないだのコオロギの刺繍、家でお母様に見せたらすごいって褒められてたよ! 気持ち悪いって!」
 それ褒められていないだろ、という突っ込みが出来る者は、残念ながら現在ここにはいない。
 ミリヤムは誇らしげに胸を張る。
「ふふふふふ……そうでしょう、そうでしょうとも。昆虫の刺繍は淑女様方に気持ち悪がられて何ぼです。流石私」
「……」
 馬鹿は放っておいてさっさと父の元へ行こうと思うギズルフだった。







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