上 下
1 / 1

【短編】悪役令嬢の侍女 〜ヒロインに転生したけど悪役令嬢の侍女になりました〜

しおりを挟む
 侍女の朝は早い。
 
 日の出と共に起き、手早く身支度をすまし部屋を整えると、食堂で朝食を取る。その後は執事と侍女長から今日の予定、注意事項が申し伝えられる。

 クロイツ公爵家は王国有数の貴族家だ。屋敷は大きく、公爵家の騎士団寮も隣にあり、馬や家畜もいる。使用人は二百人を超える大所帯だ。使用人のための館もある。

 敷地はとにかく広大だ、ゴルフ場ぐらいの規模と言えば伝わるだろうか。つまり端から端まで徒歩で半日ぐらいかかる広さである。

 そんなどでかい公爵家のどこかで、お嬢さまが大切な指輪をなくされた。執事からそれを聞かされたときの使用人一同の思いはたったひとつである。


「あきらめてください、クロエお嬢さま!!」


 残念ながらその願いは届かなかった。騎士も含め、屋敷中の人手が駆り出された。まさに人海戦術である。

 屋内は女性、屋外は男性を中心として、当てのない指輪捜索隊が組まれた。


「見つかるわけないよね」


 誰もが思ったその言葉は、発することなく胸の奥にしまわれた。だって、誰かひとりでも漏らしたら、あっという間に皆の不満が爆発するではないか。腹を立てるだけ、時間と体力の無駄。皆もうすっかり悟っていた。


 だが、ここにたったひとり猛者がいた。皆の期待を一身に受け、猛獣使いリリーは立ち上がった。向かうはクロイツ公爵の掌中の珠、クロエ・クロイツ公爵令嬢のお部屋である。


 クロエ・クロイツ公爵令嬢は、名前はくどいが、お顔も割とくどい。目がパッチリ大きく、まつ毛はモッサモサで、口はぷっくりタラコ気味である。要するにバタくさいと表されるアレだ。将来、妖艶な美女になりそうな感じだ。

 そして、クロエ・クロイツ公爵令嬢は、乙女ゲームの悪役令嬢なのである。ちなみに私はヒロインだ。


「クロエお嬢さま、リリーです。入ります」

 ノックはしない、返事も聞かない。名乗ると同時にササっと入るのが基本だ。


「わたくしの指輪ーーー」


 ビュンッと日記帳が飛んできた。あわや顔を直撃するところであったが、慣れているので難なく受け止められる。よし、これは後で読もう。さりげなく日記帳を下着のお尻側にねじ込む。


「指輪……はまだ見つかっておりませんが……。今日は大変いいお天気です。マティアス第一王子殿下と早駆けなどするにはもってこいです。少し先の丘にライラックが見事に咲いているそうです。ライラックはクロエお嬢さまの髪の色、そして花言葉は『恋の芽生え』『初恋』です。殿下と贈り贈られするのに最適かと……」


 不機嫌にぶーたれていたお嬢さまの顔がぱあっと輝く。

「いいわね、いいわ、それ。早速殿下に使いを出してちょうだい」

 廊下で様子を伺っていた執事とアイコンタクト、小さく頷いて立ち去る執事。


「クロエお嬢さま、新しい乗馬服はこちらでございます。今の時期にはやや肌寒いかもしれませんが……ライラックを見ながら殿下の上着を借りる、いえ、殿下の腕の中に囲ってもらう、というのがよろしいかと」

 お嬢さまはポッと頬を赤らめると、モジモジと巻き毛を指にからませる。

「そ、そんなはしたないこと、できませんわ! 嫁ぐまでは清いままでいなさいってお父様がおっしゃっていたわ」

「……クロエお嬢さまがお風邪を召されると、閣下は悲しまれます。そして、無粋な突風から淑女を守るのは騎士の務め。義務でございます。……それに、四方には影をやって人払いをいたしますので、口さがないことを申すものはおりません。存分に……」

「イチャついてくるわね!」


 ああー言っちゃうんだそれ。そこは濁さないとお嬢さま。まだまだ教育が行き届いていないな。あとで侍女長と打ち合わせだな。


 そうこうしているうちに、殿下の先触れが到着したようだ。ウキウキと軽い足取りで入口に向かうお嬢さま。

「クロエお嬢さま、あの、例の指輪ですが……ややデザインが古くなっておりますし、大人っぽくなられたお嬢さまには少し合わなくなってきております……と殿下が……。次回のお忍び街歩きで、今のお嬢さまに似つかわしい指輪をふたりで探したいと……殿下が……」

 言ってはいなかったが、そこは後で殿下の従者に根回しすればよし。

「まあ、そうなの、それは素敵ですわ。では、あの古い指輪は捨て置いてちょうだい」

 では、行ってくるわ~とお嬢さまは出ていかれた。

 使用人一同で念入りに見送り、馬が遥か彼方に消え去ったのを見届け、屋敷に戻って、食堂に集まり、厳重に扉をしめ


「よっしゃーーー、よくやったーーー」
「よくやりました、リリー! 今月のお給金に上乗せしておきましょう」
「今日の夕飯には皆にビールをつけましょう」


 皆に肩や背中を叩かれ、揉みくちゃにされる。



 孤児院で前世の記憶を取り戻した私は、クロエお嬢さまが慰問に訪れた際に光の魔法をお見せして、公爵家に雇ってもらったのだ。下働きから始め、今では侍女にまで出世した。

 クロエお嬢さまには返しきれない恩がある。クロエお嬢さまの側につき、ヤバ目な言動は矯正し、立派な王妃になっていただくまで支え続けるのが私の夢だ。できればクロエ様つき侍女として王宮でもお側にいたいと思っている。なんならクロエ様のお子様にもお仕えしたい。

 だから、たまに、いや毎日何かを投げられることなど、全く気にもならない。


 ふふふふ、この日記、夜にベッドの中で読もうっと。今回はどんな恥ずか詩が書いてあるだろう。楽しみで仕方がない。くっくっく、これでまた新しい弱みを握った。

 お嬢さまにだって、しつけは必要ですからね。



<完>

 
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

【短編】氷の令嬢はさえない婚約者を離さない「あなたの前でだけ笑えるのです」

みねバイヤーン
恋愛
「ずっとそばにいて」氷の令嬢と呼ばれるコーレリア侯爵令嬢が、さえない男爵の三男と婚約した。王都一の美貌を誇り、決して笑わないコーレリアは、さえない婚約者の前でだけ輝く笑顔を見せる。氷の令嬢に囲い込まれる男爵の三男には一体どんな秘密があるのやら……。今宵、夜会でその秘密が明かされる。

【完結】100日後に処刑されるイグワーナ(悪役令嬢)は抜け毛スキルで無双する

みねバイヤーン
恋愛
せっかく悪役令嬢に転生したのに、もう断罪イベント終わって、牢屋にぶち込まれてるんですけどー。これは100日後に処刑されるイグワーナが、抜け毛操りスキルを使って無双し、自分を陥れた第一王子と聖女の妹をざまぁする、そんな物語。

悪役令嬢は婚約破棄したいのに王子から溺愛されています。

白雪みなと
恋愛
この世界は乙女ゲームであると気づいた悪役令嬢ポジションのクリスタル・フェアリィ。 筋書き通りにやらないとどうなるか分かったもんじゃない。それに、貴族社会で生きていける気もしない。 ということで、悪役令嬢として候補に嫌われ、国外追放されるよう頑張るのだったが……。 王子さま、なぜ私を溺愛してらっしゃるのですか?

気がついたら乙女ゲームの悪役令嬢でした、急いで逃げだしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 もっと早く記憶を取り戻させてくれてもいいじゃない!

婚約破棄された悪役令嬢は聖女の力を解放して自由に生きます!

白雪みなと
恋愛
王子に婚約破棄され、没落してしまった元公爵令嬢のリタ・ホーリィ。 その瞬間、自分が乙女ゲームの世界にいて、なおかつ悪役令嬢であることを思い出すリタ。 でも、リタにはゲームにはないはずの聖女の能力を宿しており――?

醜い私を救ってくれたのはモフモフでした ~聖女の結界が消えたと、婚約破棄した公爵が後悔してももう遅い。私は他国で王子から溺愛されます~

上下左右
恋愛
 聖女クレアは泣きボクロのせいで、婚約者の公爵から醜女扱いされていた。だが彼女には唯一の心の支えがいた。愛犬のハクである。  だがある日、ハクが公爵に殺されてしまう。そんな彼女に追い打ちをかけるように、「醜い貴様との婚約を破棄する」と宣言され、新しい婚約者としてサーシャを紹介される。  サーシャはクレアと同じく異世界からの転生者で、この世界が乙女ゲームだと知っていた。ゲームの知識を利用して、悪役令嬢となるはずだったクレアから聖女の立場を奪いに来たのである。  絶望するクレアだったが、彼女の前にハクの生まれ変わりを名乗る他国の王子が現れる。そこからハクに溺愛される日々を過ごすのだった。  一方、クレアを失った王国は結界の力を失い、魔物の被害にあう。その責任を追求され、公爵はクレアを失ったことを後悔するのだった。  本物語は、不幸な聖女が、前世の知識で逆転劇を果たし、モフモフ王子から溺愛されながらハッピーエンドを迎えるまでの物語である。

【完結】攻略を諦めたら騎士様に溺愛されました。悪役でも幸せになれますか?

うり北 うりこ
恋愛
メイリーンは、大好きな乙女ゲームに転生をした。しかも、ヒロインだ。これは、推しの王子様との恋愛も夢じゃない! そう意気込んで学園に入学してみれば、王子様は悪役令嬢のローズリンゼットに夢中。しかも、悪役令嬢はおかめのお面をつけている。 これは、巷で流行りの悪役令嬢が主人公、ヒロインが悪役展開なのでは? 命一番なので、攻略を諦めたら騎士様の溺愛が待っていた。

王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない

エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい 最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。 でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。

処理中です...