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【短編】指輪の乙女は金貨の騎士に守られる 〜ゴミ収集ホームレスからの成り上がり〜

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「お金みつけた」

 ウテは小さくつぶやいた。ささっと周囲に目を配り、誰にも見られてないことを確認すると、銀貨をスッと懐に隠す。

「これで今日は温かいごはんが食べられるかも」

 温かいスープに思いを巡らせて、ウテはこぼれそうになったヨダレを慌てて袖で拭く。

 ウテは孤児院育ちだ。十五歳になったので、孤児院から出された。今は路上がウテの家だ。本当は同時期に孤児院を出た子たちと一緒に、空き家にでも住めばいいんだろうけど……。

「あいつら、隙を見せれば触ってくるからな」

 ウテはよく見るとかわいい顔をしている。体は痩せっぽちで貧弱だけど、年ごろの男子にとっては女であればなんでもいいらしい。

「あいつらに好きにやられるぐらいなら、外の方が気楽だもん。……まあ、外にも変態はいっぱいいるけど……」

 この前は危なかった。路地裏のゴミ箱の陰で休んでいたら、建物から出てきた男にぶつかられ、首を絞められそうになったのだ。そういうときは、股間を全力で蹴り上げ、手の平でアゴを下から突き上げるといい。

 うめいてのたうち回っている変態のポケットから財布を抜き取り、走って逃げたのだ。


「院長先生に護身術習っておいてよかった」

 孤児院の院長先生は、女の身で路上生活するつもりのウテを心配し、色んな技を仕込んでくれたのだ。

「すまないウテ。もう少し長くここにいさせてやりたいのだけど、規則だから……」

「いいんです。ここはお金なくて大変ですもん。大丈夫です、院長先生のおかげで仕事も見つかったし」

 そう言って、元気よく孤児院を出てきたのだ。



 ウテの仕事はゴミ収集だ。毎朝ゴミ収集場に行って、手押し車を借りてくる。街をまわって手押し車がゴミでいっぱいになったら、収集場に戻ってお金をもらう。余裕があれば何往復もする。

 手押し車一回で、銅貨一枚。パンがひとつ買える。でももったいないから、お金はめったに使わない。大事にお腹に巻いた布の中に隠している。



 ウテのごはんは集めたゴミの中の食べ残しだ。今日のごはんは、リンゴの芯とカビの生えたパンだ。カビの部分を避けて食べる。ウテのお腹は丈夫だから、多少古くてもなんとかなる。

「街の中をまわれるようになったらいいのに。そしたらもっといいものが食べられる」

 ゴミ収集人は場所の割り当てが決まっている。長年働いてる者ほど、街中のいい場所が担当できるのだ。この前トビーは骨つき肉を食べたらしいし。


 ぐうぅぅぅ

 ウテはお腹の悲鳴を無視してゴミ収集に戻る。今日はあともう一往復したい。手押し車を押す手に力を込める。


 ウテの割り当ては貧民街だ。街は汚く、治安が悪い。油断すると一瞬で何もかも奪われる。人をよく見て、気配を消す。ボロを着て薄汚れたゴミ収集人には、誰も注意を払わない。
 
 
 ついてる。ゴミの中にチーズが入っていたのだ。

 ウテは路地裏のゴミ箱の陰でチーズをちびちび食べる。慌てて食べて、むせたらもったいない。ゆっくり味わって、少しでもチーズを長く楽しむのだ。

 ああ……。ウテは久しぶりのチーズに吐息をもらす。

 なんておいしいんだろう。

 孤児院でもチーズはひと月に数回しか食べられなかった。たいてい固いパンと野菜のクズがちょっぴり入ったスープだ。それでも、今思うとあの頃は天国だった。ベッドで寝たいなー。体中がガチガチだよ。

 今は馬小屋のワラがウテの寝床だ。同じ場所では見つかってしまうので、色んな馬小屋を転々としている。

 指についたチーズのかけらを名残り惜しくなめていると、建物から男が出てきた。ウテは身をすくませる。そういえば前に変態に出会ったのもここだったな。男の目に入りませんように、ウテは祈りながらゴミ箱にピッタリ身を寄せる。


 幸い男はウテを見なかった。何かに気を取られているらしく、建物を見上げてブツブツ言ってる。しばらくウロウロしたけど、男は立ち去って行く。


 チャリン 男の上着から金貨が落ちた。

 ウテは一瞬ためらったが、男に声をかける。


「あの……お金落ちましたよ」

 
 男は振り返ってウテを見ると、慌ててあたりを見回す。ウテが指で示すと、男はフッと笑って金貨を拾い、上着の内ポケットに入れる。


「助かったよ、君。これはお礼だ」

 男が硬貨をピンと指ではねる。放物線を描いて飛んでくる硬貨を、ウテは急いで受け止め握りしめる。銅貨だ。


 男は軽く手を挙げると歩き出した。が、何か思い直したようにウテの方に戻ってくる。ウテは体をこわばらせた。

「君、ここにはよくいるの?」

「…………」

 男はポケットから銀貨を取り出した。

「ここで何かおかしなことを見かけたら、教えてほしいんだけど、どうだい? できそうかい?」

 ウテは唾を飲み込んだ。喉も口もカラカラだ。必死で声を絞り出す。

「朝から夕方までは仕事があるけど、仕事が終わってからならここにいられる」

 男はじっと考えると、うなずいた。

「そしたらね、こうしよう。何か見かけたら、南門の衛兵にことづけてほしいんだ。赤毛の男だ。夕焼けみたいな髪の男だからね、その人以外には言ってはいけないよ」

 ウテは何度もうなずいた。

「これは手付け金だ」

 男はそう言って、ウテに銀貨を一枚握らせる。

「情報を持ってくるたびに、銀貨を一枚あげよう。特別にいい情報には金貨を一枚だ。どうだい?」

 ウテは目を見開いて大きく首を縦に振った。……そういえば……

「あの、五日ぐらい前に、その建物から男の人が出てきました。その人、わたしの首を絞めようとしたから、股間を蹴って逃げました」


 男は険しい顔をしてウテの腕をつかんだ。ウテがビクッと体を震わせると、男は慌てて手を離す。

「すまない。その男、どんな様子だった?」

 ウテは目をギュッと閉じて思い出そうとする。

「髪は焦茶だった。そこの土みたいな色。目も同じ色。口の上にヒゲがあって、アゴにひっかき傷があった。上着は黒で、靴も黒だった。帽子はかぶってなかった。左手の親指に金の指輪をしてた」

「……どんな指輪か覚えてる?」

 うーん、ウテはうなりながら、棒を拾ってガリガリと地面に書く。

「……逆さの五芒星」

 男の目がギラギラと輝いている。ウテは怖くなって男からジリジリと距離を取った。


「他には? 何か言ってなかったかい?」

 ウテは困り果てた。財布のことを言ったら牢屋に入れられるかもしれない。


 男はウテの様子を見ると、ああそうか、と言いながらウテに金貨を握らせた。

「今の情報で十分、金貨一枚の価値はあったよ。他に何か知ってることはないかな? もし仮に、その男が何かを落として、君がたまたまそれを後から拾っても、私は気にしないよ」

 手の中の金貨が重みをましていく。今のところ、この人はウテにひどいことはしていない。それどころか、ウテがふた月以上働いて得た賃金よりも、もっと多くのお金をくれた。ウテは意を決して、服をまくり上げた。

「ちょっ、君、何を……」

 慌てる男をよそに、ウテはお腹に巻いた布を取ると、隠しておいた財布を出し、男に渡した。

 男は財布を丁寧にあらためると、紙幣と小銭を抜き出し、ウテにくれる。

「これは取っておきなさい。よく教えてくれたね、助かったよ。これは私からのお礼だ」

 男はさらにもう一枚金貨をくれた。あまりのことに、ウテは夢見心地だ。


「それでは、これからもよろしく頼むよ。南門の赤毛の衛兵だよ、忘れないように。あと、危険なことをしてはいけないよ。気づかれないように、遠くから建物を見るだけでいい。誰か建物に出入りする人がいたら、じっくり見て、どんな人だったか赤毛の衛兵に伝えてくれ」


 男は手を挙げると、今度こそ行ってしまった。ウテはしばらくボーッと男の後ろ姿を眺めていたが、ハッと我にかえるとお金を慌てて布に隠し、お腹に巻いた。

「小分けにして隠そう。こんな大金、見つかったらひどい目に合わされる」

 ウテはそうつぶやくと、急いで手押し車を押し、ゴミ収集場に戻しに行った。

「さっき食べたパンが腐ってたみたいで、お腹が痛いんです。今日はもう終わります」

 ウテは収集場の親方にそういうと、ゆっくりと歩き、人目がなくなると早足で歩いて行った。


 何箇所かある隠し場所に、お金を少しずつ小分けして入れていく。教会の裏庭にある老木のうろの奥の方、王都をぐるりと円形に囲む城壁の石がグラグラで取れる場所、たまに寝床にする馬小屋の梁の上などだ。

 お腹の布には銅貨と銀貨をたくさん。金貨二枚は靴下の中にしまった。


「よし」


 ようやく気持ちが落ち着いたので、ウテは念願のごはんを買いに行くことにした。今日は奮発して、銅貨三枚を使ってしまおう。ウテはウキウキしながら軽やかに歩き出した。


 うーん、どうしよう。温かいスープもいいけど……やっぱり肉だな。ウテは心を決めると、貧民街と下町の境にある屋台に向かう。ウテの格好で行けるところは限られている。


 ドキドキしながらお金を払うと、すかさず裏道に入り階段の脇に座ると包みを開ける。フワッと肉の香ばしい匂いがする。ウテは夢中でかぶりついた。平たいパンに切り身の肉と野菜が挟まった、ドゥナという下町の食べ物だ。いつか食べたいと憧れていたドゥナだ。

 おいしいおいしい、肉だ肉だ、温かくておいしい。


 一心に食べ終わってからウテは考えた。こんな幸運が続くとは思えない。怖い。ウテは考え続ける。

「いいことは他の人と分け合いなさい。そうすれば、いいことはまた返ってきます」

 院長先生はそう言ってた。そうだ、この幸運を独り占めすると悪魔が奪いにくるかもしれない。誰かといいことを分け合えばいいんだ。


 ウテは早速分け合いに向かった。前に一度助けてくれた物乞いのおじさんだ。

「おじさん、これ上げる。さっき拾ったんだ」

 ウテは物乞いのおじさんの隣にそっと座ると、銀貨を一枚見えないように渡した。

「この間助けてくれてありがとう。ほら、スリに間違えられて追いかけられたとき、逃げ道を教えてくれたじゃない」

 モゴモゴお礼を言う物乞いのおじさんにさよならを言って、ウテは軽い足取りで歩いて行く。


「さーて、安全な見張り場を探さないと」

 なんと言っても金貨がかかっているのだ。靴下の中の金貨の存在を感じながら、ウテはニヤける顔を必死でおさえた。浮かれてるとすぐカモにされるからな。ウテは暗い表情を作ると、貧民街にスッと入って行った。




 空が赤く染まる夕暮れどき、ウテは見張り場にいた。昼間に周囲を探ったけど、いい位置に空き家はなかった。仕方がないので、捨ててあった大きな水瓶をゴロゴロ転がしながら持ってきて、ゴミ箱の隣に設置しておいたのだ。

 片側が大きく割れているので、ひとりでも簡単に中に入れる。中に入って割れ目から確認すると、いい具合に建物の入り口が見える。

 よしよし。水瓶の中にワラを敷き、毛布と水とパンを持ち込んだ。水瓶の上にさりげなく木の板をかぶせる。これで外からはウテが見えなくなる。

 ウテは毛布を体に巻きつけてワラの上に座る。足は伸ばせないけど、座る分には問題ない。その夜は何事もなく朝を迎えた。


 三晩見張りをしたが、何事も起きなかった。水瓶の中でウトウトしつつ見張りをするのは、若いウテにもこたえた。かろうじてゴミ収集はしているが、今までのように何往復もすることはできない。二往復がせいぜいだ。

 親方が苦い顔をして言った。

「明日もこんな調子なら、明後日から来なくていい」

 ウテは途方に暮れた。寝不足で疲れ切ってる上に、クビの危機だ。どうしよう。


 決めきれないまま、ウテの足は見張りの場所に向かう。今日だけ、今日で終わりにしよう。そう決めたとき、建物の中からあの男が現れた。

 ウテは急いで水瓶の陰に隠れた。中に入る時間はなかった。


 あの男はウテに気づかず歩いて行く。ウテは男を尾行することに決めた。どこに行くか見届けてから、赤毛の衛兵につたえて、今日で見張りはやめますって言おう。

 そしたら今日はゆっくり寝て、明日からまたしっかり働ける。ウテがクビになったら院長先生に迷惑をかけてしまう。


 尾行の途中で物乞いのおじさんと目が合った。ウテはにっこり笑って、おじさんに銅貨を一枚投げた。おじさんはウテをじっと見てうなずいた。よし、これでいいことが返ってくるに違いない、ウテはそう思った。


 あの男は貧民街をウロウロした後、下町を過ぎ、貴族街に足を踏み入れようとしている。ウテは唇を噛んだ。あそこにはさすがに入れない。今でも浮いているのだ。浮浪者にしか見えないウテが貴族街に入ると捕まってしまう。


 ここまでだ。ウテは諦めて足を止めた。そこでウテの意識は暗闇に落ちて行った。




 ウテは目を覚ますと、パチパチ瞬きした。ここはどこだろう。随分フワフワのベッドだけど……。ええー、どういうこと? えーっと確かあの男を尾行したんだよね、それで貴族街は無理だから、引き返そうとしたんだった。そのあとのこと何も覚えてないけど……。

 ウテが混乱していると扉が開いておばあさんが入ってきた。ウテはびっくりしてベッドの上で跳ね上がった。

「あの、ここはどこですか?」

 おばあさんは何も言わずウテの手を取ると、隣の部屋に連れて行く。隣の部屋は浴室だった。おばあさんは手真似でウテに服を脱ぐよう指図する。

「おばあさん、あの、もしかして耳が聞こえないんですか?」

 おばあさんは何も答えず、ただ服を脱ぐように手で示す。ウテはやぶれかぶれになって服を脱いだ。靴下の中の金貨とお腹の硬貨が無事だったので、ホッとする。


 おばあさんに示されるまま、ウテが湯船に入ると、おばあさんは猛烈な勢いでウテの体に石けんを塗りたくり、手拭いでゴシゴシこすり始めた。孤児院から出て数ヶ月、ずっと体を洗ってなかったので、手拭いとお湯はどんどん汚れていった。

 何度か湯を変えて、ウテがピカピカになったとき、おばあさんはうなずいてウテは湯船から出た。乾いた布で全身を拭くと、おばあさんがウテに白いストンとした服を渡す。ノソノソと新しい服を着ると、おばあさんの目を盗んでウテはお腹に硬貨入りの布をすばやく巻きつけた。金貨二枚は両手の中に握りしめている。


 おばあさんに案内されるまま階段を降りて行くと、薄暗い部屋に入った。これは、さっさと逃げるべきだった。ウテは心の底から後悔した。久しぶりの湯に浮かれてる場合じゃなかった。


 部屋には怪しいフードで顔をすっぽり隠した五人。手に持ったロウソクの火がユラユラ揺れている。おばあさんに引きずられるように、部屋の真ん中に連れて行かれた。


 五人はウテを囲んで等間隔に円を作った。そのまま何やら奇妙な節の歌を歌い出す。ウテは逃げようとするけど、なぜか足が動かない。下を見るといつのまにか床には模様が浮かび上がってきた。あの指輪の模様だ。


 何かがそろりそろりとウテの足元から這い上がってくる。黒いモヤのようなものは、ウテの足にヘビのようにぐるぐる巻きつき、徐々にお腹まで上がり、そこで弾かれたようにのけぞった。


 ヘビのような黒いモヤはしばらくユラリユラリと動いていたが、鎌首をもたげるように狙いを定める。シュッとモヤがウテの頭を丸呑みしようとしたそのとき、ウテはとっさに両手を顔の前で交差させた。


 シギャー


 ウテの両手から眩い光が放たれ、甲高い音を立てて黒いモヤは霧散した。

 五人はロウソクを取り落とし、いっせいにウテに向かって飛びかかってくる。



「そこまでだ」

 力強い声が部屋に響き、騎士がなだれこんできた。

 ウテに金貨をくれたあの人が、騎士に拘束された五人のフードを剥ぎとっていく。

「ヴォードワール伯爵、イクシナー子爵、ヨルデモンド子爵、ゾイヤーク公爵、そしてアーノルド第二王子殿下。悪魔召喚の現行犯です。観念してください」


 ウテはそこでまたしても気を失った。




 ウテは目を覚ますと、パチパチ瞬きした。次の瞬間にはベッドを飛び降り、窓から外の木に飛び移り、スルスルっと木から降りると門に向かって走り出した。

「ウテ」

 うしろから声をかけられたが、振り返らない。門の近くの木によじ登ると、枝を伝って先まで行き、塀に向かって跳んだ。

 塀を越えたウテはひたすら走った。貴族街を抜け、下町を抜け、貧民街に着くとゴミ箱の中に隠れた。もう何も考えたくなかった。


 あたりが暗闇に包まれたとき、ウテはそっとゴミ箱から出る。静かに隠し場所を回ってはお金をお腹の布に入れる。全てを回り切ったウテは馬小屋のワラの中でじっと朝を待つ。


 王都を出よう。ウテは決めた。どこか田舎に行って、そこで畑仕事でも手伝わせてもらおう。

 ウテはなんだかよく分からない感情で心の中が荒れていた。ただ、誰かに利用されるのはもうたくさん、それだけは分かった。

 朝日が王都の街をひっそりとなめるように照らしていく。ウテは少し考えて、物乞いのおじさんのところに行った。銀貨を一枚、そっとおじさんの前に置く。おじさんの手が、銀貨を素通りしてウテの腕をつかまえた。


「話を聞いてくれ、ウテ」


 物乞いのおじさんは金貨の男だった。


 金貨の男は嫌がるウテを強引に貴族街の屋敷へ連れて行った。昨日ウテが逃げてきた場所だ。

 ウテは金貨の男にひとことも口をきかず、目も合わせなかった。

 金貨の男はウテに淡々と話し始める。


 第二王子派の貴族による、第一王子暗殺の計画があった。
 どうやら乙女を使って悪魔召喚を試みるつもりである。
 乙女は指輪が選ぶらしい。
 秘密裏に乙女が建物に集められ、指輪により選別されていた。
 対抗策として聖なる硬貨を流通させた。
 指輪に選ばれた乙女には聖なる金貨が共鳴する。
 ウテは指輪に選ばれ、聖なる金貨が動いた。
 建物周辺を監視するため、金貨の男は物乞いに変装していた。
 金貨の男は侯爵家の嫡男で、副騎士団長である。
 男の名はベンジャミン。


「あのとき聖なる金貨と銀貨を君に渡したのに、君は物乞い姿の私に銀貨をくれただろう」

 焦ったよ。そう言ってベンジャミンはクシャリと笑った。

 ウテは何を言っていいのか分からないので、うつむいて黙っていた。

「君は悪魔の指輪に選ばれた乙女だ。利用しようとする者がいるかもしれない。騎士団で君を保護するので、落ち着くまではここに住んでほしい」

 ウテはやっぱり言葉が出てこなかった。

「怖い目に合わせてすまなかった」

 ベンジャミンがウテに謝る。

「君を囮に使った」

 ベンジャミンが続ける。

「君が夜に見張りをするのを止めなかった」

 そうだ、とウテは思った。辛かったし、クビになりかけたのだ。

「君が恐ろしい思いをしているのに、ギリギリまで踏み込まなかった」

 ベンジャミンがウテの手を取ってひざまずいた。

「すまなかった。今すぐ許してくれとは言わない。償いをする機会を与えてくれないだろうか」

 ウテは考えた。それならできるかもしれない。今すぐ許すことはできないけど……。あのベッドはすごく寝心地がよかった。それに……


 ぐうぅぅぅ

「何か食べようか」


 温かいごはんを食べられる。

 それに、ベンジャミンはいつもウテを助けてくれた。

 ウテはふわっと笑った。


「はい」




<完>
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