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【短編】悪役令嬢の侍女 〜ヒロインに転生したけど悪役令嬢の侍女になりました〜
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侍女の朝は早い。
日の出と共に起き、手早く身支度をすまし部屋を整えると、食堂で朝食を取る。その後は執事と侍女長から今日の予定、注意事項が申し伝えられる。
クロイツ公爵家は王国有数の貴族家だ。屋敷は大きく、公爵家の騎士団寮も隣にあり、馬や家畜もいる。使用人は二百人を超える大所帯だ。使用人のための館もある。
敷地はとにかく広大だ、ゴルフ場ぐらいの規模と言えば伝わるだろうか。つまり端から端まで徒歩で半日ぐらいかかる広さである。
そんなどでかい公爵家のどこかで、お嬢さまが大切な指輪をなくされた。執事からそれを聞かされたときの使用人一同の思いはたったひとつである。
「あきらめてください、クロエお嬢さま!!」
残念ながらその願いは届かなかった。騎士も含め、屋敷中の人手が駆り出された。まさに人海戦術である。
屋内は女性、屋外は男性を中心として、当てのない指輪捜索隊が組まれた。
「見つかるわけないよね」
誰もが思ったその言葉は、発することなく胸の奥にしまわれた。だって、誰かひとりでも漏らしたら、あっという間に皆の不満が爆発するではないか。腹を立てるだけ、時間と体力の無駄。皆もうすっかり悟っていた。
だが、ここにたったひとり猛者がいた。皆の期待を一身に受け、猛獣使いリリーは立ち上がった。向かうはクロイツ公爵の掌中の珠、クロエ・クロイツ公爵令嬢のお部屋である。
クロエ・クロイツ公爵令嬢は、名前はくどいが、お顔も割とくどい。目がパッチリ大きく、まつ毛はモッサモサで、口はぷっくりタラコ気味である。要するにバタくさいと表されるアレだ。将来、妖艶な美女になりそうな感じだ。
そして、クロエ・クロイツ公爵令嬢は、乙女ゲームの悪役令嬢なのである。ちなみに私はヒロインだ。
「クロエお嬢さま、リリーです。入ります」
ノックはしない、返事も聞かない。名乗ると同時にササっと入るのが基本だ。
「わたくしの指輪ーーー」
ビュンッと日記帳が飛んできた。あわや顔を直撃するところであったが、慣れているので難なく受け止められる。よし、これは後で読もう。さりげなく日記帳を下着のお尻側にねじ込む。
「指輪……はまだ見つかっておりませんが……。今日は大変いいお天気です。マティアス第一王子殿下と早駆けなどするにはもってこいです。少し先の丘にライラックが見事に咲いているそうです。ライラックはクロエお嬢さまの髪の色、そして花言葉は『恋の芽生え』『初恋』です。殿下と贈り贈られするのに最適かと……」
不機嫌にぶーたれていたお嬢さまの顔がぱあっと輝く。
「いいわね、いいわ、それ。早速殿下に使いを出してちょうだい」
廊下で様子を伺っていた執事とアイコンタクト、小さく頷いて立ち去る執事。
「クロエお嬢さま、新しい乗馬服はこちらでございます。今の時期にはやや肌寒いかもしれませんが……ライラックを見ながら殿下の上着を借りる、いえ、殿下の腕の中に囲ってもらう、というのがよろしいかと」
お嬢さまはポッと頬を赤らめると、モジモジと巻き毛を指にからませる。
「そ、そんなはしたないこと、できませんわ! 嫁ぐまでは清いままでいなさいってお父様がおっしゃっていたわ」
「……クロエお嬢さまがお風邪を召されると、閣下は悲しまれます。そして、無粋な突風から淑女を守るのは騎士の務め。義務でございます。……それに、四方には影をやって人払いをいたしますので、口さがないことを申すものはおりません。存分に……」
「イチャついてくるわね!」
ああー言っちゃうんだそれ。そこは濁さないとお嬢さま。まだまだ教育が行き届いていないな。あとで侍女長と打ち合わせだな。
そうこうしているうちに、殿下の先触れが到着したようだ。ウキウキと軽い足取りで入口に向かうお嬢さま。
「クロエお嬢さま、あの、例の指輪ですが……ややデザインが古くなっておりますし、大人っぽくなられたお嬢さまには少し合わなくなってきております……と殿下が……。次回のお忍び街歩きで、今のお嬢さまに似つかわしい指輪をふたりで探したいと……殿下が……」
言ってはいなかったが、そこは後で殿下の従者に根回しすればよし。
「まあ、そうなの、それは素敵ですわ。では、あの古い指輪は捨て置いてちょうだい」
では、行ってくるわ~とお嬢さまは出ていかれた。
使用人一同で念入りに見送り、馬が遥か彼方に消え去ったのを見届け、屋敷に戻って、食堂に集まり、厳重に扉をしめ
「よっしゃーーー、よくやったーーー」
「よくやりました、リリー! 今月のお給金に上乗せしておきましょう」
「今日の夕飯には皆にビールをつけましょう」
皆に肩や背中を叩かれ、揉みくちゃにされる。
孤児院で前世の記憶を取り戻した私は、クロエお嬢さまが慰問に訪れた際に光の魔法をお見せして、公爵家に雇ってもらったのだ。下働きから始め、今では侍女にまで出世した。
クロエお嬢さまには返しきれない恩がある。クロエお嬢さまの側につき、ヤバ目な言動は矯正し、立派な王妃になっていただくまで支え続けるのが私の夢だ。できればクロエ様つき侍女として王宮でもお側にいたいと思っている。なんならクロエ様のお子様にもお仕えしたい。
だから、たまに、いや毎日何かを投げられることなど、全く気にもならない。
ふふふふ、この日記、夜にベッドの中で読もうっと。今回はどんな恥ずか詩が書いてあるだろう。楽しみで仕方がない。くっくっく、これでまた新しい弱みを握った。
お嬢さまにだって、しつけは必要ですからね。
<完>
日の出と共に起き、手早く身支度をすまし部屋を整えると、食堂で朝食を取る。その後は執事と侍女長から今日の予定、注意事項が申し伝えられる。
クロイツ公爵家は王国有数の貴族家だ。屋敷は大きく、公爵家の騎士団寮も隣にあり、馬や家畜もいる。使用人は二百人を超える大所帯だ。使用人のための館もある。
敷地はとにかく広大だ、ゴルフ場ぐらいの規模と言えば伝わるだろうか。つまり端から端まで徒歩で半日ぐらいかかる広さである。
そんなどでかい公爵家のどこかで、お嬢さまが大切な指輪をなくされた。執事からそれを聞かされたときの使用人一同の思いはたったひとつである。
「あきらめてください、クロエお嬢さま!!」
残念ながらその願いは届かなかった。騎士も含め、屋敷中の人手が駆り出された。まさに人海戦術である。
屋内は女性、屋外は男性を中心として、当てのない指輪捜索隊が組まれた。
「見つかるわけないよね」
誰もが思ったその言葉は、発することなく胸の奥にしまわれた。だって、誰かひとりでも漏らしたら、あっという間に皆の不満が爆発するではないか。腹を立てるだけ、時間と体力の無駄。皆もうすっかり悟っていた。
だが、ここにたったひとり猛者がいた。皆の期待を一身に受け、猛獣使いリリーは立ち上がった。向かうはクロイツ公爵の掌中の珠、クロエ・クロイツ公爵令嬢のお部屋である。
クロエ・クロイツ公爵令嬢は、名前はくどいが、お顔も割とくどい。目がパッチリ大きく、まつ毛はモッサモサで、口はぷっくりタラコ気味である。要するにバタくさいと表されるアレだ。将来、妖艶な美女になりそうな感じだ。
そして、クロエ・クロイツ公爵令嬢は、乙女ゲームの悪役令嬢なのである。ちなみに私はヒロインだ。
「クロエお嬢さま、リリーです。入ります」
ノックはしない、返事も聞かない。名乗ると同時にササっと入るのが基本だ。
「わたくしの指輪ーーー」
ビュンッと日記帳が飛んできた。あわや顔を直撃するところであったが、慣れているので難なく受け止められる。よし、これは後で読もう。さりげなく日記帳を下着のお尻側にねじ込む。
「指輪……はまだ見つかっておりませんが……。今日は大変いいお天気です。マティアス第一王子殿下と早駆けなどするにはもってこいです。少し先の丘にライラックが見事に咲いているそうです。ライラックはクロエお嬢さまの髪の色、そして花言葉は『恋の芽生え』『初恋』です。殿下と贈り贈られするのに最適かと……」
不機嫌にぶーたれていたお嬢さまの顔がぱあっと輝く。
「いいわね、いいわ、それ。早速殿下に使いを出してちょうだい」
廊下で様子を伺っていた執事とアイコンタクト、小さく頷いて立ち去る執事。
「クロエお嬢さま、新しい乗馬服はこちらでございます。今の時期にはやや肌寒いかもしれませんが……ライラックを見ながら殿下の上着を借りる、いえ、殿下の腕の中に囲ってもらう、というのがよろしいかと」
お嬢さまはポッと頬を赤らめると、モジモジと巻き毛を指にからませる。
「そ、そんなはしたないこと、できませんわ! 嫁ぐまでは清いままでいなさいってお父様がおっしゃっていたわ」
「……クロエお嬢さまがお風邪を召されると、閣下は悲しまれます。そして、無粋な突風から淑女を守るのは騎士の務め。義務でございます。……それに、四方には影をやって人払いをいたしますので、口さがないことを申すものはおりません。存分に……」
「イチャついてくるわね!」
ああー言っちゃうんだそれ。そこは濁さないとお嬢さま。まだまだ教育が行き届いていないな。あとで侍女長と打ち合わせだな。
そうこうしているうちに、殿下の先触れが到着したようだ。ウキウキと軽い足取りで入口に向かうお嬢さま。
「クロエお嬢さま、あの、例の指輪ですが……ややデザインが古くなっておりますし、大人っぽくなられたお嬢さまには少し合わなくなってきております……と殿下が……。次回のお忍び街歩きで、今のお嬢さまに似つかわしい指輪をふたりで探したいと……殿下が……」
言ってはいなかったが、そこは後で殿下の従者に根回しすればよし。
「まあ、そうなの、それは素敵ですわ。では、あの古い指輪は捨て置いてちょうだい」
では、行ってくるわ~とお嬢さまは出ていかれた。
使用人一同で念入りに見送り、馬が遥か彼方に消え去ったのを見届け、屋敷に戻って、食堂に集まり、厳重に扉をしめ
「よっしゃーーー、よくやったーーー」
「よくやりました、リリー! 今月のお給金に上乗せしておきましょう」
「今日の夕飯には皆にビールをつけましょう」
皆に肩や背中を叩かれ、揉みくちゃにされる。
孤児院で前世の記憶を取り戻した私は、クロエお嬢さまが慰問に訪れた際に光の魔法をお見せして、公爵家に雇ってもらったのだ。下働きから始め、今では侍女にまで出世した。
クロエお嬢さまには返しきれない恩がある。クロエお嬢さまの側につき、ヤバ目な言動は矯正し、立派な王妃になっていただくまで支え続けるのが私の夢だ。できればクロエ様つき侍女として王宮でもお側にいたいと思っている。なんならクロエ様のお子様にもお仕えしたい。
だから、たまに、いや毎日何かを投げられることなど、全く気にもならない。
ふふふふ、この日記、夜にベッドの中で読もうっと。今回はどんな恥ずか詩が書いてあるだろう。楽しみで仕方がない。くっくっく、これでまた新しい弱みを握った。
お嬢さまにだって、しつけは必要ですからね。
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