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90.コッタさん
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いやだねぇ、まーた雨が降ってきたよ。天気が悪いと客足が落ちるし、服が湿気るしでいいことないんだよ。早く晴れてくんないかねぇ。
はあ、今月もなんとか乗り切ったけどさぁ……。税金払って、家賃払って、給金払って、仕入れ代払って……払ってばっかりでちーっとも残りゃしない。どうしたもんかねぇ。最近、お貴族さまの結婚が続いたおかげで、うちにもお客さん増えたけれどねぇ。まだ楽に息がつけるってとこまではいってないねぇ。
はあ、気が進まないけど、誰か切らなきゃいけないかもしれないね……。みんなよく働いてくれてんだけど……。誰かまたお貴族さまが結婚してくれないもんだろうか。上のお方が結婚すると、庶民も憧れて結婚するからね。いっちょ新しい服でも仕立てようかってお客さんが来るんだけども。
はあ……。まあ、イヤなことは明日考えよう。すっかり外が暗くなってるじゃないか。そろそろ店を閉めようかねぇ。
なんだい、あの女の人は。なんだか役所の人みたいだけど。いやにこっちを見てるねぇ……。はっ、もしや税金の取り立てじゃあないだろうね。勘弁しとくれよ、うちにはもう払える金はこれっぽっちもないよ。
だいたいねえ、アタシはいつもきっちり税金払ってきただろう。どんなに苦しくたって、一度もちょろまかしたことはないさ。そりゃあさ、ちょーっと数字を低く書いてしまおうかなー、って頭によぎったことが一回もないとは言えないよ。でもねぇ、アタシに後ろ暗いことなんて一切ないよ。ないったらないよ。
ひ、近づいてくる。
「……こんばんは」
「こんばんは。いらっしゃいませ。そろそろ店を閉めようかと思ってたところでしたよ。ほほほ……」
「あの、コッタさん。……私、ゾーイです。もう覚えていないと思いますけど……。私の母のメーナが昔ここで働いていました」
「……え? メーナさん? ああ、覚えてるよ、随分昔に亡くなった……。ええ、あなた、メーナさんの娘さんかい? 大昔に一度だけ会ったことあるけど、こーんなに小さかったよ。大きくなったねぇ……。いや、ホントに背が高いね、驚いたよ。メーナさんは小さかったのに」
「……はい、父が背が高いもので。あのとき、コッタさんに紫色のキラキラしたボタンいただいたんです。嬉しくてずっと大切にしてます」
「ええっ、本当かい? そんな大昔のこと、よく覚えてたねぇ。それで、今日はどうしたんだい? 仕立てたい服でもあるの?」
「ええ、まあ。実はご相談がありまして。……コッタさん、私の服、どう思います?」
「ああ、その服、あなたによく似合ってるよ。見たことない型だけどねぇ。いいじゃないか、最初は役所の人かと思ったよ。パリッとしてるからさあ。びっくりさせないでおくれよぅ。それにしても、いい生地だねぇ。布も糸も上等じゃないか。いい仕事に就いてるんだね、メーナさんも喜ぶよ」
「はい、運良く拾っていただいて……。あの、それで、私……。あの、昨日お給金いただいたんです。その、驚くぐらいたくさん。今までは一日一食でやりくりしてたのに、信じられなくて……」
「あなた、そんな痩せっぽっちで、病気になっちまうよ。若い子はたくさん食べなきゃだめだよ」
「はい、これからはちゃんと食べます。それで、昨日初めてケーキを買って食べたんです。とてもおいしくて。それで、思ったんです。この幸運は誰かにお裾分けしなきゃダメだって。でないと夢から覚めちゃうって」
「はあ」
「それで、マヌエッタさんにお願いして、服の試作品をいくつかお借りしてきたんです。誰か、私みたいな人を助けてあげられないかって」
「ちょっとちょっと待ちなよ。落ち着きなさいな。慌てなくていいから、ゆっくり説明してちょうだい」
「……なるほど、あなたが今着てる服は、マヌエッタさんとこの試作品なのね。どうりで上等なわけだよ。それで、うちの店の誰かに別の試作品を着させて、それを売り出そうっていうこったね。しかもうちの店で売っていいって……。とても信じられないね、そんなうまい話があるもんか」
「本当なんです。信じてください。こちらのお店で売るかわりに、マヌエッタさんの商会にデザイン料として、売上の一部を払ってくださればいいって」
「……それがいったいマヌエッタさんになんの得があるんだい? 自分とこで売れば丸儲けじゃないか」
「マヌエッタさんは、『うちは儲かりすぎてるから、このままじゃ恨みや妬みを買っちゃう。みんなにも商売のネタを渡して、王都全体が豊かになれば、結果的にうちにも金が回ってくる』って言ってました。それに忙しすぎて、服まで手が回らないそうです」
「…………」
「一着選んでくださったら、後日契約書をお持ちします。……あの、実は来月には別のお店にも話を持っていく予定で……」
「えーい、分かったよー。恐ろしいけど、こんなうまい話、断ったら後悔するに決まってる。服を見せておくれ」
「はい、これらなんですけど。あの、私からのお願いです。このお店で真面目に働いてる不器量な女性にしてほしいんです。真っ先にクビ候補にあがるような……」
「…………」
「私はこの服を選んでいただいて、人生が変わったんです。見た目が変わると、心持ちが変わって、自信が少しずつ持てるようになって……」
「なるほどね。分かったよ。うちのあの子に似合いそうなのは、コレかねぇ。よっしゃ。あの子に合わせてちょいと仕立てなおして、あの子をべっぴんさんにしてやりゃあいいんだろう? 任せときな。あの子を看板にして、ガンガン売ってやるよ」
「ありがとうございます」
「なんだい、よしとくれよ。お礼を言うのはこっちだよぅ。ありがとうね。本当に」
……信じられない。こんな幸運が転がりこんでくるなんて……。夢でも見てんじゃないだろうねぇ。チクッ、いってー。……夢ではないようだね。
メーナさん、あなたの娘さん、随分立派になってたよぅ。あなたに似て、ちょいとオドオドしてるところがあるけど。あなたは真面目な働き者だったよねぇ。愛嬌がちーっともなくって、どんよりした雰囲気があったけど……。よくまあ結婚できたもんだと驚いたよ。
愛想が悪くても真面目に働いてたらいいことあんだよねぇ。まあ、アタシは愛嬌も愛想も可愛げもあるけどね。仕立て屋のコッタといったら、ちょっとしたもんだったよ。昔はね。
さーあ、誰のクビも切らなくていいように、明日からもバリバリ働くよー。
はあ、今月もなんとか乗り切ったけどさぁ……。税金払って、家賃払って、給金払って、仕入れ代払って……払ってばっかりでちーっとも残りゃしない。どうしたもんかねぇ。最近、お貴族さまの結婚が続いたおかげで、うちにもお客さん増えたけれどねぇ。まだ楽に息がつけるってとこまではいってないねぇ。
はあ、気が進まないけど、誰か切らなきゃいけないかもしれないね……。みんなよく働いてくれてんだけど……。誰かまたお貴族さまが結婚してくれないもんだろうか。上のお方が結婚すると、庶民も憧れて結婚するからね。いっちょ新しい服でも仕立てようかってお客さんが来るんだけども。
はあ……。まあ、イヤなことは明日考えよう。すっかり外が暗くなってるじゃないか。そろそろ店を閉めようかねぇ。
なんだい、あの女の人は。なんだか役所の人みたいだけど。いやにこっちを見てるねぇ……。はっ、もしや税金の取り立てじゃあないだろうね。勘弁しとくれよ、うちにはもう払える金はこれっぽっちもないよ。
だいたいねえ、アタシはいつもきっちり税金払ってきただろう。どんなに苦しくたって、一度もちょろまかしたことはないさ。そりゃあさ、ちょーっと数字を低く書いてしまおうかなー、って頭によぎったことが一回もないとは言えないよ。でもねぇ、アタシに後ろ暗いことなんて一切ないよ。ないったらないよ。
ひ、近づいてくる。
「……こんばんは」
「こんばんは。いらっしゃいませ。そろそろ店を閉めようかと思ってたところでしたよ。ほほほ……」
「あの、コッタさん。……私、ゾーイです。もう覚えていないと思いますけど……。私の母のメーナが昔ここで働いていました」
「……え? メーナさん? ああ、覚えてるよ、随分昔に亡くなった……。ええ、あなた、メーナさんの娘さんかい? 大昔に一度だけ会ったことあるけど、こーんなに小さかったよ。大きくなったねぇ……。いや、ホントに背が高いね、驚いたよ。メーナさんは小さかったのに」
「……はい、父が背が高いもので。あのとき、コッタさんに紫色のキラキラしたボタンいただいたんです。嬉しくてずっと大切にしてます」
「ええっ、本当かい? そんな大昔のこと、よく覚えてたねぇ。それで、今日はどうしたんだい? 仕立てたい服でもあるの?」
「ええ、まあ。実はご相談がありまして。……コッタさん、私の服、どう思います?」
「ああ、その服、あなたによく似合ってるよ。見たことない型だけどねぇ。いいじゃないか、最初は役所の人かと思ったよ。パリッとしてるからさあ。びっくりさせないでおくれよぅ。それにしても、いい生地だねぇ。布も糸も上等じゃないか。いい仕事に就いてるんだね、メーナさんも喜ぶよ」
「はい、運良く拾っていただいて……。あの、それで、私……。あの、昨日お給金いただいたんです。その、驚くぐらいたくさん。今までは一日一食でやりくりしてたのに、信じられなくて……」
「あなた、そんな痩せっぽっちで、病気になっちまうよ。若い子はたくさん食べなきゃだめだよ」
「はい、これからはちゃんと食べます。それで、昨日初めてケーキを買って食べたんです。とてもおいしくて。それで、思ったんです。この幸運は誰かにお裾分けしなきゃダメだって。でないと夢から覚めちゃうって」
「はあ」
「それで、マヌエッタさんにお願いして、服の試作品をいくつかお借りしてきたんです。誰か、私みたいな人を助けてあげられないかって」
「ちょっとちょっと待ちなよ。落ち着きなさいな。慌てなくていいから、ゆっくり説明してちょうだい」
「……なるほど、あなたが今着てる服は、マヌエッタさんとこの試作品なのね。どうりで上等なわけだよ。それで、うちの店の誰かに別の試作品を着させて、それを売り出そうっていうこったね。しかもうちの店で売っていいって……。とても信じられないね、そんなうまい話があるもんか」
「本当なんです。信じてください。こちらのお店で売るかわりに、マヌエッタさんの商会にデザイン料として、売上の一部を払ってくださればいいって」
「……それがいったいマヌエッタさんになんの得があるんだい? 自分とこで売れば丸儲けじゃないか」
「マヌエッタさんは、『うちは儲かりすぎてるから、このままじゃ恨みや妬みを買っちゃう。みんなにも商売のネタを渡して、王都全体が豊かになれば、結果的にうちにも金が回ってくる』って言ってました。それに忙しすぎて、服まで手が回らないそうです」
「…………」
「一着選んでくださったら、後日契約書をお持ちします。……あの、実は来月には別のお店にも話を持っていく予定で……」
「えーい、分かったよー。恐ろしいけど、こんなうまい話、断ったら後悔するに決まってる。服を見せておくれ」
「はい、これらなんですけど。あの、私からのお願いです。このお店で真面目に働いてる不器量な女性にしてほしいんです。真っ先にクビ候補にあがるような……」
「…………」
「私はこの服を選んでいただいて、人生が変わったんです。見た目が変わると、心持ちが変わって、自信が少しずつ持てるようになって……」
「なるほどね。分かったよ。うちのあの子に似合いそうなのは、コレかねぇ。よっしゃ。あの子に合わせてちょいと仕立てなおして、あの子をべっぴんさんにしてやりゃあいいんだろう? 任せときな。あの子を看板にして、ガンガン売ってやるよ」
「ありがとうございます」
「なんだい、よしとくれよ。お礼を言うのはこっちだよぅ。ありがとうね。本当に」
……信じられない。こんな幸運が転がりこんでくるなんて……。夢でも見てんじゃないだろうねぇ。チクッ、いってー。……夢ではないようだね。
メーナさん、あなたの娘さん、随分立派になってたよぅ。あなたに似て、ちょいとオドオドしてるところがあるけど。あなたは真面目な働き者だったよねぇ。愛嬌がちーっともなくって、どんよりした雰囲気があったけど……。よくまあ結婚できたもんだと驚いたよ。
愛想が悪くても真面目に働いてたらいいことあんだよねぇ。まあ、アタシは愛嬌も愛想も可愛げもあるけどね。仕立て屋のコッタといったら、ちょっとしたもんだったよ。昔はね。
さーあ、誰のクビも切らなくていいように、明日からもバリバリ働くよー。
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