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三章
44 ミリヤム、観察眼の進化
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「……父上……」
「久しいのう、ウルフ、アデリナ」
「お、お義父様……?」
目を見張るアデリナの傍で、アタウルフが目線を僅かにじっとりと湿らせる。
「……そうですか……砦でぎっくり腰で動けぬと仰っていらしたのは、やはり嘘でしたか……」
小丸い人狼の顔がもふっと仏頂面に歪められるが、ロルフはそれを空とぼけて「何を言う。今も腰は痛いわい」と笑った。
と、そこへ、大きな黒い塊が高速で近づいて来た。ギズルフだった。
「御祖父様ー!!!!!」と叫びながら、嬉しそうに駆け寄って(猛スピード)突っ込んで来る巨体の孫を、ロルフは軽やかな動きで避ける。
「ギズルフよ、まだまだじゃな。ふぇ、ふぇ、ふぇ」
「!? 流石お祖父様!!!」
わーっ!! と、勢いあまり突っ込んだ先で受身を取りながら喜ぶ息子と、それを軽々避けた己の父にアタウフルが憮然(もっふり)と目を細めている。
「……腰……?」
アデリナはそれらを見ながらオロオロしていた。
「やめなさいギズルフ!! お義父様の腰が悪化するわ!!!」
「ふぇ、ふぇ、ふぇ」
「……」(アタウフル)←絶対腰は悪くない、と思っている)
そこに「まあ」ところころ笑う声が。
嬉しそうな笑い声は侯爵夫人親子のものだった。親子はロルフを眺めながらにこにこ微笑んでいる。
「なんて身軽でいらっしゃるのかしら。凄いわねえフロリアン」
「ええ、凄いですねえ母上。ふふふ」
流石ですねえと、金髪親子はあくまでも優雅で呑気だ。
そんな彼等を見ながら──その賑やかな再会模様はとりあえず無視して──ヴォルデマーはミリヤムの隣で、丸く瞠られた目を彼女に向けた。
「……よく分かったな……あれが我が祖父だと……」
驚いたように見つめられてミリヤムは照れた様に微笑む。
「いやあ……お返事が来るまでは半信半疑だったんですけど……以前ルカスがロルフさんの事を“やたら強い”と言っていておかしいなと思っていたんです」
「ルカス殿……?」
「はい」
ミリヤムはこっくりと頷く。
「ルカスは坊ちゃ……お父様親衛隊の中でもとりわけ強くて。我が領のお宝様の身辺警護を任されているだけの実力は当然あるんです。悔しさ爆発ですが、私との喧嘩の時はルキはいっつも手加減を──でもまあ、坊ちゃ……お父様愛だけは私の方が強いですけど! ええ、わたくしめの方が!!」
「……」
鼻を鳴らしながら胸を張るミリヤムを、ヴォルデマーは無言になって見ている。この“フロリアン・リヒター”への偏愛はもしや一生このままなのだろうか、と、その三角の黒い耳は後ろに向かってぺったりと倒されていた。
そんな事にも気がつかずに、ミリヤムは「それで」と話を続ける。(ミリヤムにとってフロリアンの話題を口に出すことは空気を吸うように自然なことだった。ヴォルデマーは遣る瀬無いため息をついている)
「そのルカスをデッキブラシで打ち負かすなんてどういう事だと思って。あのご老体がですよ? ロルフさん毎日持病のお薬飲んでるくらいなのに……毎日散々足が痛い、腰が痛いと仰るから、私少年隊士様方の隊舎に顔を出す度に肩とか足とかお揉みしていたのに……なんであんなに身軽なんですか?」
あはははと、薄笑いを浮かべるミリヤムは、その先で闘牛の様なギズルフと戯れるロルフを指差した。
「なんですかあのはしゃぎっぷりは。孫大好きにも程があります」
「……」
「はー……お年寄り様方はあれですよ……本当は強かでいらっしゃるのに、油断を誘う可愛らしさを標準装備してますからね。特に獣人系のお年寄り様はその反則さ極まりないです。ほのぼのぷるぷるされると、色んなものを超越した可愛らしさにい従わざるをえないというか……あれですか。可愛いは正義ですか!?」
それで後でまた腰が痛い揉んでおくれーミリーちゃんー、とか言うんですよね、とミリヤムは薄ら笑いを消さない。
「…………お祖父様……」
ミリヤムにそんな事をさせていたのか……とヴォルデマーは呆れている。
「まあ、それはさて置き。それで、お若い頃は鬼のように強かったんだろうなあと思っていたのですね。それで──」
ヘンリックの言う、その彼女達を助けてくれるかもしれないという人の人物像を考えた時、ミリヤムはそれは彼の身内だろうか、と当然考えた。ヴォルデマーのことを大切に思っているのならそれは彼にとって近しい人物の筈である。
それでいてヘンリックと同世代だということは、つまり祖父か祖母なのだろうかと考えて──それならば確かに彼の両親に対向出来るなと納得したミリヤムは、はっとした。
それがもし本当にミリヤムの事を知っている人々の中にいるのだとすれば、それはつまりベアエールデ砦内部に居るという事にならないだろうか、と。
ヘンリック医師はミリヤムの前歴などは知らない。ただ、彼女がベアエールデから連れてこられたという事だけは分かっているはずだ。
だからつまり──彼は『ミリヤムがベアエールデでその人物に会った事がある』と、考えているのだ。そして、砦には、ヘンリックと同世代の高齢者は──下働き達しか居なかった……
「……最初はいやまさかと思って。だって、ヴォルデマー様の御身内ってことは、つまり辺境伯様かアデリナ様のご両親ってことでしょう? そんな方が私と同じ下働きしてるなんて……それで、もしやヴォルフガング先生(白犬医師)が……? とも思ったんですが、先生は辺境伯様やアデリナ様のお父様にしてはお若いし……で、一体誰なんだろうと記憶を辿っていった時──ロルフさんが鬼強かったというルカスの言葉を思い出して……あれ? そういえばロルフさんって、犬人だっけ? 人狼だっけ? と、なりまして」
疑問に思ったミリヤムは人狼と犬人との違いを調べてみることにした。侯爵邸の大きな図書室で様々な種族について書かれた本を探し出したミリヤムは、似ているように見えて、人狼と犬人とでは頭部や歯の形、体型や肉球に多少の違いがある事を知った。
「……自慢じゃありませんが、私めはロルフさんの特徴は良く覚えていました。いえ、誰だって毎日目の前でぷるぷるコップを傾けながら朝昼晩とお薬飲んでいるお年寄り様を無視することは出来ないでしょう? そもそも皆さん「お薬って小さいから見えにくいのー助けてミリーちゃんー」とか言って、私めにお薬用意させるんです。ええ、ベアエールデのお年寄り様専用お薬仕分け係のミリヤムとは私めの事でございますよ。……終いにはお薬を出すヴォルフガング先生までが私めに薬を届けて寄越す始末で……」
「……」(そんな仕事までしていたか……と思っている。)
「ええそれで。このお爺様は大丈夫なのだろうかと毎日その健康状態をよく見ていたわけです。大丈夫でない場合、お薬量を調節していただく必要がありますからね。それにマッサージもよくさせられておりましたし……ああ、まあそれは良いんですよ、気になさらないで下さい。皆さん喜んで下さいましたし、お駄賃もくれました。飴玉とか」
たまにそれが間違ってご自身らのお薬だったりするんですよねーと、ミリヤム。思い出しているらしい眉間には悩ましそうな縦皺がくっきりと浮かんでいる。
「……」
「で、よくよくロルフさんを思い出してみると、彼の身体的特徴が人狼そのものであった事に気がついたわけです」
ミリヤムはため息をつきながら、自らの鼻筋やその脇のあたりを指差した。
「犬人さん達はこう……この辺りの骨が少しなだらかに窪んでいるようなのですが、ロルフさんのはヴォルデマー様達と同じ様に鼻筋が直線的です。後は牙も大きいし……ロルフさんが薬を飲む時、あんな立派な牙で豆のようにちんまりしたお薬を飲まれる姿がなんだかとっても可愛らしくてですね……惚れ惚れ見た記憶があります」
「……」
「それにロルフさんは、よろよろしているわりに体格も良いですし……気がついてしまうと彼はヴォルデマー様と若様にそっくりだった訳です。と言いますか──ロルフってありがちな名前ですが……そもそも“狼”という意味ではありませんか。迂闊でした……」
「……成程……」
ミリヤムはそこまでを弾丸のように話してしまうと、何故か、にっこりと微笑んでヴォルデマーを見上げた。
「?」
その嬉しそうにも得意げな頬の赤らみを見てヴォルデマーが不思議そうな顔をする。
「……どうかしたか?」
「いえ、その……嬉しいなあ、と思って……」
「嬉しい?」
此処までの祖父の話の中に、どこかミリヤムを喜ばせるような点があっただろうかと、ヴォルデマーが首を捻っている。と、ミリヤムは、ほかほかした表情で胸を張る。
「だって、此処には沢山人狼さんがいらっしゃいますが、私、ちゃんとヴォルデマー様のお顔見分けられるようになってるんだなって」
その言葉にヴォルデマーがぱちぱちと無言で瞳を瞬かせた。
ミリヤムはそんな彼に、人族には他種族の、特に獣人系の顔をはっきり見分けるのは難しいのだ、と言った。
「ほら、今までは砦に居て、勿論あちらにも人狼の方もいらっしゃいましたけど、ご衣裳なんかで誰にでもそれがヴォルデマー様と分かる訳じゃないですか。ヴォルデマー様の隊服は皆さんと少し違いますし──私、最初の頃、もしヴォルデマー様が皆と同じ服を着て、それが皆黒い人狼さんなんかだったらとしたら見分けられるだろうか──と、自分の観察眼に不安を覚えた事があって……」
あはは、とミリヤムは申し訳無さそうに頬を掻く。が、「でも」と、それはすぐに笑顔に変わる。
「私、今はもうヴォルデマー様とロルフさん、あと若様と辺境伯様とアデリナ様が、何処がどう似ているのか、ちゃあんと見分けられるんですよ!」
ミリヤムはそう言って諸手を上げ、ぱああっと表情を輝かせた。ぴかぴかした頬は如何にも嬉しそうで……
「………………」
呆気にとられているヴォルデマーの目の前で、ミリヤムは、ふんすふんすと鼻を鳴らしながら満足気に周囲の人狼達を見渡している。
「他の人狼の皆さんの事は正直まだあんまり分からないんですが……でも、もう私! ヴォルデマー様が沢山の黒い毛並みの人狼さん達の中にいらしたとしても! いえ! 例えヴォルデマー様が裸んぼうでも! 見分けられる自信があります!!」
「………………」
その如何にも褒めてくれと言わんばかりの満面の笑みに────
ヴォルデマーは密かに耐えていた。
(………………………………………ミリヤム……、……、………………)
寡黙な男は静かな表情のもと──沈黙の下で、
悶絶していた。
(……可愛い………………)
「久しいのう、ウルフ、アデリナ」
「お、お義父様……?」
目を見張るアデリナの傍で、アタウルフが目線を僅かにじっとりと湿らせる。
「……そうですか……砦でぎっくり腰で動けぬと仰っていらしたのは、やはり嘘でしたか……」
小丸い人狼の顔がもふっと仏頂面に歪められるが、ロルフはそれを空とぼけて「何を言う。今も腰は痛いわい」と笑った。
と、そこへ、大きな黒い塊が高速で近づいて来た。ギズルフだった。
「御祖父様ー!!!!!」と叫びながら、嬉しそうに駆け寄って(猛スピード)突っ込んで来る巨体の孫を、ロルフは軽やかな動きで避ける。
「ギズルフよ、まだまだじゃな。ふぇ、ふぇ、ふぇ」
「!? 流石お祖父様!!!」
わーっ!! と、勢いあまり突っ込んだ先で受身を取りながら喜ぶ息子と、それを軽々避けた己の父にアタウフルが憮然(もっふり)と目を細めている。
「……腰……?」
アデリナはそれらを見ながらオロオロしていた。
「やめなさいギズルフ!! お義父様の腰が悪化するわ!!!」
「ふぇ、ふぇ、ふぇ」
「……」(アタウフル)←絶対腰は悪くない、と思っている)
そこに「まあ」ところころ笑う声が。
嬉しそうな笑い声は侯爵夫人親子のものだった。親子はロルフを眺めながらにこにこ微笑んでいる。
「なんて身軽でいらっしゃるのかしら。凄いわねえフロリアン」
「ええ、凄いですねえ母上。ふふふ」
流石ですねえと、金髪親子はあくまでも優雅で呑気だ。
そんな彼等を見ながら──その賑やかな再会模様はとりあえず無視して──ヴォルデマーはミリヤムの隣で、丸く瞠られた目を彼女に向けた。
「……よく分かったな……あれが我が祖父だと……」
驚いたように見つめられてミリヤムは照れた様に微笑む。
「いやあ……お返事が来るまでは半信半疑だったんですけど……以前ルカスがロルフさんの事を“やたら強い”と言っていておかしいなと思っていたんです」
「ルカス殿……?」
「はい」
ミリヤムはこっくりと頷く。
「ルカスは坊ちゃ……お父様親衛隊の中でもとりわけ強くて。我が領のお宝様の身辺警護を任されているだけの実力は当然あるんです。悔しさ爆発ですが、私との喧嘩の時はルキはいっつも手加減を──でもまあ、坊ちゃ……お父様愛だけは私の方が強いですけど! ええ、わたくしめの方が!!」
「……」
鼻を鳴らしながら胸を張るミリヤムを、ヴォルデマーは無言になって見ている。この“フロリアン・リヒター”への偏愛はもしや一生このままなのだろうか、と、その三角の黒い耳は後ろに向かってぺったりと倒されていた。
そんな事にも気がつかずに、ミリヤムは「それで」と話を続ける。(ミリヤムにとってフロリアンの話題を口に出すことは空気を吸うように自然なことだった。ヴォルデマーは遣る瀬無いため息をついている)
「そのルカスをデッキブラシで打ち負かすなんてどういう事だと思って。あのご老体がですよ? ロルフさん毎日持病のお薬飲んでるくらいなのに……毎日散々足が痛い、腰が痛いと仰るから、私少年隊士様方の隊舎に顔を出す度に肩とか足とかお揉みしていたのに……なんであんなに身軽なんですか?」
あはははと、薄笑いを浮かべるミリヤムは、その先で闘牛の様なギズルフと戯れるロルフを指差した。
「なんですかあのはしゃぎっぷりは。孫大好きにも程があります」
「……」
「はー……お年寄り様方はあれですよ……本当は強かでいらっしゃるのに、油断を誘う可愛らしさを標準装備してますからね。特に獣人系のお年寄り様はその反則さ極まりないです。ほのぼのぷるぷるされると、色んなものを超越した可愛らしさにい従わざるをえないというか……あれですか。可愛いは正義ですか!?」
それで後でまた腰が痛い揉んでおくれーミリーちゃんー、とか言うんですよね、とミリヤムは薄ら笑いを消さない。
「…………お祖父様……」
ミリヤムにそんな事をさせていたのか……とヴォルデマーは呆れている。
「まあ、それはさて置き。それで、お若い頃は鬼のように強かったんだろうなあと思っていたのですね。それで──」
ヘンリックの言う、その彼女達を助けてくれるかもしれないという人の人物像を考えた時、ミリヤムはそれは彼の身内だろうか、と当然考えた。ヴォルデマーのことを大切に思っているのならそれは彼にとって近しい人物の筈である。
それでいてヘンリックと同世代だということは、つまり祖父か祖母なのだろうかと考えて──それならば確かに彼の両親に対向出来るなと納得したミリヤムは、はっとした。
それがもし本当にミリヤムの事を知っている人々の中にいるのだとすれば、それはつまりベアエールデ砦内部に居るという事にならないだろうか、と。
ヘンリック医師はミリヤムの前歴などは知らない。ただ、彼女がベアエールデから連れてこられたという事だけは分かっているはずだ。
だからつまり──彼は『ミリヤムがベアエールデでその人物に会った事がある』と、考えているのだ。そして、砦には、ヘンリックと同世代の高齢者は──下働き達しか居なかった……
「……最初はいやまさかと思って。だって、ヴォルデマー様の御身内ってことは、つまり辺境伯様かアデリナ様のご両親ってことでしょう? そんな方が私と同じ下働きしてるなんて……それで、もしやヴォルフガング先生(白犬医師)が……? とも思ったんですが、先生は辺境伯様やアデリナ様のお父様にしてはお若いし……で、一体誰なんだろうと記憶を辿っていった時──ロルフさんが鬼強かったというルカスの言葉を思い出して……あれ? そういえばロルフさんって、犬人だっけ? 人狼だっけ? と、なりまして」
疑問に思ったミリヤムは人狼と犬人との違いを調べてみることにした。侯爵邸の大きな図書室で様々な種族について書かれた本を探し出したミリヤムは、似ているように見えて、人狼と犬人とでは頭部や歯の形、体型や肉球に多少の違いがある事を知った。
「……自慢じゃありませんが、私めはロルフさんの特徴は良く覚えていました。いえ、誰だって毎日目の前でぷるぷるコップを傾けながら朝昼晩とお薬飲んでいるお年寄り様を無視することは出来ないでしょう? そもそも皆さん「お薬って小さいから見えにくいのー助けてミリーちゃんー」とか言って、私めにお薬用意させるんです。ええ、ベアエールデのお年寄り様専用お薬仕分け係のミリヤムとは私めの事でございますよ。……終いにはお薬を出すヴォルフガング先生までが私めに薬を届けて寄越す始末で……」
「……」(そんな仕事までしていたか……と思っている。)
「ええそれで。このお爺様は大丈夫なのだろうかと毎日その健康状態をよく見ていたわけです。大丈夫でない場合、お薬量を調節していただく必要がありますからね。それにマッサージもよくさせられておりましたし……ああ、まあそれは良いんですよ、気になさらないで下さい。皆さん喜んで下さいましたし、お駄賃もくれました。飴玉とか」
たまにそれが間違ってご自身らのお薬だったりするんですよねーと、ミリヤム。思い出しているらしい眉間には悩ましそうな縦皺がくっきりと浮かんでいる。
「……」
「で、よくよくロルフさんを思い出してみると、彼の身体的特徴が人狼そのものであった事に気がついたわけです」
ミリヤムはため息をつきながら、自らの鼻筋やその脇のあたりを指差した。
「犬人さん達はこう……この辺りの骨が少しなだらかに窪んでいるようなのですが、ロルフさんのはヴォルデマー様達と同じ様に鼻筋が直線的です。後は牙も大きいし……ロルフさんが薬を飲む時、あんな立派な牙で豆のようにちんまりしたお薬を飲まれる姿がなんだかとっても可愛らしくてですね……惚れ惚れ見た記憶があります」
「……」
「それにロルフさんは、よろよろしているわりに体格も良いですし……気がついてしまうと彼はヴォルデマー様と若様にそっくりだった訳です。と言いますか──ロルフってありがちな名前ですが……そもそも“狼”という意味ではありませんか。迂闊でした……」
「……成程……」
ミリヤムはそこまでを弾丸のように話してしまうと、何故か、にっこりと微笑んでヴォルデマーを見上げた。
「?」
その嬉しそうにも得意げな頬の赤らみを見てヴォルデマーが不思議そうな顔をする。
「……どうかしたか?」
「いえ、その……嬉しいなあ、と思って……」
「嬉しい?」
此処までの祖父の話の中に、どこかミリヤムを喜ばせるような点があっただろうかと、ヴォルデマーが首を捻っている。と、ミリヤムは、ほかほかした表情で胸を張る。
「だって、此処には沢山人狼さんがいらっしゃいますが、私、ちゃんとヴォルデマー様のお顔見分けられるようになってるんだなって」
その言葉にヴォルデマーがぱちぱちと無言で瞳を瞬かせた。
ミリヤムはそんな彼に、人族には他種族の、特に獣人系の顔をはっきり見分けるのは難しいのだ、と言った。
「ほら、今までは砦に居て、勿論あちらにも人狼の方もいらっしゃいましたけど、ご衣裳なんかで誰にでもそれがヴォルデマー様と分かる訳じゃないですか。ヴォルデマー様の隊服は皆さんと少し違いますし──私、最初の頃、もしヴォルデマー様が皆と同じ服を着て、それが皆黒い人狼さんなんかだったらとしたら見分けられるだろうか──と、自分の観察眼に不安を覚えた事があって……」
あはは、とミリヤムは申し訳無さそうに頬を掻く。が、「でも」と、それはすぐに笑顔に変わる。
「私、今はもうヴォルデマー様とロルフさん、あと若様と辺境伯様とアデリナ様が、何処がどう似ているのか、ちゃあんと見分けられるんですよ!」
ミリヤムはそう言って諸手を上げ、ぱああっと表情を輝かせた。ぴかぴかした頬は如何にも嬉しそうで……
「………………」
呆気にとられているヴォルデマーの目の前で、ミリヤムは、ふんすふんすと鼻を鳴らしながら満足気に周囲の人狼達を見渡している。
「他の人狼の皆さんの事は正直まだあんまり分からないんですが……でも、もう私! ヴォルデマー様が沢山の黒い毛並みの人狼さん達の中にいらしたとしても! いえ! 例えヴォルデマー様が裸んぼうでも! 見分けられる自信があります!!」
「………………」
その如何にも褒めてくれと言わんばかりの満面の笑みに────
ヴォルデマーは密かに耐えていた。
(………………………………………ミリヤム……、……、………………)
寡黙な男は静かな表情のもと──沈黙の下で、
悶絶していた。
(……可愛い………………)
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